熊本地震の記録

西原村大切畑地区 集団移転せず集落再生へ      2017年2月14日放送

2度の震度7に襲われ、集落のほとんどの建物が全壊した西原村大切畑地区の住民が、集団移転の選択肢をとらず、集落再生を決断しました。

ookiriA.jpg大切畑地区では、約90人が暮らしていた大切畑地区は建物の9割近くが全壊。9人が家屋の下敷きになりましたが、全員を地域の人たちが救出しました。いまこの地区に住んでいるのは、区長の坂田哲也さんも含めて5人だけです。。「震災前は、家があって全然先が見えなかったんです。今は先まで見えますもんね」と坂田さん。地震から10か月が経った今、地区では更地が目立ちます。

地区の住民たちは家族のような付き合いをしてきましたが、地震の後、「もうここには住めない」という声が聞こえてくるようになりました。浮上したのが集団移転。2016年9月の段階で移転の意思を示した人は全体の3分の2近くに上りました。しかし、当時区長を務めていた大谷幸一さんは、議論は平行線をたどっていたとふり返ります。「移転する人たちは移転する人たちだけでこそこそ話し、残る人は残る人ばかりで復興して住もうと考えていた。(地区が)バラバラになった」 。

ookiriB (1).jpgのサムネイル画像年が明けても亀裂が入ったままの集落に転機が訪れました。きっかけは1月、村の復興担当の職員が行った住民への聞き取り調査でした。一軒一軒、各家庭からていねいに話を聞いたところ、大切畑に戻りたいという声が半数を超えていたのです。

ookiri7_R.jpg村の復興推進室の吉井誠係長は「できれば地元に戻りたい、再建したいという気持ちはみんな持っていましたね」といいます。大切畑に戻りたいという住民が増えたことを受け、村は道路の幅を広げる工事など、村で何ができるか検討を始めました。

さらに2月に入り、一定の条件を満たした宅地の復旧工事には個人負担を求めない方針を固めたことが、集落に戻ることをあきらめていた住民にとって大きな後押しになりました。

現在は仮設住宅で暮らし、地区に戻ることを決めた住民は「1月に入ってから、ここ(大切畑)に住もうと決めた。(個人負担を求めないのは)そりゃあ助かる。自費(負担が)だいぶ減ってくるから」 「道を作ってくれるなら1回帰ろうかと思った。やはり住み慣れた何十年も住んできた大切畑がいい」 と話しました。

集団移転で揺れた大切畑地区は今、集落再生へ向けて一歩を踏み出しました。坂田さんは 「現時点で半分以上は残りますからね。あとはこの1年で復興をできるだけ進めること。スピード感を持って頑張らないといけない。なあに、残った人たちで頑張りますよ」と話しています。

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