熊本城と加藤清正

「うれしいけど...こわい」坂本しのぶさん 還暦迎え取り組むのは  2016年7月20日放送

160720sakamoto_R.jpg胎児性水俣病患者の坂本しのぶさんが20日、60歳の誕生日を迎えました。

18日、支援者たちが開いた還暦を祝う会に、坂本さんはピンクの洋服を身にまとって現れました。「お母様はいつもしのぶさんの年の数だけチッソと闘ってきたとおっしゃいますけど、しのぶさんは本当にお母さんの精神を受け継いで困難な時でもいつも闘ってきた。本当に素晴らしい女性に成長されたと思います」と話しました。

チッソが流したメチル水銀が海を汚し、汚染された魚介類を食べたことで発症した水俣病。しのぶさんは母親のおなかの中でメチル水銀の被害を受けた胎児性の水俣病患者です。水俣病を伝えることが自分に与えられた使命だと考えてきたしのぶさんは、若いころから被害の実態を訴え続けてきました。60歳になったことについて「うれしいけど...こわい。もう60になってしまったなって...こわい」と話すしのぶさん。若いころより体の自由がきかなくなったと感じています。

そんなしのぶさんを見守るのは、愛情をもって厳しく育ててきた母親のフジエさん(91)です。フジエさんは「ここまでがんばったからよかった。これからは自分の努力。なんでも。まだ食べるのも自分でできるし、洋服も着替えられる、トイレも行ける。今の状態を続けないと」と話します。

お祝いの席で着たポンくの服には、しのぶさんにとって大切な思い出が詰まっています。1978年(昭和53年)、20歳前後だったしのぶさんたち胎児性患者が、歌手・石川さゆりさんを水俣に呼んでコンサートを開きました。自分たちの力で大きなことを成し遂げたこの日は、しのぶさんが生きてきた60年で最も輝いた時でした。その時来ていたのがこのピンクの服。フジエさんが手作りしたもので、大切にとってあったのです。

あれから38年、還暦を迎えたしのぶさんは、再び石川さゆりコンサートを実現させようとしています。仲間のなかには自分の足で歩けなくなった人もいますが、しのぶさんは「もう1回、自分が元気なうちに(コンサートを)したいなと思っております」と話します。

「水俣病のことはちゃんと話をしていきたいなと思っています」「やっぱり、若い人たちに」

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161020SAKAMOTOSINOBU.jpg還暦を迎えた坂本さんは、講演などで自らの経験を積極的に語っています。

9月にはタイの大学で水俣病の実態を訴えたほか、10月20日には熊本学園大学での講演(写真左)で「水俣病は決して終わっていない」と訴えました。この中で坂本さんは60年の人生を振り返り、学生たちに自分の思いを「水俣病は絶対に終わってない。他の人には私たちみたいに絶対になってほしくない」と述べたほか、昔と比べて体が思うように動かなくなり、今後の生活に不安を抱えている現状などを話しました。

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