熊本城と加藤清正

水俣病第1次訴訟の互助会総会     2016年3月20日  

水俣病をめぐる初めての裁判でチッソの責任を認めた判決から43年を迎え、元原告の患者や家族が当時をしのびました。

水俣病第1次訴訟と呼ばれるこの裁判では、水俣病の患者たちが初めて原因企業のチッソに対して損害賠償を求め、熊本地裁は43年前の1973年(昭和48年)3月20日、チッソの責任を認め、患者側が全面勝利しました。

水俣市で行われた集会には、当時原告だった水俣病患者やその家族、支援者などおよそ30人が参加しました。胎児性患者の母親、坂本フジエさん(91)は「私は裁判してよかったなと思います。裁判せずにいたら、今の生活は私たちにはありませんでした」と語りました。裁判を支援した熊本大学の富樫貞夫名誉教授は「水俣病にはまだ解明することがたくさん残されている。命ある限り、水俣病事件の真実のひとかけらでも明らかにしていきたい」と話しました。

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