熊本城と加藤清正

患者支える大阪の病院     2016年2月16日放送  

minamatahannan1_R.jpg30年以上にわたって水俣病患者を積極的に受け入れ、水俣病をめぐる裁判でも大きな役割を果たしてきた病院があります。大阪の阪南中央病院です。

阪南中央病院は1978年(昭和53年)から、大阪に移り住んだ水俣病患者たちを診察しています。診察を始めたきっかけは、患者からの申し入れでした。当時、大阪では水俣病を診てくれる病院がほとんどなかったのです。長年患者を診ている医師、三浦洋さん(73)は「患者たちが認定申請するから診断書を書いてほしいと近くの先生のところに行っても、ほとんどの医師は『水俣病のことは全然知らないから、よそで書いてもらって』と(言われていた)」と振り返ります。2HANNAN.jpg

長年水俣病患者の支援をしている谷洋一さんは「認定問題とか補償問題の中で多くの大学(病院)の関係者が『タッチできない』ということで継続的に(診察)できなかった。水俣病で困ったことがあれば相談できる病院があることは非常に大きい」と言います。

幼いころにメチル水銀の被害を受け、体の不調があるにも関わらず水俣病と認められていない人たちが行政を相手に争っています。胎児性患者と同じ世代の人たちであることから「第2世代訴訟」と呼ばれています。関西訴訟の最高裁判決では、阪南中央病院が患者たちを丁寧に検診してきたデータが、原告が水俣病患者であることを立証する有力な証拠となりました。

判決から10年あまり、病院では職員や医師でつくる「水俣病と向きあう会」を中心に、今も第2世代の裁判を支援しています。三浦さんは「第2世代訴訟はひとつの集大成。自分が持つ水俣病に関する知識を含め、ライフワークとしてまとめていけるように踏ん張って頑張っていかないと、という思いが強いです」と話しています。

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