熊本城と加藤清正

水俣病教育のいま     2015年11月25日  

水俣病を教科書に出てくる昔の出来事ととらえる人も多いなか、その記憶をどう繋いでいくかが課題となっています。151125minamatahothouse_R.jpg

水俣病を正しく理解することを目的に、4年前から県内すべての公立小学校の児童が水俣の地を訪れています。資料館で「語り部」の話を聞き、かつて水銀で汚染された水俣の海を見学して環境保全についても学びます。

「ほっとはうす」(写真)は胎児性水俣病患者や障がい者が仕事をしながら、水俣病や障がいについて「伝える」ことを目的に作られた通所施設です。ここに通う胎児性水俣病患者たちは、20年ほど前から自分の人生を語り続けています。施設長としてこの活動に関わっている加藤タケ子さんは「人って虐げられたときに恨みを持つのではなくて、むしろささやかに見つけた一つの希望を前に出して、それに向かって未来を切り開いていく。人間ってこんなたくましい力を持っているんだということを再認識させられると思うんです」と話します。

水俣から遠く離れた東京で育った中学生たちは、患者たちとのふれあいを通して、「(水俣病は)すごく昔というイメージだったけど今も抱えている方もいる」「他人事と思っていたけどまだ解決していない問題も多いんだなと思いました」と、教科書では知ることができない記憶を残したようです。

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