くまもとの祭り

山都町で八朔祭 2年ぶり 「大造り物」引き回し        2017年9月3日

170903hassakuA.jpg山都町で八朔祭が行われ、呼び物の「大造り物」町内引き回しを大勢の見物客が楽しみました。

八朔祭は五穀豊穣を願う祭りで約250年の歴史があります。杉の皮や、松ぼっくりなど自然の材料を使って各町内が作った大造り物が祭りの名物となっています。2016年は台風のため引き回しが中止になったため、2年ぶりの引き回しとなりました。

11の町内が作った大造り物は、アニメのキャラクターや歌舞伎役者の市川海老蔵さん、海賊映画の主人公などバラエティに富んでいます。「ゲリラ豪雨はもう懲りゴリラ」などと世相を取り入れたタイトルも見物客を楽しませました。

菊池神社の水田で五穀豊穣願い御田植祭             2017年6月23日

御田植祭_R.jpg菊池市の菊池神社の献穀田(けんこくでん)で、五穀豊穣を祈願する伝統行事の御田植祭(おたうえさい)が開かれました。

10アールほどの献穀田には約40人の氏子が集まって神事が行われ、玉ぐしをささげて豊作の祈願を行いました。この後、かすりの着物を着て、すげ笠をかぶった早乙女姿の女性と、白丁(はくちょう)と呼ばれる白装束姿の神社総代が、雅楽の音色が響く中、ヒノヒカリの苗を丁寧に植えました。

育った稲は10月に収穫され、菊池神社の新嘗祭で献上されます。

無病息災願う 犬子ひょうたん祭り              2017年6月15日

170615ingoA.jpg八坂神社で犬子(いんご)ひょうたん祭りが開かれました。

祭りは、山鹿灯篭まつりで知られる大宮神社の境内に祀られている八坂神社の祇園祭として開かれます。江戸末期に山鹿に疫病が流行し、困り果てていた人々の前にどこからともなく一匹の子犬が現れ、それにあわせて疫病が消滅したという言い伝えがまつりの起こりとなっています。

それ以来、米の粉でかたどった子犬を部屋の隅に飾り、無病息災を祈願するようになりました。また、この日に小雨が降るとその年は豊作になると言われています。

山鹿市民はこの日を「初かたびら」と呼んで浴衣を着始めるならわしがあり、この日も浴衣を着た子供たちの姿が見られました。境内では無病息災のお守りとされる米の粉を蒸して作ったユーモラスな形の「犬子ひょうたん」を買い求める人達で夜遅くまでにぎわいました。

牛深ハイヤ祭り にぎやかに道中総踊り              2017年4月16日

0416うしぶかハイヤ_R.jpg天草市牛深町で牛深ハイヤ祭りの道中総踊りがありました。

牛深ハイヤ祭りは熊本地震の影響で昨年は中止となりましたが、今年はのべ66団体、約3000人が参加しました。開始の合図とともに三味線や太鼓にあわせて軽快なハイヤ節が流れ、踊り手が商店街を練り歩きました。

沿道には大勢の見物人が詰めかけ、手拍子をして踊りを盛り上げました。飛び入り参加の列もでき、町は牛深ハイヤの活気に包まれました。

杖立温泉で鯉のぼり祭り始まる 復興支援に感謝のメッセージも   2017年4月1日

170401KOI.jpg小国町の杖立温泉で鯉のぼり祭りが始まり、たくさんの鯉のぼりが空を泳いでいます。

杖立温泉では37年前から鯉のぼり祭りを開いています。 温泉街を流れる杖立川では幅50メートル、長さ800メートルにわたって貼られたロープにまごいやひごいなど3500匹が掲げられました。

鯉のぼりの中には熊本地震で支援を受けた御礼のメッセージを書いたものもあります。鯉のぼりは5月6日までげられ、午後7時から10時まではライトアップも行われます。

被災の阿蘇神社で春告げる「火振り神事」           2017年3月22日

阿蘇市の阿蘇神社で五穀豊穣を願って伝統の「火振り神事」が行われました。

火振り神事は阿蘇神社にまつられている国竜神(くにたつのかみ)の婚礼を祝い、氏子らが松明(たいまつ)をつけて姫神を迎えたという故事にならって行われていて、国の重要無形民俗文化財に指定されています。阿蘇地方に本格的な春の訪れを告げる神事として、今年も多くの見物客が訪れました。

例年は参道全体で行われますが、熊本地震で楼門が倒れたため、今年は楼門周辺から離れた参道の一部に縮小され、振られる茅(かや)の束も例年の3分の2程度にしました。

カシの木でつくられた姫神のご神体が到着すると、氏子が火をつけた茅の束を振り回して出迎えました。拝殿で神事が行われている間も観光客が参道で火振りを行い、夜の闇に幾重もの光の輪が浮かび上がりました。

球磨川下り発船場でにぎやかに川開き祭り           2017年3月1日

170303KUMAGAWAa.jpg人吉市の発船場で球磨川下りの川開き祭りが行われ、地元の旅館の女将などが観光シーズンの幕開けを祝いました。会場では船の安全を祈る神事も執り行われ、「球磨川舟歌」が披露されるなか、船は関係者を乗せて球磨川に繰り出しました。

球磨川下りの乗客は、熊本地震直後の2016年5月、6月は前の年の4分の1に減りましたが、年末からは前の年を上回り、回復傾向にあるということです。

女装男性が踊る奇祭 菊池・春日神社「この宮踊り」       2017年2月27日

170227この宮祭り_R.jpg菊池市の春日神社で伝統の「この宮踊り」が奉納されました。色鮮やかな着物に姉さんかぶりにたすきがけの女装をした2人の男性が、どてらに編み笠、腰にずだ袋、杵を背負った「御大将」の前で太鼓をたたきながら、讃頭(さんがしら)の歌に合わせて踊りを披露しました。

歌の歌詞は嫁が来て働き手が増えた喜び、子孫繁栄、五穀豊穣を祈るものです。踊りが終わると、地区民の安全と五穀豊穣を祈って手締めをし、お酒のほか、おにぎり、煮豆、大根・人参のなますを食べる習わしとなっています。昔は花嫁を迎えた家から衣装を借りて踊っていたといいます。

春日神社は、この地域を拠点にしていた菊池一族の菊池為邦が、この地の守護神として建立したといわれています。「この宮」の意味や由来、起源などは不明ですが、踊りは春日神社本祭の前祭として、約560年前から続いているということです。

西原村で恒例の「冬あかり」 キャンドル3000基          2017年2月4日

170204nishihara.jpg熊本地震で大きな被害を受けた西原村で、今年もライトアップイベント「冬あかり」が行われました。

このイベントは西原村商工会が2003年から行っています。会場の俵山交流館「萌の里」近くの小高い丘には手作りのキャンドルシェード3000基が並べられ、観光客らが火を灯しました。

山鹿灯籠浪漫・百華百彩が開幕 八千代座包む幻想的な光  2017年2月3日       

hyakkahyakusai.jpg山鹿市の名所を幻想的に照らす灯りの祭典「山鹿灯籠浪漫・百華百彩」が開幕しました。

開幕式では、和傘や竹をシェードにしたあかり約6000個が灯されました。続いて「金灯籠」を頭に乗せた浴衣姿の女性たちが山鹿灯籠踊りを披露し、観光客らを幻想的な世界に誘いました。灯りは八千代座や「さくら湯」など山鹿市の名所に飾られています。「山鹿灯籠浪漫・百華百彩」は25日まで、毎週金、土曜の夜に行われます。

阿蘇神社の節分「護摩木まき」 仮拝殿前で       2017年2月3日

170203gomakiA.jpg阿蘇神社で豆のかわりに護摩木をまく節分祭「護摩木(ごまき)まき」が3日夜、仮拝殿前で行われました。

江戸時代に京都の吉田神社から伝わったとされ、昨夜は2000本の護摩木が一斉にまかれました。護摩木を燃やした火にあたると、この1年健康に過ごせるとされ、待ち構えていた参拝客は先を競って拾い集め、火にくべていました。

真冬の海に神輿とともに 苓北町裸祭り           2017年1月20日

芦北はだかA.jpgのサムネイル画像苓北町の上津深江の八坂神社で、約400年前から続く裸祭りが行われました。

この祭りは、上津深江地区に悪病が流行した際、山伏が海で禊(みそぎ)をして病魔を追い払ったのが始まりとされています。神社での神事の後、ほら貝の合図で地元青年会の男衆が、朱塗りの御輿(みこし)を担いだまま水温10度の冷たい海に飛び込みました。

さらしをまいた男たちは、威勢良く「ヨイヤ、ヨイヤ」とかけ声を上げ、男たちを鼓舞するほら貝が鳴り続けます。今年はここ数年に比べ波が高く過酷な状況でしたが、男たちは波をかぶりながらも海岸沿いの約200メートルを泳ぎ切りました。

海からあがった男たちは氏子の家に向かい、神輿をもったまま庭先に入って土足で部屋の中に駆け上がります。神輿には縁起物の紅白なますや御神酒がかけられ、1年間の無病息災を祈りました。「神輿が入った部屋で一晩眠ると病気にならない」とか、「家の中は日没まで掃除をしない」と言われています。

山鹿市菊鹿町阿佐古地区で伝統の「かせいどり打ち」       2017年1月14日

170114utiA.jpg600年以上の伝統があるとされる山鹿市菊鹿町阿佐古地区の小正月の行事「かせいどり打ち」が行われました。

かせいどり打ちは小正月に五穀豊穣を祈る伝統行事です。今年は9歳から12歳までの子ども8人が、お互いの顔を墨で真っ黒に塗って神様の使いに扮しました。子どもたちは地元の乙皇神社に地区の区長さんと参拝し、班に分かれて地区の約60戸全戸を回ります。家々では、まず「かせいどり どっさり おいわいな」と唱えながら玄関に入って付近をしめ縄でたたきます。その後、別のしめ縄を渡して福を届け、お礼にお菓子などをもらっていきます。「かせいどり」はもともと「稼いで、取る」だったそうです。

しめ縄はわらだけでなく、粟も編みこんでいます。毎年1月2日に編まれ、昔は子どもたちだけで作っていたそうです。阿佐古地区ではかせいどり打ちの「しめ縄」を神棚に飾り、1年間のお守りにするということです。

長洲町・四王子神社で「的ばかい」勇壮に        2017年1月15日

170115matoA.jpg長洲町の四王子神社で15日、無病息災・家内安全を願って締め込み姿の男衆が稲わらで編んだ「的」を奪い合う「的ばかい」が行われました。

的ばかいは約860年の歴史を持つ四王子神社の「破魔弓祭」のハイライトとなる行事です。安土桃山時代に氏子たちがご利益を得ようと、ご神体を安置した円座を奪い合ったことが起源とされています。

円座をかたどった直径60cm、重さ6kgのわらと麻で編まれた「的」を神社の境内や路上、有明海まで、締め込み姿の男たちが激しく揉み合い、奪い合う姿は迫力満点だ。>300mほど離れた130人の男衆は1時間ほどを携帯で的を奪い合った後、300メートルほど離れた有明海に向かいました。今年は引き潮だったため海には入らず、干潟の入り口で万歳三唱して終わりました。的に使われたわらは町内の各家庭に分けられ、魔除けやお守りにされます。

竹を燃やして鬼追い払う 山都町二瀬本地区で「鬼火たき」 2017年1月7日

170107onibi.jpg山都町二瀬本地区で伝統の「鬼火たき」が行われ、地域の人たち約20人が集まりました。

まだ暗い午前6時30分に竹を燃やし始めると、竹の弾ける音があたりに響きました。この竹の弾ける音で鬼を追い払い、残り火で焼いた餅を食べれば健康に過ごせるといわれています。

また、竹の先を割って地面に突き刺し、鬼の侵入を防ぐ「鬼の目はじき(写真左下)や、1メートルあまりの短い竹を曲げて作る「花籠(写真右下)」と呼ばれる飾りも作られました。集まった人たちは花籠をそれぞれの家庭に持ち帰り門口に魔除けとして飾り付けました。

ペットの無病息災祈る 若宮神社の「がらん笹祭り」        2017年1月6日

160106sasa.jpg馬や牛など家畜の無病息災を祈願する「がらん笹祭り」が山鹿市熊入町の若宮神社で開かれました。

神社には加藤清正が慶長年間に山鹿地域を訪問中、病気になった愛馬に境内のササを食べさせたところ、たちどころに治った、という言い伝えがあり、お神酒を注いだ境内のササを馬に食べさせると病気をしないといわれてきました。境内には景行天皇が山鹿ご巡行の際、病気になった愛馬が蹴って割れたと伝わる「神石」もあります。景行天皇は愛馬の病気が治ったのはこの岩が身代わりになったためだと感激され、以来、岩をお祀りするようになったそうです。

このため若宮神社は古くから馬の守護神として知られ、昭和30年代までは1月6日は早朝からお祓いを受ける近隣の牛馬が列をなしていたそうです。近年は、犬や猫などペットの無病息災を祈願する人がほとんどです。参拝者は一年間の家内安全のお守りとして輪に結んだ「がらん笹」を買い求めていました。

「がらん笹」を家畜やペットに食べさせると無病息災で1年間過ごせるということで、犬やヤギなどを連れた人や、馬の代わりにトラクターを持ち込む農家の人もいました。犬を抱いた参拝者は「ここに来ているおかげで、長生きする」と話しました。

竹振り回す鬼神から御幣を奪う 菊池市で穴川夜神楽         2017年1月5日

170105KAGURA.jpg菊池市の山あいの集落にある穴川菅原神社で、伝統の穴川夜神楽(あながわよかぐら)が行われました。

穴川夜神楽は肥後神楽の流れをくみ、300年以上続いているといいます。神楽は宵の口から始まり、穴川夜神楽保存会がまず「榊」の舞を奉納。その後も「御幣」「二剣」「四剣」「弓」「弓剣」「練り」「歌神楽」「奉剣」の8つの舞が次々と披露されました。

9つの舞を終えたとき、恐ろしい形相をした鬼神が現れます。10番目の「鬼神」の舞いで祭りは最高潮に。荒ぶる国造神の化身とされる鬼神は、いったん神主役の舞手になだめられ、最初は穏やかな舞を披露し、人々を青竹の先につけた御幣で清めます。しかしお清めが済むと鬼神は暴れ出し、青竹を振り回して襲いかかってくるのです。

里帰りするなどして集まった地域の若者たちは、竹を振り回す鬼神の攻撃をかいくぐり、青竹の先についている御幣を奪い取ろうと、鬼神と真剣勝負の激しい攻防戦を展開します。御幣を奪うと1年間無病息災のご利益があるとされています。

鬼神から奪い取った御幣は小さくちぎられて集まった人に分けられ、鬼神に立ち向かった若者は勇気ある者として讃えられます。今年御幣を奪った若者は「毎年来ています。2回打たれたが取れてよかった」と話していました。

八代妙見祭がユネスコの無形文化遺産に       2016年12月1日

161201myoukenC.jpgユネスコ(国連教育科学文化機関)が世界の伝統文化などを保護する無形文化遺産に、山車(だし)が登場する日本の33の祭り「山・鉾・屋台行事」が登録されることが決まりました。33件の中には八代妙見祭(やつしろみょうけんさい)も含まれています。エチオピアで開かれたユネスコ政府間委員会で、12月1日午前2時(日本時間)に登録が正式に認められました。

八代市の中村博生市長は「世界から評価されることはその価値を再認識し、後世に誇りを持って継承することにつながる」とのコメントを発表しました。

33の祭りはいずれも国の重要無形民俗文化財に指定されています。このうち「京都祇園祭の山鉾行事」と「日立風流物」はすでに無形文化遺産に登録されていましたが、文化庁は2014年、他の伝統的な山・鉾・屋台行事を含め、改めてユネスコに推薦していました。専門家などでつくるユネスコの評価機関は10月、「すべて登録にふさわしい」とする評価を出していました。今回の登録により、国内の無形文化遺産は「和紙」や「和食」など合わせて21件となります。

安倍首相は「きらびやかな装飾をほどこした創意あふれる華やかな山・鉾・屋台の巡行は、災いを払い、地域の安泰を願う人々の祈り。ユネスコ無形文化遺産に登録されたことを心からうれしく思う。幾世代にもわたり地域で受け継いできた『山・鉾・屋台行事』を誇りを持って後世へと継承し、国内外に発信していきたい」というメッセージを出しました。

1101myoukenA.jpg八代妙見祭の神幸行事は、笠鉾や地元でガメと呼ばれる「亀蛇」などの出し物が練り歩く伝統行事で、今年も11月23日に行われました。八代市は熊本地震で市庁舎が被害を受けましたが、祭りの道具は無事でした。

ユネスコの無形文化遺産に登録された33の「山・鉾・屋台行事」は以下の通りです。11月23日に行われた妙見祭では、他の行事の代表が八代市を訪れ、妙見祭を見守りました。

161123myoukensai.jpg八戸三社大祭の山車行事(青森県八戸市)▽角館祭りのやま行事(秋田県仙北市)▽土崎神明社祭の曳山行事(秋田県秋田市)▽花輪祭の屋台行事(秋田県鹿角市)▽新庄まつりの山車行事(山形県新庄市)▽日立風流物(茨城県日立市)▽烏山の山あげ行事(栃木県那須烏山市)▽鹿沼今宮神社祭の屋台行事(栃木県鹿沼市)▽秩父祭の屋台行事と神楽(埼玉県秩父市)▽川越氷川祭の山車行事(埼玉県川越市)▽佐原の山車行事(千葉県香取市)▽高岡御車山祭の御車山行事(富山県高岡市)▽魚津のタテモン行事(富山県魚津市)▽城端神明宮祭の曳山行事(富山県南砺市)▽青柏祭の曳山行事(石川県七尾市)▽高山祭の屋台行事(岐阜県高山市)▽古川祭の起し太鼓・屋台行事(岐阜県飛騨市)▽大垣祭のヤマ行事(岐阜県大垣市)▽尾張津島天王祭の車楽舟行事(愛知県津島市・愛西市)▽知立の山車文楽とからくり(愛知県知立市)▽犬山祭の車山行事(愛知県犬山市)▽亀崎潮干祭の山車行事(愛知県半田市)▽須成祭の車楽船行事と神葭流し(愛知県蟹江町)▽鳥出神社の鯨船行事(三重県四日市市)▽上野天神祭のダンジリ行事(三重県伊賀市)▽桑名石取祭の祭車行事(三重県桑名市)▽長浜曳山祭の曳山行事(滋賀県長浜市)▽京都祇園祭の山鉾行事(京都市)▽博多祇園山笠行事(福岡市)▽戸畑祇園大山笠行事(北九州市)▽唐津くんちの曳山行事(佐賀県唐津市)▽日田祇園の曳山行事(大分県日田市)▽八代妙見祭の神幸行事(熊本県八代市)

豪快に「玉名大俵まつり」                 2016年11月23日

161123ootawara.jpg俵を引っ張ってタイムを競う恒例の「玉名大俵まつり」が市役所周辺で開かれました。

玉名市は江戸時代に米の集積地として栄え、この祭りはその歴史にちなんで毎年秋に開かれています。20回目となった今年は92チーム、約1000人が参加しました。

男性の部で使われる大俵は直径2.5メートル、幅4メートル、重さは約1トン。1チーム13人で俵を転がし、往復180メートル(決勝は250メートル)のタイムを競いました。

200キロの小俵を引く小学生部門や中高生、レディース部門もあり、必死の形相で俵を引く人たちに、見物人からは大きな歓声が上がりました。

熊本市中心部に天の川が出現 夜景を背に「復光祭」     2016年11月20日

熊本地震からの復興を祈って、熊本市を流れる白川に光の帯を作ろうという催しが行われました。

「くまもと復光祭」と名付けられたこのイベントは、県内のライオンズクラブ、ロータリークラブ、青年会議所が協力して初めて開きました。県外からの応援が減ってきたこの時期に、再び県民が力を合わせて復興に取り組もうという願いが込められています。

白川の河川敷には特設ステージが設けられ、トークイベントや演奏会、チャリティーオークションなどが開かれました。弦楽器、二胡(にこ)の世界的な奏者として知られるチェン・ミンさんの演奏が終わると、青色LED電球入りの玉3万個が泰平橋から流され、下流の白川橋までおよそ600メートルの川面は天の川のような青い光の帯に変わりました。

イベントの最後には、河川敷から500発の花火が打ち上げられ、およそ3万人の見物客を魅了しました。特等席となった泰平橋近くのホテルの高層ラウンジには多くのカップルが訪れ、熊本市の夜景を背に繰り広げられる光の祭典を楽しんでいましたに魅了されていました

荒神様封印? みこし投げずにお法使まつり         2016年10月30日

1030hoshimaturiA.jpg菊陽町曲手で地域の繁栄と五穀豊穣を願うお法使(ほし)まつりが行われました。

この祭りは菊陽町、益城町、西原村の12の地区が毎年持ち回りで開いています。祭りの主役はお神輿(みこし)。今年は「復興祈願」の文字を掲げ、曲手地区の男たちが来年の担当、辛川地区に向けて運びました。

1103aragami_R (1).jpg例年ならここからが祭りの本番です。この祭りは神輿を投げたり、転がしたりするのが一番の見どころになっています(写真左は2010年の祭り)。あえて神輿を乱暴に扱うことで、荒神様が喜ぶとされているのです。

今年も参加者からは「投げんか、投げんか」と、けしかける声が上がりましたが、引き渡す曲手側から「4月に大きな地震に見舞われています。そこで今年はの辛川(の参加者)と合同で、熊本の復興を祈って神輿を担ぎたい」という声が上がり、両地区の参加者が拍手で賛同しました。

神輿は2地区の住民に担がれた後、静かに台座に置かれました。少し物足りなさそうな参加者もいましたが、地震からの復興を願い、神輿は無事に引き継がれました。

繁根木八幡宮秋の例大祭 節頭馬が石段駆け上がる    2016年10月28日

settoubaA.jpg五穀豊穣に感謝する玉名市繁根木八幡宮の秋の大祭が始まり、節頭馬が石段を駆け上がりました。

この祭りは「節頭区」(世話役)の人たちが持ち回りで行い、節頭馬と呼ばれる飾り馬にまたがった「節頭稚児」が神社の石段を駆け上がる勇壮な祭りとして知られています。この日はあいにくの雨で、安全に配慮して節頭馬だけが威勢よく石段を駆け上がりました。

節頭区の人たちが「あーとこよい」というかけ声の入った「節頭歌」を威勢の良い節と踊りとともに披露するなか、3人の小学生が節頭馬にまたがり、参拝しました。この後、玉名市岱明町のおおとりの丘認定こども園の子どもたちによる舞が奉納されました。

男女が入れ替わって漢字を行う"奇祭" 玉名市箱谷地区で    2016年10月20日

161021kisaiA.jpg男女が入れ替わって夜に神事を行うという珍しい祭りが20日夜、玉名市箱谷地区で行われました。

これはこの地区にある熊野座神社の例大祭で、江戸時代から380年の歴史があるといわれています。祭りに参加する男性は、化粧したりかつらをかぶったりして女装し、女性は付けひげをつけたり背広を着たりして男装します。男装女性と女装男性は太鼓を打ち鳴らし、ご神体を「座元」と呼ばれる当番の家から次の座元の家に運び、引き継ぎます。儀式は嫁入りのような形で行われ、引き継ぎ後は男装女性と女装男性が入り混じって、新たな座元の家で夜遅くまで祝いの宴を開きます。

参加者はお互いの顔を見て笑いながら祭りを楽しんでいました。なぜ男女が入れ替わるのか、地区の人たちもいわれは知らないということです。

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益城町の木山神宮 倒壊した神殿前で秋祭り         2016年10月17日

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地震で大きな被害を受け、神殿が倒壊したままになっている益城町の木山神宮で、恒例の秋の例大祭が開かれました。

木山神宮は本震で神殿などが倒壊し、再建には1億3000万円以上かかるといわれています。例大祭開催にあたっての神事も倒れた神殿の前で行われました。安全面も考えて一度は中止も検討されましたが、益城町全体の復興につながれば、と開催に踏み切ったということです。宮司の矢田吉定さんは「皆様方の心の中にひと筋の灯りをともすことができればと感じています」と話しています。

今年の祭りでは神殿の前で竹灯籠の灯りをともす「みずあかり」も行われ、幻想的な夜の神社で子どもたちによる神楽が披露されました。例大祭では日本舞踊や音楽ライブ、じゃんけん大会なども行われました。

復興への願い大輪の花に込め 八代市花火大会        2016年10月15日

第29回やつしろ全国花火競技大会が、10月15日夜、八代市の球磨川河川緑地で開かれました。

大会は西日本で最大級の全国各地の花火師による競技大会で、29回目となる今年は30業者が参加し、腕を競いました。あいにくの小雨まじりの天気でしたが、熊本地震からの復興祈願のため例年より2000発多い1万4000発の花火が打ち上げられ、約30万人の見物客からは夜空を彩る大輪に大きな歓声があがっていました。

650年の伝統 菊池神社の御松囃子御能          2016年10月13日

161013onbayashiA.jpg菊池市の菊池神社の秋祭りが始まり、650年以上の伝統がある国の重要無形民俗文化財、御松囃子御能(おんまつばやしおのう)が奉納されました。

この能は、南北朝時代にこの地域を治めていた菊池武光が後醍醐天皇の皇子、懐良親王(かねよししんのう)を迎えた時に催されたのが始まりと伝えられています。この日は保存会が、「勢利婦(せりふ)」と「老松(おいまつ)」を披露し、舞人の田嶌晴雄さんが静と動を織りまぜた見事な舞を奉納しました。

また、狂言(きょうげん)や仕舞(しまい)も披露され、観客は舞人と太鼓の呼吸があった伝統の能を楽しんでいました。

復興への思い込め 秋の牛深ハイヤ総踊り          2016年9月18日

160918HAIYAa.jpg「熊本の復興を応援しようと、牛深ハイヤ祭りの総踊りが天草市で行われました。総踊りには20団体のおよそ700人が参加し、軽快な「ハイヤ節」に乗って踊り子たちが繰り出しました。祭りが始まると雨も上がり、詰めかけた多くの観客の手拍子に送られて、祭りは最高潮に達しました。

ハイヤ祭りは毎年4月に開かれ、天草の春の風物詩として知られています。しかし、今年は祭りの前日に熊本地震が発生し、45年の歴史の中で中止になっていました。「心にぽっかり穴が開いたような」(牛深青年会議所理事長の西岡勝太郎さん)喪失感を味わった地元の青年部などは「牛深から元気を熊本県内に波及できれば」と、秋に総踊りを企画しました。合言葉は「町に元気を!被災地に元気を!」です。

160916haiyatuika.jpg天草市の牛深高校郷土芸能部では、5か月遅れの総踊りを前に練習に余念がありませんでした(写真右)。時期がずれたため、道中踊りの経験がない1,2年生だけでの参加になりましたが、心を一つに元気の良さを出そうと張り切っていました。

踊りの会場で特産品を販売する原光生さんは「ハイヤは風を待っているときに唄う。しけの時に港で踊って風を待ち、よか景気の風をハイヤで景気づけして出ていこうと。(元気づけるには)ちょうどいい」と意気込んでいます。西岡さんは「ハイヤは牛深の人には元気の素なんです。踊ることで日常といつもの元気を取り戻したい」と語ります。踊りで元気を届けようとみな真剣です。

*ハイヤ踊り 九州では南風のことを「ハエの風」といい、「ハイヤ」の語源は牛深を出港して北上する帆船が受ける南風といわれます。「ハイヤで今朝出した船はエー どこの港にサーマ入れたやらエー」というハイヤ節の唄い出しは、牛深から海産物などを運ぶ帆船と乗組員を案ずる気持ちが込められています。「ハイヤ節」は牛深港に寄港した船乗りが歌い踊り継ぐ形で、瀬戸内、大坂、新潟、北海道へと伝わり、「佐渡おけさ」や「阿波踊り」につながったといわれています。

藤崎宮秋の例大祭 復興祈願ののぼりも登場           2016年9月18日

160918hujisakiA.jpg熊本に秋の訪れを告げる熊本市の藤崎八旛宮例大祭は18日、ハイライトの神幸行列が行なわれ、熊本の中心部は祭り一色に染まりました。

行列は午前6時に藤崎宮を出発し(御発輦祭=ごはつれんさい、写真上左)、日銀熊本支店の前では、最大の見せ場となる「馬追い」が行われ、勢子や飾り馬が祭りを盛り上げました(写真上右)。行列では太鼓などの鳴り物と扇子や纏などを手にした勢子(せこ)たちが「ドーカイ、ドーカイ」の威勢のよい掛け声で飾り馬をあやつりました。「ドーカイ」とは、自分達の団体は立派かどうか、つまり「どうだ?すごいだろ」といった意味があるようです(他にも諸説あり)。

今年の例大祭は、地震を受けて参加費用を募る動きを自粛するなどした影響で、参加する団体が去年の65から半数近い35に減りましたが、参加者は雨模様のあいにくの天候の中、元気よく熊本市中心街を練り歩きました。全国からの支援に感謝したり、復興を祈願するのぼりを掲げた団体も多く、行列は、なお修復が終わっていない商店などを励ますように進んでいました(写真下)。

160918hujisakiB.jpg16日も恒例の飾馬(かざりうま)の飾卸(かざりおろし)が行われ、飾馬を奉納する35の団体が藤崎八旙宮で認定書を受け取った後、藤崎宮の境内でラッパのリズムに合わせて威勢のいい掛け声とともに勇壮な馬追いが披露されました。

160917hujisaki2_R.jpg藤崎宮の例大祭は1000年以上の歴史があるといわれますが、随兵行列は加藤清正が朝鮮出兵から無事帰還できたことを感謝し、随兵頭となって藤崎宮の祭礼行列に供奉(ぐぶ)したのがはじまりとされています。今年の随兵頭は熊本市の大西一史市長が務めました(写真右)。

復興の願い込め 南阿蘇最大の「風鎮祭」            2016年8月19日

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高森町で恒例の風鎮際(ふうちんさい)19日、始まりました。

この祭りは1752年(宝暦2年)、商人たちが「二百十日」の強風を鎮め、五穀豊穣を願ったのが始まりとされる伝統の祭りで、阿蘇中央火口の南、高森町と南阿蘇村に拡がる南郷谷(なんごうだに)最大の祭りとなっています。今年は熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村の住民にも祭りを楽しんでもらいたいと、南阿蘇鉄道も無料で運行されました。

風勇壮な風鎮太鼓で開幕した祭りでは住民500人が総踊りを披露し、商店街を練り歩きました。雑貨や生活用品を使ってつくられる「造り物」も13基飾られました。。町の若者らが演じる「高森にわか」や出店も並び、大勢の親子連れらでにぎわいました。被災した住民たちは高森町の社会福祉法人が用意し、無料で振る舞われたカレーや鎮魂と復興の願いを込めた打ち上げ花火を楽しんでいました。

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益城・熊野神社の夏祭りで伝統の木山肥後神楽         2016年8月20日

160820MASHIKI.jpg益城町広崎にある熊野神社で「ふるさと益城復興夏祭り」が開かれ、子どもたちが伝統芸能の木山肥後神楽を披露しました。

木山肥後神楽は、かつてこの地を拠点とした豪族・木山氏が1441年(嘉吉元年)に木山神宮を鎮守として阿蘇系の神楽を奉納したのに始まり、江戸時代以降この地に定着したといわれています。舞いを披露した子どもの一人は「復興を願って舞いました」と話しました。

この後子どもたちは、元気な掛け声をあげながら神輿(みこし)をかついで町内を練り歩きました。子ども神輿は昨年まで地区内にある広崎神楽社の秋祭りで奉納されていましたが、神楽社が地震で倒壊したため、熊野神社の夏祭りに引き継がれました。

59日間少女が火を絶やさず祈る 阿蘇の火焚き神事始まる     2016年8月19日

160819HITAKI.jpg火焚き乙女と呼ばれる地元の少女が、五穀豊穣を祈って59日間にわたって火を焚き続ける阿蘇市霜(しも)神社の神事が19日から始まりました。

この神事は早霜で農作物に害を与える悪霊を鎮めたという故事に由来しているとされ、国の重要無形民俗文化財に指定されています。農作物を霜の害から守るため、火焚き乙女が59日間、火焚き殿で火を絶やさずに祈ります。

今年の火焚き乙女は、阿蘇小学校2年生の市原輝子さん(8)が務めます。祖母に付き添われた輝子さんは火焚き殿に入り、ご神体を温める薪に火を入れました。神事は「乙女揚げ」が行われる10月16日まで行われます。

160819HITAKI2.jpgのサムネイル画像

幻想的な金色の光の輪 山鹿灯籠まつり千人踊り          2016年8月16日

山鹿灯籠まつりのメインイベントとなる「千人灯籠踊り」が16日に山鹿市で行われ、訪れた大勢の観客を魅了しました。

山鹿灯籠まつりは、九州親征で深い霧に迷った景行天皇を、地元の人たちがタイマツを灯して導いたのが由来とされています。踊りは金色の灯籠を頭にのせた1000人の女性たちが、やぐらの周りを幾重にも囲み、民謡「よへほ節」に合わせて優雅に舞うものです。暗闇の中、金色の光が揺らめく幻想的な踊りの輪ができました。

まつりは15日から始まり、熊本城の宇土櫓(やぐら)など、27基の灯籠が各町内に飾りつけられました。大宮神社には、数々の名作・大作を作って山鹿灯籠の製作技術を集大成し、名人と称された灯籠師、松本清記(1880~1973)の1965年(昭和40年)の作品、人形灯籠「加藤清正の虎退治」が展示されました。

160728yamagakansai.jpgのサムネイル画像まつりのポスターは、今年6月に山鹿市の魅力を発信する「山鹿元気プロジェクト」のアドバイザーに就任した世界的なファッションデザイナー、山本寛斎さんが手がけました。山本さんは7月28日、山鹿市役所で自ら手掛けたポスターの説明を行いました。

ポスターは横360センチ、縦230センチで、山本さんデザインの衣装を着た世界各国の女性5人が頭に金灯籠を乗せ、「歌舞れ」という文字が大きく書かれています。山本さんは「金灯籠が、世界中の女性に似合い、世界レベルの美しさということを表現した」と話していました。

初盆の家を回る伝統の「亡者踊り」 八代市植柳地区で      2016年8月14日      

160814moujaodori_R.jpg黒い頭巾に白装束で踊ることから「亡者踊り」とも呼ばれる八代市の植柳(うやなぎ)盆踊りが、初盆を迎えた家で披露されました。

植柳盆踊りは八代市植柳地区に江戸時代から伝わるといわれ、国選択無形民俗文化財に選ばれています。植柳地区では、踊り手が初盆を迎えた家を回って仏前で踊る習わしがあり、14日夕方には黒い頭巾で頭を覆い、白い着物に黒い帯を締めた保存会の人たちが、八代市植柳上町の住宅を訪れて、古式ゆかしい踊りを披露しました。この家の人は「この踊りは受け継いでいかなければと思う」と話しました。

14日夜は、植柳小学校の校庭で「ふるさと祭り」が開かれ、ここでも植柳盆踊りが披露されました。楽器を使わず口説き歌にあわせて円陣を描いて踊るのが特徴で、祭りの最後には地域の人たちも踊りの輪に加わっていました。

和水町で古墳祭 松明の炎が夏の夜空焦がす           2016年8月7日

160810kohunnmaturi.jpg和水町で7日夜、古墳祭(こふんさい)が開かれ、松明(たいまつ)を持った行列が夏の夜空を焦がしました。

古墳祭は国指定の史跡、江田船山古墳にちなんで毎年行われています。坂本瑞季さん(24)扮する祭りの女王、火巫女(ひみこ)が登場してかがり火に点火すると、古代衣装をまとった約800人の町の人たちが、古代の兵士の格好で松明を手に持ち、練り歩きました。見物客は暗闇にゆらゆら揺れる炎を眺めながら、古墳時代に想いをはせていました。

地震吹き飛ばせ!「おてもやん総おどり」にぎやかに       2016年8月6日 

0806火の国A.jpg熊本地震の被害に負けない熊本の元気を示そうと、熊本市最大の夏祭り、火の国まつりのハイライト「おてもやん総おどり」が中心部ででにぎやかに繰り広げられました。

今年は国内外から約5000人が参加し、開始前には復興への願いを込めて大西一史熊本市長の合図で白い風船を空に飛ばしました。参加者は「サンバおてもやん」などの曲に合わせて元気に踊りながら、電車通りを練り歩きました。

阿蘇伝統の御田祭 神社の神事は仮拝殿で           2016年7月28日

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熊本地震で拝殿や楼門が全壊した阿蘇神社で28日、イネの生育と豊作を祈る御田祭(おんだまつり)が今年も例年通り行われました。

御田祭は、神々が田植え後のイネの生育を見てまわるという故事にならって行われる阿蘇神社最大の神事で、御田植神幸式ともいい、国の重要無形民俗文化財に指定されています。阿蘇神社は4月16日の本震で国指定の重要文化財の楼門や拝殿が全壊するなど大きな被害を受けましたが、地震の後に建設された仮の拝殿で神事が行われました。

猿田彦の面を先頭に白装束の「宇奈利」や4基の神輿(みこし)など、総勢200人が阿蘇神社を出発しました。途中の2か所では神輿の屋根に稲の苗を投げて今年の豊作を祈願しました。また、1年を健康にすごせるという言い伝えから、見物客が神輿の下をくぐる姿も見られました。

阿蘇神社氏子会の小代勝久会長は「御田祭が成功するということは次のステップが見えてきた。いいスタートが切れてほっとした」と話していました。

大迫力 田中城の合戦再現 戦国肥後国衆まつり        2016年2月14日

nagomi2_R.JPG和水町の多目的広場で「戦国肥後国衆まつり」が開かれ、甲冑(かっちゅう)などを身にまとった武者が迫力ある合戦を再現しました。
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再現されたのは1587年(天正15年)、豊臣秀吉軍と和仁親実らの一族が戦った田中城の戦いです。勇壮な合戦絵巻は両軍の大将の名乗りの後、鉄砲隊の攻撃で始まり、白煙が漂う中、和仁軍の大将が討ち取られるまで続きました。

田中城の戦いは肥後国人一揆での最後の激戦として知られます。和仁一族の軍勢1000は秀吉が派遣した安国寺恵瓊(あんこくじえけい)ら1万の大軍に城を包囲されましたが、10倍の兵力とよく戦い、攻防は約100日におよんだといいます。和水町和仁にある田中城跡は建物跡・井戸跡などが良く保存されており、国の史跡になっています。

山鹿・日輪寺で赤穂浪士をしのぶ「義士まつり」        2016年2月4日  

GISHIMATSURI.jpg赤穂四十七士が吉良上野介邸に討ち入りした「赤穂事件(忠臣蔵)」にちなみ、大石内蔵助ら17人の遺髪が塔に納められている山鹿市の日輪寺で、「義士まつり」がありました。

1703年(元禄16年)の赤穂事件で吉良邸に討ち入った赤穂浪士のうち、17人は当時東京都港区高輪にあった細川藩下屋敷に預けられた後に切腹しましたが、屋敷で赤穂浪士の世話をした堀内伝右衛門が遺髪を持ち帰り、日輪寺に納めた塔があります。

0204gishi.jpgまつりは山鹿温泉観光協会が内蔵助の命日にあわせて毎年行っています。今年は兵庫県赤穂市の明石元秀市長も参列し、内蔵助が手植えしたとされる赤穂八幡宮のハゼの実から育った若木を境内に植えました。ハゼの木は山鹿青年会議所が内蔵助と伝右衛門の交流を描いた漫画「十七士と伝右衛門の五十日」を赤穂市の小学校などに贈った返礼ということです。参列者は塔の前で焼香した後、恒例の「討ち入りそば」を味わいました。

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