熊本県外のくまもと&くまモン

全国にあるくまもとスポット

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15.jpg肥後細川庭園とその周辺

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東京都文京区目白台にあった熊本藩細川家の下屋敷を整備した公園です。公園内とその周辺には細川家や熊本ゆかりの施設が多く、熊本の文化や歴史について理解を深めてもらう情報発信拠点にもなっています。

肥後細川庭園は江戸中期以降旗本の邸宅で、清水家や一橋家の下屋敷となったこともありましたが、幕末になって肥後熊本藩細川家が下屋敷を移し、1882年(明治15年)には細川家の本邸となりました。1960年(昭和35年)に東京都が買収し、1975年(昭和50年)に文京区に移管されました。周辺には、細川家ゆかりの施設が点在しており、都民の憩いの場所になっています。2017年3月18日、名称が「新江戸川公園」から、熊本や細川家ゆかりの地であることをよりはっきり示す「肥後細川庭園」に変わりました。

肥後細川庭園のホームページは yubiyubi.png こちら

【松聲閣(しょうせいかく)

shoseikaku.jpg熊本藩主を務めた細川家の学問所として1887年(明治20年)ごろ東京・文京区に建てられました。大正時代に改修され、文京区の集会施設として利用されていましたが、老朽化が進み、文京区がおととしから約3億6700万円をかけて修復と耐震補強工事を進めていました。床の間に熊本産のい草で作った畳を用い、各部屋に「肥後六花」にちなんだ名前を付けるなど、より熊本を感じさせる工夫もこらされています。入場無料で自由に見学でき、集会施設として貸し出されます。

【回遊式泉水庭園】

目白台台地の斜面地の起伏をいかし、湧水を利用した「鑓り水(やりみず)」の手法をとりいれた庭園で、江戸時代の大名屋敷の回遊式庭園の雰囲気をそのまま残しています。中心に池を配し、背後の台地を山に見立てた立体的な眺望や、深い木立ちや大泉水が織りなす景色の移ろいが楽しめます。晩秋には池のほとりにある松の枝が雪吊りされ、美しい傘形を見ることができます。

【永青文庫(えいせいぶんこ)

eisei_R.jpg昭和初期に建てられたこの洋館は、細川家の家政所、つまり事務所として使われていました。細川家の第16代当主だった護立さんが集めた陶器や彫刻、細川家が代々集めた茶道具や武具など国宝8点を含む約9万点の美術品が所蔵され、常時50点が展示されています。

 理事長を務めている細川護煕・元首相は「収蔵品は歴史そのものですから、700年前から先祖の方が使っておられたさまざまなものがあります。それを後世に伝えていくというのは大変重要な使命だと思っています」と話しています。

 

【旧細川侯爵邸=和敬塾本館】wakei.jpg

戦前に侯爵だった細川護立(もりたつ)さんの本邸として1936年(昭和11年)に建てられました。1階は主に接客、2階は日常生活の場として利用されていたようです。

1階の書斎はうねりのある栗材の特色が生かされ、護立侯爵お気に入りの部屋だったといわれています。大きな牡丹の絵が天井にあしらわれている2階の「御次の間」は食堂として使われた部屋で、料理は小型のエレベーターで1階から運ばれていました。

近くには和敬塾という男子学生寮があり、旧侯爵邸は今は和敬塾の本館として使われていて、学生の教養講座や講演会などが行われています。通常は一般公開はされていませんが、不定期に見学会が開かれています。

15.jpg高輪周辺

熊本藩細川家の下屋敷は江戸時代の初めには港区高輪にありました。1703年(元禄16年)に大石内蔵助(くらのすけ)ら赤穂四十七士が、吉良上野介邸に討ち入りした「赤穂事件(忠臣蔵)」では、仇討ちを果たした浪士17人が切腹した場所としても知られています。都営浅草線の泉岳寺駅を出てすぐの泉岳寺から歩いて回れます。

sengakuji_R.jpg【泉岳寺】

討ち入りを終えた浪士たちはかつての主君、浅野内匠頭(たくみのかみ)長矩が眠る泉岳寺に仇討ちの成功を報告します。泉岳寺のそばに下屋敷があった熊本藩・細川家は幕府から大石内蔵助(良雄)をはじめ17人の預かりを命じられました。

永青文庫で知られるように、細川家は膨大な文書を残しており、赤穂事件についても記録があります。細川家に残る文書には、①討ち入りがあった日の天気は「忠臣蔵」の芝居のように雪ではなく、雪が降ったのは前日だったこと②赤穂浪士たちが顔を知らない上野介を眉間の傷で確認したというのも芝居での話で、実は上野介が炊き込めていた特別な香のにおいで確認した――と記されているとのことです。

【大石良雄外十六人忠烈の跡】kuranosuke_R.jpg

泉岳寺の内蔵助像(写真右)わきの細道を上り、高輪1丁目アパートをめざします。アパートに隣接した黒い扉の中に残る熊本藩下屋敷の庭が、内蔵助らが切腹した「忠烈の跡」です。

討ち入り後、細川家は幕府から、大石良雄(内蔵助)をはじめ17人の預かりを命じられました。時の細川家当主・細川綱利は、赤穂浪士の義挙に感銘し、浪士ではなく義士として丁重に扱いました。17人の身柄受け取りになんと875人の迎えを出し、屋敷では客分として扱い、帯刀も許しました。3度の食事も「二汁五菜」で厚くもてなし、浪士が「食事をもう少し質素にしてくれ」と願い出るほどだったといいます。綱利は内蔵47main_R.jpg助に「このたびのことは忠義のいたり、館に預かることは武門の本望、心易くくつろぎ、数ヶ月の辛苦、昨夜の疲れを休めるよう」と労いの言葉をかけたそうです。

綱利は幕府に浪士の助命を嘆願しました。叶えば召し抱えるつもりでしたが、結局、幕府は彼らに切腹を命じます。17名が切腹した屋敷の庭が、「大石良雄外十六人忠烈の跡」として残されています。47ishi_R.jpg

切腹は畳三畳の上に白ふろしきを敷き、蔵之助から始まったといいます。人が替わるたびに畳と介錯人は新しく替え、17人が切腹を終えるまで2時間かかったそうです。17人が切腹した後、綱利は庭を清めることを禁じ「庭を細川家の守り神として終世残す」ことを決めました。黒い扉はふだんは閉ざされ、立ち入りできませんが、扉の向こうには400年を経た今も屋敷の庭石が残っています(写真右)。

siinoki_R.jpg【旧細川邸のシイ】

「忠烈の跡」にほど近い港区高輪地区総合支所わきの丘に、熊本藩下屋敷にそびえていたスダジイの巨木が残っています。幹周りは8.13メートル、樹高は10.8メートルもあり、シイノキとしては東京都内最大級だということです。樹齢は300年以上とみられ、東京都指定天然記念物に指定されています。幹の下部に大きな空洞があったため、1981年(昭和56年)に大規模な延命手術が施されました。


【覚林寺(かくりんじ)

総合支所正面から国道1号線に出ると、「清正公前(せいしょうこうまえ)」の交差点が見えます。交差点の名の由来になったのが、交差点そばの日蓮宗寺院、覚林寺です。

安房小湊(千葉県鴨川市)の誕生寺18代の住職だった日延上人(1589~1665)が、隠居後に熊本藩細川家の中屋敷だった地に1631年(寛永8年)に開創しました。加藤清正の位牌や像が祀られていることからこの寺は「清正公」と呼ばれ、勝負祈願の寺として庶民の信仰を集めました。毎年5月4・5日の清正公大祭では清正公像が特別開帳され、武運の強かった清正公にちなみ、菖蒲(勝負)の入った「勝守り」を受けることができます。kakurinji_R.jpg

清正は朝鮮出兵から帰国した際に、朝鮮国14代国王宣祖の長男・臨海君の子を連れ帰り、養育したといわれています。2人は清正の熱心な法華経信仰の影響を受けて成長し、兄は清正の熊本の菩提寺である本妙寺三世となった日遙(にちよう)上人、弟は誕生寺の住職となった日延上人でした。清正が朝鮮出兵の折に高麗国の王子を連れ帰ったのは史実のようですが、この王子は豊臣秀吉の命で朝鮮に返されており、日遥上人や日延上人は朝鮮から来たものの、王族でなかったいという説が有力のようです。ただ、2人とも清正を手厚く祀っており、清正は愛情をもって大切に養育したことがうかがえます。

覚林寺は東京メトロ南北線/都営地下鉄三田線の白金高輪駅が最寄駅となります。ちなみに白金高輪の駅名は、開業直前まで「清正公前」となる予定でした。都心には中央区日本橋浜町の浜町公園の一角にも、細川斎護が1861年(文久元年)に熊本・本妙寺から清正の分霊を勧請して創建した清正公寺があります。

15.jpg明治神宮の清正井(きよまさのいど)kiyomasanomizu2_R.JPG

明治神宮内の明治神宮御苑にあり、かつてこの地に下屋敷を構えていた加藤清正が掘ったといわれます。真下に掘り進む通常の井戸と異なり、地下水路のように地面に水平に堀った横井戸で、戦前には清正が掘った井戸の特徴を知る熊本の研究家が井戸を調査しましたが、清正が掘ったと断定できなかったそうです。横井戸を掘るには高度な土木技術が必要なことから、「築城が得意だった清正が掘ったに違いない」と、この名がついたといわれます。

「横井戸は富士山と皇居を結んでいる」とか「地下水路には風水の『気』が流れ、井戸から地表に吹き出している」といった"都市伝説"が広がり、今では都内有数のパワースポットとして人気があります。井戸の写真を携帯の待ち受け画面にする人も多いようです。JR山手線原宿駅、東京メトロ千代田線/副都心線明治神宮前駅から徒歩。清正井を含む御苑入場は有料です。

rokanouti (1)_R.jpg15.jpg蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)
「不如帰(ほととぎす)」有名な水俣市出身の小説家、徳富蘆花(1868~1927)が1907年(明治40年)から亡くなる直前まで過ごした居宅跡を中心とした公園で、芦花公園とも呼ばれています。京王線芦花公園駅下車徒歩15分です。

ロシアの文豪トルストイの村を訪ねて土に生きる姿に感銘を受けた蘆花は、帰国後に農家を買い取り、恒春園と名付けたこの場所で晴耕雨読の日々を送りました。周囲には蘆花の遺品を展示している蘆花記念館や蘆花手植えの竹林、世田谷文学館などがあります。

蘆花の兄は「國民新聞」を発刊したジャーナリスト・歴史家の徳富蘇峰(1863~1957)ですが、1903年(明治36年)から絶縁状態だった2人は蘆花の死の直前に和解します。園内には蘆花夫妻の墓がありますが、その銘は蘇峰の手によるものです。

15.jpg銀座熊本館ginzakumamon_R.JPG

数寄屋橋交差点のソニービル隣にあるアンテナショップです。1階は熊本の名産品やくまモングッズを取りそろえ、2階はカフェバーで馬刺しや辛子蓮根、球磨焼酎などが楽しめます。営業時間は1階が午前11時から午後8時まで、2階が午後1時から午後8時まで。定休日は1階が月曜日(月曜日が祝日の時は営業)、2階が日、月曜日です。

銀座熊本館のホームページはこちらkurejitto_R.jpg

15.jpg羽田空港美術館 ディスカバリーミュージアム

museum_R.jpg羽田空港で全日本空輸(ANA)などを利用する際に使う国内線第2ターミナルの3階に2010年にオープンした日本で初めての空港内美術館です。細川家の至宝を管理する永青文庫に所蔵されている美術品の一部が展示されているほか、年に3~4回、永青文庫の企画展などが開かれています。ラウンジ風の館内には美術品と向き合う形でソファが配置され、じっくり、ゆったりと鑑賞できます。開館時間は午前11時(土日祝10時)から午後6時30分まで(最終入場時間は午後6時)。

ディスカバリーミュージアムのホームページは yubiyubi.png こちら

758_R.jpg15.jpg秀吉清正記念館

HidekiyoGakan_R.jpg名古屋市博物館の分館で、同市中村区生まれの豊臣秀吉と加藤清正に関する資料を集めています。 常設展は、織田信長が天下統一へ向かったころから、秀吉の天下統一、そして大坂の陣で豊臣氏が滅亡するころまでを紹介しています。秀吉の文書を詳細に解説するコーナーもあります。特集展示、写真パネル展を、テーマをかえながらMyougyo-ji_R.jpgほぼ常時開催しています。

記念館の建つ中村公園周辺には、秀吉・清正の生誕地碑、豊国神社、妙行寺(みょうぎょうじ)、常泉寺などがあります。妙行寺は加藤清正が自分の生誕地に、名古屋城築城で余った材料を使って再建したとされ、境内には清正の銅像や生誕地の石碑があるほか、清正公)堂には清正の没後に熊本の本妙寺から贈られた日遙上人作の清正尊蔵が安置されています。中村公園の最寄り駅は地下鉄東山線の中村公園駅です。

秀吉清正記念館の情報は yubiyubi.png こちら

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15.jpg大徳寺高桐院(こうとういん)
koutouin1_R.jpg京都市北区紫野の大徳寺の塔頭(たっちゅう)のひとつで、1601年(慶長6年)に肥後細川家初代で利休七哲の一人、細川忠興(三斎)が父、細川藤孝(幽斎)のために建立しました。カエデと竹に囲まれた参道や苔むす庭園は美しく、特に秋の紅葉が有名です。

庭園の奥には忠興とガラシャ夫人の墓があります。ガラシャの骨と忠興の遺歯が眠り、墓塔は笠が大きく欠けた灯籠が使われています。この「欠灯籠」はもとは千利休が愛蔵したもので、豊臣秀吉が所望したところ、一部を割って「欠けているので献上できない」と断ったといわれます。利休切腹後に灯籠を手に入れた忠興は「完璧すぎる」とさらに一部を割って隠居先の八代城に置いていましたが、遺言で熊本から京都に運ばれ、夫妻の墓となったそうです。

境内前庭には加藤清正が朝鮮から持ち帰り、忠興に贈った「降りつくばい」もあります。もとは朝鮮王城羅生門の礎石だったとされ、忠興はつくばいを熊本・江戸間の参勤交代に持ち歩くほど気に入っていたそうです。また、茶室・松向軒は、豊臣秀吉が開いた北野大茶会で使った茶室を忠興が移築したと伝わります。

高桐院は、京都市バス大徳寺/建勲神社前バス停下車徒歩5分です。

oosakadaiji_R.jpg15.jpg肥後橋
大阪市中之島には年貢米を売却するため、各藩が米蔵を併設した蔵屋敷を設けていました。永青文庫に残る記録では、54万石の大藩だった熊本藩の米蔵は858坪と各藩の中でも最大で、一帯は肥後島町、付近にあった橋は肥後橋と呼ばれました。肥後島町には加藤清正が植えたとされる松があり、枝の一方が手を差し出し、一方は手を屈めるように見えたことから「売買の松」と呼ばれていたそうです。

蔵屋敷の跡地は明治になって、土佐の後藤象二郎(1838~1897)の会社に払い下げられ、製紙工場がつくられました。今は屋敷跡には近代製紙業発祥の地の碑が建つのみですが、肥後橋は今もあり、地下鉄の駅名にもなっています。

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【大阪】熊本支援に感謝 「大くまモン展」が開幕      2017年9月13日

kumaA.jpg熊本地震での全国からの応援に感謝の気持ち伝えるとともに、元気な熊本をアピールする「大くまモン展」が大阪市北区の阪急うめだ本店で開幕しました。くまモンの初めての本格的な展覧会で、全国で初めての開催です。初日はくまモンも訪れ、回お嬢を盛り上げました。

会場にはくまモンがイベントなどで実際に着た衣装や、各地を訪問したくまモンの写真、くまモン絵本の原画などにあわせて熊本の県産品も展示され、多くの人が訪れていました。キーホルダーなどくまモン限定グッズも販売されます。

県は全国の百貨店等と連携し、大阪を皮切りに2019年まで全国10会場でくまモン展を開く予定にしています。

【名古屋】県産食材で熊本復興を応援             2017年9月2日

nagoyaA.jpg名古屋市内のホテルで、熊本県の食材を使うことで熊本地震からの復興を応援するイベントが開かれました。

名古屋観光ホテルで行われたイベントでは、ホテル内の日本料理店の料理長がくまモンと一緒に登場し、自ら熊本県に足を運んで選んだ食材を使った料理を紹介し復興支援を呼びかけました。ホテルでは「天草大王の香り揚げ」や「あか牛ロースの冷しゃぶ」「デコポンのわらびもち」などを味わえるほか、「デコポンゼリーとパンナコッタ」「マロンエクレア」をテイクアウトできます。

山田泰器料理長は「熊本の復興と言っても、まだ1年半でまだまだ復興されていないところもあるので、熊本の食材を知って頂いて広まってくれればと思う」と話しました。県産食材を使った料理の提供は、名古屋市内の2つのホテルで9月30日まで開かれています。

【東京・四谷】くまモンと学ぶ防災への備え         2017年8月29日

くまもん_R.jpg新宿区四谷の消防博物館で、200人の親子連れがくまモンと一緒に災害への備えを学びました。

イベントでは防災についてのクイズが行われ、子どもたちは、エレベーターの中で地震が起きたら全ての階のボタンを押して早く降りることや、食料や水の備えは最低3日分準備することなどを学んでいました。最後はくまモンと夏休み中の子どもたちと「くまモンダンス」を踊って楽しみました。

【京都】くまモンが祇園祭に登場し県産品PR         2017年7月13日

0713kumaぎお_R.jpg京都祇園祭の前祭(さきまつり)の山鉾(やまほこ)のひとつ、「山伏山」(京都市中京区)にくまモンが登場しました。

くまモンは耳に山伏山の手ぬぐいを巻いて山伏山に参加し、熊本のブースで県産品のPRを手伝ったり、臨時に設けられたステージで踊ったりして愛想を振りまいていました。

町屋の前に設けられた熊本のブースは、山伏山の関係者に熊本県出身の人がいたことがきっかけで、2016年から設けられています。県産品の売り上げの一部は熊本の被災地へ寄付されます。

「山伏山」は八坂の塔の傾きを戻した説話で知られる平安時代の修験者、浄蔵貴所(じょうぞうきしょ)の大峯山入りの姿をしていることに由来するそうです。

【神戸】清盛隊が復興支援ソング「くまもと しっとぉ!?」発表    2017年5月27日

阪神・淡路大震災があった神戸で活躍中の武将隊「神戸・清盛隊」が、熊本地震からの復興を祈念し、熊本への支援を呼びかけるため、熊本地震復興チャリティーソング「くまもと しっとぉ!?」を発表しました。

歌詞には辛子レンコン、馬刺し、ひともじのぐるぐる、いきなり団子など、熊本の名物のほか、阿蘇地方の観光地、熊本城などが出てきます。これらの特産品や名所を清盛隊が神戸の方言で「知ってる?」と紹介する歌です。 阪神淡路大震災で被災した神戸から、熊本に笑顔と元気とエールを送り、被災地同士の絆を深めようという願いが込められています。プロモーションビデオには熊本城おもてなし武将隊も登場しています。

170529KIYOMORI.jpgこの日、神戸市内で開かれた発表イベントとCD販売会にはくまモンも駆けつけ、清盛隊と「くまモン体操」を披露して会場を盛り上げました。曲のCD収益は全額、熊本城の復興基金に寄付されるということです。

【東京・浅草】日本一のナポリタンに「熊本の希望」         2017年5月14日

170514naporitan.jpg食品メーカーのカゴメが東京都墨田区の東京スカイツリータウンで開いた「ナポリタンスタジアム2017」で、熊本市南区のレッフェル流通団地店の「熊本の希望 あか牛ととろとろチーズのフォンデュ DE ナポリタン」がグランプリに輝きました。

「熊本の希望」は食材に全て県産品を使い、自家製ハムとタマネギ、ピーマンを入れたナポリタンに、半日煮込んだあか牛と、特製チーズソースをかけています。

地方大会を勝ち抜いた9品の中から、インターネットと来場者の投票で、九州代表の「熊本の希望」が1位になりました。

店を経営するオオツカグループの外食事業部長で、メニューを考案した宮本祥次さん(上写真右)は「食材の良さ、熊本の良さを全国に発信していく意味で、熊本の良さをしっかり伝えることができて大変うれしい」と話しています。

「熊本の希望」はレッフェル流通団地店、武蔵ヶ丘店で、サラダバー付き1380円=税別=で注文できます。

【名古屋】東京五輪と復興盛り上げ 企業合同物産展      2017年5月1日

170501nagoya.jpg2020年東京オリンピック・パラリンピックへの機運を地方から盛り上げようと、企業合同物産展「NIPPON市 復興五輪編」が名古屋駅前で開かれ、熊本の特産品も出展されました。

東京五輪は震災からの復興をテーマのひとつに掲げており、物産展は東北と九州の震災復興を支援し、五輪にあわせて地域の魅力を発信するために開かれました。経団連などでつくる「オリンピック・パラリンピック等経済界協議会」と復興に取り組む自治体が連携し、各地で展開するイベントの第1弾となります。

物産展には熊本のほか福島、岩手、宮城、大分の5県の企業が出展し、特設会場で辛子れんこんなどの特産品が販売されました。会場にはくまモンも駆けつけ、河村たかし名古屋市長や名古屋グランパスの選手、各地のゆるキャラと記念写真におさまるなどして会場を盛り上げました。

【大阪】いきなり団子、辛子蓮根...食博に県産品続々    2017年4月28日~5月7日

170507oosaka.jpg国内最大規模の食の祭典「食博覧会・大阪」が10日間にわたって大阪市住之江区のインテックス大阪で開かれ、60万人を超える来場者でにぎわいました。熊本県も日本の味覚館「ふるさと街道」に出展しました。

食博の実行委員会は熊本地震からの復興支援として県に1ブースを提供。もともと出展予定の3ブースと合わせ、4ブースを使って期間中に14社が入れ替わりで県産品の紹介や実演販売を行いました。期間中に行われたゆるキャラ大集合の催しにはくまモン隊も出動しました。

170428syokuhaku.jpgこの博覧会は1985年から4年に1度のペースで開催され、今回で9回目となります。今回は「日本の祭り・日本の味比べ」をテーマに、食文化の魅力を祭りと連動させて紹介しました。

実行委員会によると、今年は62万1195人が訪れ、これまでの食博の累計入場者数は500万人を超えました。

熊本県から出展された県産品は以下の通りです。

▽辛子蓮根、れんこんチップ、れんこん焼きそば(いなり屋本舗・熊本市)▽からし蓮根、からし蓮根ちぎり揚げ、揚げたてちぎり天(おにさか・八代市)▽辛子蓮根、アスパラベーコン、天ぷらかきあげ(からしれんこん萬吉屋・熊本市)▽焼きさば寿司、いきなり団子、こんこん昆布(エフ・エフ恵・熊本市)▽いきなり団子(いきなりやわたなべ・熊本市)▽塩からあげ、塩からあげ甘酢(肥後丸乃屋・熊本市)▽ジャージーソフトクリーム、ジャージーのむヨーグルト、ジャージー牛乳プリンソフトのせ(ジャージー牧場カップル・小国町)▽青土海苔、甘夏かりんとう、生姜せんべい、サラダ玉ねぎ(まどか工房・水俣市)▽高級馬油、馬油石けん(ラニーズ・熊本市)▽蜂蜜、九州とうがらし、国産黒にんにく、馬油石鹸、馬油クリーム、馬油シャンプー、くまモングッズ(ユーアンドアイ・熊本市)▽くまモングッズ(井野観光・阿蘇市)▽蛍丸サイダー(阿蘇岡本・阿蘇市)▽酵素スムージー、善玉茶、健成の茶18種、ルイボスティー(健成園・熊本市)▽たかな漬、たかな油炒、たかな醤油漬(吉川商店・合志市)

【東京】くまモンがDVD発売日に銀座熊本館長に就任    2017年4月26日

170426niji.jpgくまモン初のミュージックビデオDVD「くまモンのミュージックビデオ よかモン♪セレクション」が全国で発売され、東京の銀座熊本館ではくまモンが1日館長に就任しました。

くまモンは予約したファンにDVDを手渡しして握手したり、記念写真におさまったりしてDVDをPRしていました。

「よかモン♪セレクション」には、くまモンの新たな公式ソングとなった「にじ」のほか、「くまもとサプライズ」「くまモンのえかきうた」など9曲が収録されています。

【埼玉・志木】有斐学舎136年 初の女子学生受け入れ      2017年4月1日

1703yuuhiA.jpg首都圏の大学に通う熊本県出身者の学生寮、有斐学舎(埼玉県志木市)を運営する公益財団法人の肥後奨学会は、136年の歴史で初めて女子学生を受け入れました。同学生寮は創立以来ずっと男子しか受け入れておらず、大きな方針転換となります。

首都圏で学ぶ熊本出身の女子が増えている現状に対応するためで、阿蘇市から入寮した女子学生が母親とともに上京し、荷物を運び込み、食堂で男子学生に挨拶していました。4月から女相部屋で暮らします。

寮は受け入れにあたって改修され、女性専用の風呂、トイレなどをを用意しました。初年度の女子は最大6人を受け入れます。

160923yuuhiA.jpg肥後奨学会の渡邊博太郎理事長らは2016年9月23日、女子学生募集にあたって県庁で記者会見し、「男女共用は時代の流れ。各界で活躍を目指す女子学生を積極的に受け入れたい」と話しました。

有斐学舎は1881年(明治14年)、駒澤大学の前身となった学寮、旃檀林(せんだんりん)内に紫溟学舎(しめいがくしゃ)として発足しました。熊本に「同心学舎」(のちの済々黌高校)を設立した教育者の佐々友房らが、県出身者の首都圏での就学を支援するため、細川護久や長岡護美らの支援を受けて設立しました。翌年には中国・詩経の「斐(うる)わしき君子有り」にちなんで名称を有斐学舎に変更し、本郷区(現文京区)に移りました。文京区内を数回移転した後、1976年(昭和51年)に高千穂交易の独身寮を買い取って今の場所に移っています。

これまでに約3000人の学生を受け入れ、政財界や言論界などに多くの人材を輩出してきました。 日本の教育制度の基礎を築いた井上毅(1844~1895)が校長に就任していたこともありました。

これまでは入寮を男子に限っていましたが、親元を離れて首都圏の大学などに通う女子学生が増え、受け入れを求める声が高まっていました。道府県が補助する40以上の学生寮でも女子学生への門戸開放が進み、全国的にも男子寮は少数派になっています。

【東京】くまモンが知事と英語の記者会見に 世界からの熊本支援に感謝  2017年3月27日

熊本地震の発生から1年になるのを前に、蒲島知事とくまモンが東京・有楽町の日本外国特派員協会で、外国人記者を前に記者会見を開きました。

蒲島知事は、世界中からの熊本への復旧・復興に対する支援に感謝を念を表明し、現在の復興状況を説明しました。また、地震後にくまモンが熊本県民を精神的に支えたこと、ケネディ駐日大使など要人と熊本を結ぶ重要な役割を果たしたことなどを説明し、くまモンを「熊本の営業部長であり、外交官だ」と、その活躍を讃えました。

会見は質疑も含めてすべて英語で行われ、くまモンは隣の通訳知事のコメントの和訳を耳打ちしてもらい、時折うなづくなどしていました。得意なスポーツは何かと聞かれると、蒲島知事を介して「くまモン体操とダンス」と答えていました。和訳した記者会見の内容は以下の通りです。

蒲島知事 こんにちは、熊本県知事の蒲島郁夫です。本日は「逆境の中にこそ夢がある」ということをお話ししたいと思います。熊本県は熊本地震の影響で、いまだに大きな問題を抱えています。しかし、私の行政は他の県とは異なります。私は知事になる前は東京大学教授を務めていました。多くの方は「大学教授は、良い政治家にはならない」と思っているでしょう。しかし、それは違います。私の哲学は先ほども申し上げた通り「逆境の中にこそ夢がある」ということです。

私の人生は逆境の連続でした。私は1947年(昭和22年)生まれで、今年で70歳になります。農家の7男として生まれ、1965年(昭和40年)に高校を卒業しました。

私は、たいへんな「落ちこぼれ」でした。でありながら、私は政治家、小説家、牧場主のいずれかになることを夢見ていました。21歳の時、私は牧場主になるため、渡米する決心をしました。農業研修の一環としてアイダホ州に行きましたが、実際は、低賃金の労働者として働くというものでした。普通は18歳で大学に行きますが。私は24歳の時にネブラスカ大学農学部に入学しましたが、1977年(昭和52年)に政治学専攻に転じました。政治家になりたかったからです。ハーバード大学の政治経済学博士課程に進みました。

50歳の時に、東京大学大学院法学政治学研究科教授に就任しました。51歳の時には、熊本県の知事に当選しました。このように私は様々な経験を積んできました。人生はそれほど平坦ではありませんでした。こうして「逆境の中にこそ夢がある」というスローガンを持つようになりました。これは私の人生におけるモットーでもあり、「逆境の中にこそ夢がある」ということは、熊本行政における方針でもあります。

政治学者から政治家に転向した私は、3つの行政方針を持っていました。1つ目は、リーマンショックの直後に県知事に就任したため、経済に依存する価値観から幸福度に依存する価値観へ転換したいと考えていました。2つ目は、リーダーシップというのは、逆境の中でこそ熊本県を導くビジョンを提示する、ということです。熊本県民とともにトンネルを通り抜ける必要があるからです。だから、ビジョンを提示しなければいけません。3つ目は、現在目の前にある問題を解決することです。現在逆境にあったとしても、多くの解決するべき課題があります。県の行政を改革するために、公共政策のパラダイム・シフトを実施しました。通常、行政は、ガイダンス、規制、統制、継続などを強調します。しかし、これは事実ではありません。公共政策のゴールというものは、熊本県民全体の幸福度を最大化することです。だからこそ、私はいつも県民全体の幸福度の最大化を強調してきました。

9年前に知事に就任して以来、私は行政に対して3つの手法を取ってきました。第1に「意思決定」、第2に「明確なゴール設定」、第3に「責任を持つ」ことです。ローチについてご説明します。明確な目標設定について、くまモンを例にご説明します。熊本地震における責任のあり方についてもお話しします。

その前に、どのような「意思決定」か、例を挙げてご説明します。2008年に知事に就任した時、熊本県は経済的困難に陥っていました。経済問題を解決するために思い切った意思決定が必要とされていました。私が行った1つは、自分の知事給与の削減です。知事の給与は124万円でしたので、わかりやすく100万円をカットし、月給を24万円にしました。しかし、所得税のことをすっかり忘れており、所得税を引かれると月に14万円しか残りませんでした。しかし、問題はありませんでした。7年かけ150億円以上の経費削減に成功したからです。削減できた年間経費は約53億円から106億円へと倍になりました。今、熊本地震に対応していますが、地震や他の多くの問題に際して最も重要な備えは、経済の健全化だいうことを痛感しています。

次は、「明確なゴールの設定」です。私のゴールは「WHYの最大化」です。WHYとは全体幸福度を意味します。私なりの方程式によると、このWHYは4つのことに依存します。第1は「Economic(経済)」。経済的な豊かさは幸福度に影響します。第2は「Pride(誇り)」です。誇りを持って生きることは県民の幸福にたいへん重要です。第3は「Securuty(安心)」、安全と社会化です。第4は「Hope(希望)」です。私の県政のゴールは「EPSH」を様々な政策をもって向上させることです。

これから、みなさんに1つの私の県政の一端をお見せします。くまモンです。くまモン、出ておいで!

(くまモン登場)くまモンは、古典的な公共政策とは言えません。しかし、くまモンは人々を幸せにします。くまモンのおかげで県の経済は潤い、くまモンは県民に誇りを与え、くまモンの活動は安全や社会化の向上を支えてきました。くまモンはすべての人の幸福度を向上させます。

くまモンは、熊本県庁の臨時職員でもあります。くまモンは現在、熊本県営業部長に就いています。部長というのは、県では知事、副知事に次ぐ3番目に重要な地位です。2015年のくまモングッズ販売は10億ドルを達成しました。大変素晴らしい数字でしたが、昨年の売上は12億8000万ドルを突破しました。くまモンのおかげで、熊本にはたいへんな経済的な豊かさがもたらされました。くまモンのおかげで誇りを得ることができました。米ウォールストリートジャーナルが、1面でくまモンの経歴を取り上げてくれたのです。これは県民にとってたいへんな誇りです。くまモン自身は話すことができません。だからこそ、彼は国際的なのです。彼は日本語も話しません。何も話しません。(笑)

もう1つ重要なことは、くまモンの利用はロイヤリティフリーだということです。もし、理想的なコミュニティや社会は、人種、宗教、性別、年齢、住まい、社会的地位などあらゆる点で差別がない世界です。くまモンの世界では誰もが平等です。くまモンの世界に入るのもフリーで制限はありません。誰もが利益を得ることができます。フリーであること、そして自治はとても重要なのです。さらにくまモンの世界には政治的な境界が存在せず、オープンな開かれた社会で、誰もが参加することができます。理想的なコミュニティを創造するため、私たちはくまモンの世界を利用しているのです。これはくまモンの繁栄、ひいては熊本県の繁栄に非常に大事だと考えます。

くまモンの世界は今もなお、非常に急速に拡大しています。MINIオックスフォード工場は「くまモンMINI」を非常に生産的に製造し、利益をもたらしました。ドイツ企業のシュタイフが「テディベアくまモン」を作りました。「テディベアくまモン」は1体300ドルでインターネットを通じて販売されました。1500体がわずか10秒で完売しました。たった10秒です。シュタイフは利益を上げ、くまモンもまた有名となりました。フランスの「バカラくまモン」です。カメラ会社のライカは「ライカくまモン」を製作しました。くまモンが有名になるということは、熊本が有名になるということです。様々な手段を通じて人々を幸福にすることが私のゴールなのです。ほかにも橋を建設すること、道路を作ることなど、さまざまな公共政策が存在します。しかし世界を作り出すというのは、また異なった公共政策です。

本日最も重要な熊本地震の話しをします。「責任を持つ」ことは、蒲島行政の第3の方針です。「責任を持つ」というのは、「逆境の中にこそ夢がある」ということと共通する点があります。より良く再建することに責任を持つということです。常に前向きに「逆境の中にこそ夢がある」ということは、地震から再建するプロセスの最中でも常に夢を持つということです。「どうすればいいのか? どうすれば熊本を幸せにできるのか?」これが熊本地震に対応する際の私の哲学です。

熊本地震に対応する原則とは何でしょう。第1は、地震によって被災した方々の痛みの最小化です。第2に地震の前よりいいものに再建することを常に考えることです。今、すべての職員が震災対応に追われています。しかしすべての職員が「どうすればより良く再建することができるのか」を考えています。第3に、「より良い再建」を更に将来の熊本の発展に繋げるためにはどうするか、常に考えることです。常に将来にわたる熊本の発展を考えるのです。

震災から約1年が経ちました。現在その対応フェーズは変化を迎えています。まずは、人命救助が第1優先でした。水と食料の供給が第2番目です。そして、第3番目は避難所の提供です。第4番目は仮設住宅の提供です。現在、私たちはこの仮設住宅提供のフェーズにいます。避難所はすでになく、仮設住宅に被災者は住んでいます。2年後には被災者は自分の住宅を見つける予定です。もしくは、行政から低価格の住宅を提供する予定です。このように常に局面は変化しています。第1に健全な経済状態であること、第2に変化する局面に応じて適切な対応を取ること、これがとても大切です。どのように私はこの変化に対応したか、お話しします。

ハーバードの学生としてサミュエル・ハンティントン氏について学びました。彼は「ギャップ仮説」という理論を唱えました。ここでいうギャップとは期待値と実態の差です。人々は多くの期待を持ち、期待値はすぐに変化します。実態が追い付かないと不満を生み、暴動にもつながります。実態に不満を覚える前に、可能な限り早く、実態を人々の期待値に一致させなければいけません。これは、熊本地震のように大きな震災に直面した際、非常に重要な点だと思います。

どのように期待値に応えたか。最初、人々は水と食料がある避難所の生活に満足しています。しかし、すぐに人々は不満を覚えるようになります。だから、仮設住宅を速やかに提供する必要があります。人々の「痛み」を最小化するために、私たちは木造の仮設住宅を用意しました。同時に、仮設住宅の近くに、組み立て式住居を設置しました。震災から1年経ちますが、熊本では多くの人がまだ仮設住宅に入居しています。仮設住宅はとても狭いので、早い段階で不満を覚えるようになるでしょう。熊本型復興住宅を通常の住宅より安く提供する必要があります。住宅を購入できない人のために、復興公営住宅も用意しなければいけません。人々が仮設住宅に不満を覚える前に、可能な限り早く先手を打つ必要があります。

第2は熊本城です。熊本城は震災で多くのダメージを受け、修復する必要があります。実態を提示することができないので、代わりに「天守閣の修復を今から2年半後の2019年までに終わらせる」と発表しました。これはとても難しいことですが、どうしても発表の必要があり、1度発表したら必ず達成しなければいけません。そうでなければ人々は不満に思うでしょう。発表するということはとても重要です。その他の建築物についても20年以内に修復を終え、一般公開すると発表しました。もう1つは阿蘇山です。阿蘇山は世界最大級のカルデラを持ちます。1度減少した観光客を取り戻すべく、さまざまな手を打っています。阿蘇は熊本城とともに、熊本の宝です。阿蘇山へのアクセスを再建します。これは簡単なことではありませんが、やらなければいけないことです。

第3は、震災に強い港の建築です。八代港へのクルーズ船の誘致を進めています。2015年に八代港に寄港したのはわずか10隻でしたが、2016年にはさらに10隻。そして2017年には70隻ものクルーズ船が寄港を予定しています。さらなる発展に向け、八代港を地震に強い港にする工事を進めていきます。何年か後には200隻のクルーズ船の寄港を想定しています。

第4に、地震の前より良くする再建、熊本の更なる発展です。インドネシア・バリ島とMOU(基本合意書)を締結しました。バリ島は観光にたいへん力を入れています。私たちはバリ島から観光業を学び、代わりに農業技術を提供する予定です。私の県政におけるモットー「逆境の中にこそ夢がある」は、熊本地震からの復興でも適用されているのです。

司会 ありがとうございました。とても興味深いお話でした。スペシャルゲスト(くまモン)ともお会いできて幸いです。質問はありますか?

蒲島知事 くまモンは話すことが出来ないので、私が通訳します。

司会 では私から質問させてください。最近の復旧・復興の成果は何でしょう?その成果を数字で教えてください。再建した建築物の数などのデータを教えてください。

蒲島知事 避難所は既にゼロになりました。避難所にいた方全員がすでに仮設住宅に入居しています。これは1つの成果ですが、これで終わりではありません。被災者すべてが自分の家を手に入れる必要があります。2年以内には被災者すべてが家を手に入れることができるようにします。8割の人は自分で住宅を購入または建築するでしょう。しかし、2割の人に対しては、安価な住宅または公営賃貸住宅を提供する必要があります。

飢えている人はいません。十分な食料と水が供給されていますし、すでに仮設住宅に入居しています。しかし、彼らには生活のために仕事が必要です。会社の倒産等によって職を失うことを多くの方が恐れています。震災から11か月後の統計データによると、熊本地震が原因で倒産した会社はわずか7件だけです。過去50年で最小の数字です。この理由は、日本政府が会社再建費用の5割を支援すると発表したからです。熊本県も再建費用の4分の1を支援すると発表しました。これで会社再建費用の自己負担は4分の1で済みます。これが奏功し、人々はたいへん前向きに会社再建に取り組み、その結果が倒産した会社が7件のみになりました。これは実に驚くべきことです。

現在まだ任期1年目ですから、3年後に、私がこの熊本地震にどのように対応してきたか、本当の意味での統計的成果をみなさんはご覧になると思います。それまでは最終的な統計データというものを提示することは難しいですね。

記者 インバウンド観光客(熊本を訪れる観光客)を増やすためにどのような施策を検討されていますか? もしありましたら詳細の説明をお願いします。

蒲島知事 はい。先ほどは八代港についてご説明いたしました。非常に多くのクルーズ船の入港を予定しています。私が知事に就任した時点ではゼロでした。ちなみに、私は2008年に熊本県知事に就任しています。2015年には10隻、さらに10隻が2016年に。今年2017年は70隻の入港を予定しています。5,000人の乗客がクルーズ船とともにやってきます。つまり、ほぼ毎週5000人の観光客が見込めるということです。これが、私たちが行っている観光客増加施策の1つです。

阿蘇くまもと空港の増改築の進めていきます。特に、国際線ターミナルビルを増改築することで観光客増加を目指しています。熊本を訪れるインバウンド観光客の数は急激に増加しました。しかし、震災の影響を受けて大幅に減少しました。2日前に香港を訪れ、香港航空の再就航を要請しました。香港側は政府に申請をすること、申請が下り次第、再び阿蘇くまもと空港へ就航することを約束してくれました。これで香港からの観光客の増加が期待できます。

また、チャイナエアライン(中華航空)の阿蘇くまもと空港への再就航を実現しました。台湾の高雄から阿蘇くまもと空港へのフライトは、85~90%の搭乗率となっています。台湾からの観光客も戻ってきています。エアソウルも再就航を予定しています。これもまた多くの観光客を誘致するでしょう。来年には多くの観光客が熊本に戻ってくると思います。しかし、昨年は観光客が減少しましたので、現在、呼び戻すプロセスの最中だと言えます。熊本におけるインバウンド観光客については、現在以上のような状況です。

記者 知事とくまモンから熊本地震1年に寄せたコメント、全国のみなさんからのいろいろな支援に対し、全国のみなさんにメッセージはありますか。

蒲島知事 私とくまモンの答えは同じはずです。私たちが昨年この震災に直面した時、くまモンはたいへん衝撃を受け、どうしていいかわかりませんでした。外に出ることも出来なかったのですが、5月5日のこどもの日に、再び仕事を始めました。避難所や学校を訪問し、熊本の人々を幸せにし、再び元気を取り戻すため活動しました。これだけではなく、先ほど申し上げた通り12.8億ドルのお金をもたらしました。

また、私の代わりにくまモンが様々な都道府県を訪れ、各知事に会見して震災支援に対するお礼を伝えています。私が非常に多忙ですので、くまモンだけで訪れて「熊本への支援ありがとうございます」とお礼を述べてきました。くまモンは素晴らしい活動を行ってくれています! これからも続けていく予定です。

知事の直属として、熊本県営業部長や「熊本県しあわせ部長」を務めるのみでなく、様々な国を訪問しています。つまり、素晴らしい熊本県の外交官でもあります。私とくまモンは駐日中国大使にお会いし、同日にアメリカ合衆国のケネディ元駐日大使にもお会いしました。くまモンは両大使にたいへん気に入っていただきました。また、フランス観光親善大使にも任命していただきました。とはこれでいいかな?

司会 きっと、くまモンはジャーナリストにもなれますね。(笑)

蒲島知事 彼は話せないからこそ。国際的に受け入れられるのです。彼がもし日本語を話したら、きっと国際的に受け入れられることはなかったでしょう。

記者 くまモンが生み出した膨大なお金はどのように使われたのですか? 10億ドル以上だとおっしゃいましたね? くまモン自身もなんらかの恩恵を受けたのでしょうか? マンションを購入したり、スポーツカーを購入したり、そういうことがありましたか? 詳細にお願いします。

蒲島知事 くまモンは膨大なお金を稼ぎましたが、彼自身が何かを得ることはありません。県も何も得ていません。くまモンの宇宙を構築するのに、世界中から一切のロイヤリティーを得ていません。それぞれが考え、行動し、有名になり、これによってくまモン、ひいては熊本への好感度が上がり、熊本を有名にします。私たちが望むのは、ただそれだけです。これは、マーケティング戦略の一環です。そして大変成功したマーケティング戦略だと思います。みなさん、織田信長をご存じですか? 商取引を非課税とする「楽市楽座」という政策を行いました。地方都市に過ぎなかった(城下の)岐阜には多くの商人たちが集まりました。そして、これによって、織田信長は名を上げ、強くなっていきました。

くまモンは人々を幸せにする、ただそれだけです。ちなみに、彼の給料はそれほど多くはありません。でも、人々を幸せにできればそれでいいのです。彼が昇給を要求することはありません。くまモンを使用する人々が幸せを感じることがとても重要なのです。だからこそ、くまモンはこれほど愛されるのです。もし、ただお金のためにくまモンを使用したいというのであれば、あまり良い社会だとは言えません。人々がくまモンを愛するがゆえ、人々は利益を得ることができます。そしてくまモンも幸せになり、熊本も幸せになるのです。私が望むのは、こうした理想的なコミュニティです。

記者 熊本地震の後、どれほど観光客が減少したのでしょうか? また、なぜバリ州と基本契約を締結したのでしょうか? たいへん素晴らしい観光地だと思いますが、なぜ熊本県はバリを選んだのでしょうか? そして、MOU(基本合意書)の内容を教えてください。

蒲島知事 2つ目のご質問から回答します。なぜバリかということですが、熊本もまた素晴らしい観光地だからです。多くの観光資源を保有しています。しかし、もっとバリから学ぶことがあります。バリは世界で最も有名な観光地だからです。バリから、彼らの観光業のやり方を学ぶと同時に、バリのように美しい自然保護にも努めていきます。バリ州政府は、熊本の農業を学びたいと考えています。どうやって安全でおいしい農作物を作るかを、バリ州政府にお伝えしたいと考えています。観光と農業がまず1つ。そして、もう1点は教育です。熊本には素晴らしい大学が存在します。もちろん、バリにも素晴らしい大学がありますので、双方で知識を交換していきます。

観光客の減少についてですが、熊本地震後32万人が熊本のホテルをキャンセルしました。たいへん大きな数字でしたが、徐々に戻ってきつつあります。

記者 熊本城の再建はどれくらいかかりますか?

蒲島知事 2019年に熊本城天守閣の修復を完了します。これが第1のゴールです。まずはこれを達成しなければいけません。この年には2つの国際的なスポーツイベント、ラグビーワールドカップと女子ハンドボールワールドカップが熊本で開催されます。天守閣以外の小さな建物については、20年かけてすべて再建します。

記者 くまモンは何かスポーツをしていますか? または好きなスポーツがあれば教えてください。

蒲島知事 くまモンの好きなスポーツはくまモン体操です。いつも踊っています。ダンスも上手で、アメリカのケネディ元駐日大使と一緒にダンスするのをYouTubeで見ることができます。

司会 誰がくまモンをデザインしたのですか?

蒲島知事 とても重要な質問です。くまモンのデザインは世界最高です。まずシンプルですね。黒、赤、白。著名な小説家で脚本家の小山薫堂氏がくまモンのプロデュースを行い、小山氏の友人で有名なデザイナーの水野学氏がくまモンをデザインしました。とても重要なことは、くまモンは「おまけ」だったのです。びっくりマークが元々のデザインでした。シンプル過ぎたので、水野氏は「おまけ」としてくまモンを提案しました。それ以来、くまモンは急速な成長を遂げて億万長者になり、営業部長に就任しました。くまモンの使用権は無料です。しかし、くまモンが生み出すお金は無限なのです。

司会 熊本地震の後、多くの余震があったと聞いています。現在も続いているのでしょうか?

蒲島知事 余震はとてもひどく、4200回を超えました。ご質問は今も続いていますが、今ではごくまれです。もし運が良ければ、余震を経験するかもしれません。余震を経験したらあなたは熊本の友人だと言えるでしょう。

【東京】新江戸川公園が「肥後細川庭園」に      2017年3月18日       

東京都文京区の細川家の下屋敷跡が名称を肥後細川庭園に改め、披露式を行いました。

披露式は新たな改修工事で誕生したイベントスペースで行われ、成澤廣修文京区長、、蒲島知事、大西熊本市長のほか、細川護煕永青文庫理事長や地元の住民が出席。関口台小学校の児童がお祝いの花束を贈り、くまモンも駆けつけて式典を盛り上げました。

161007edogawa.jpg庭園の名称はこれまで「新江戸川公園」でした(写真左)が、文京区が歴史を感じさせる、よりふさわしい名称にしようと新名称を募集し、全国から寄せられた1257通の応募の中から、2016年10月6日に新名称を選んでいました。熊本とのつながりがより明確な名前になり、熊本から訪れる人も増えそうです。

新名称での公園オープンにあわせ、隣接する永青文庫ては熊本城展も行われました。

【東京、パリ】くまモンとリカちゃんがフランス観光親善大使に    2017年3月15日

170315ふらんす.jpgフランス観光開発機構が、2017年のフランス観光親善大使にくまモンと着せ替え人形の「リカちゃん」を任命しました。キャラクターが観光親善大使に就任するのは、2000年の任命開始以降初めてとなります。任期は1年で、くまモンは2017年7月に、フランスで現地の魅力を体験するとともに、熊本の観光や食をPRします。

くまモンはパリで開かれている日本のサブカルチャーイベント「ジャパン・エキスポに参加するなど、フランスをはじめ海外でも人気があり、情報発信力を買われて任命されました。リカちゃんは日仏のハーフという設定で、今年誕生50周年を迎え、幅広い年代の知名度が高いことが評価されました。

都内のフランス大使公邸で行われた任命式には、くまモンとドレスを着た高さ21センチのリカちゃんが登場しました。リカちゃんは「くまモンといっしょに凱旋門に行きたいモン。くまモンとお互い見つけたフランスの魅力を教えあいっこしたいと思います」と呼びかけると、くまモンは「リカちゃんといっしょに、フランスでくまモンが行ったところやおいしいものを知ってもらえるよう、たくさん協力してエイエイオーと頑張るモン」と意欲を見せていました。

親善大使は、好感度が高くフランスに縁がある有名人から選ばれ、これまで女優の黒柳徹子さんや歌舞伎俳優の市川海老蔵さんらが就任しています。

【大阪】熊本の食材で復興支援の会席料理         2017年2月27日

170227westinA.jpg大阪市北区のウェスティンホテル大阪は、「熊本県フェア2017」が始まるのを前に、記者会見とメニューの試食会が開かれました。くまモンやホテル内の「日本料理はなの」の弓木野賢二料理長も出席し、「熊本産の食材を食べて熊本城復興を応援しよう」と呼びかけました。

「はなの」では熊本県産の食材を使った会席料理や鉄板焼きなどの特別メニューを提供します。あか牛の和風ローストや馬刺し、天草車海老、トマト料理などを仕入れて、料理に使う水も南阿蘇村の白川水源のものを用意しました。

メニューを考えた弓木野料理長は「土作りや飼料からこだわった食材を堪能してほしい」と話しています。フェアの売上金の一部は、熊本城の修復に寄付されます。

【横浜】ありがとう がんばれ「三百六十五歩のマーチ」大合唱   2017年2月25、26日 

熊本地震の復興支援に感謝を伝える「くまモンファン感謝祭」が横浜市の横浜ランドマークタワーで2日間にわたって開かれました。

首都圏に住むファンなど約3000人が集まり、くまモンは自らピアノを弾いて「くまもとサプライズ」を披露しました。最後は会場に集まった人といっしょに、くまモンの旗振りにあわせて横浜少年少女合唱団とともに「三百六十五歩のマーチ」を大合唱し、横浜から熊本に、重ねてエールが送られました。

【神戸】県産小麦でシナモンロール 高校生と生協が熊本支援で連携  2017年2月13~19日

170219sinamonA.jpg神戸市東灘区の生活協同組合・コープこうべシーア「小麦の森」で、六甲アイランド高校の3年生が企画したパン「六♥(アイ)シナモンロール」の限定販売が行われました。「熊本地震の被災地を励まそう」と、熊本県産の小麦粉を使ったシナモンロールを高校生が考案し、同生協が賛同して実現しました。1個140円(税込み)で限定販売し、よく売れたそうです。

六甲アイランド高校では総合学習で「神戸学」という授業があり、西城友裕くんらの班では神戸で有名なパンをつくろうと計画しました。熊本地震で熊本が傷ついていることを知った西城さんらは、熊本産の小麦を使うことにし、熊本県産の「ミナミノカオリ」から作った小麦粉を取り寄せてシナモンロールのレシピを完成させました。学食で200個販売したところ、わずか15分で完売したといい、高校では何とか一般に販売できないかコープこうべに協力を求め、期間限定商品として販売されました。

小麦の森では初めて「ミナミノカオリ」を仕入れ、高校生のレシピをもとにプロの職人が焼き上げました。西城さんらは交代で店頭に立ち、買い物客らにパンのおいしさと熊本への支援を呼びかけました。

【東京・銀座】地価日本一の地下で熊本復興支援の産直市     2017年2月2日         

A銀座くま.jpg熊本の復興を支援するため、熊本の県産品を集めた産直市が地下鉄銀座駅コンコースで開かれました。

会場になったコンコースは、東京メトロ丸の内線と銀座線の銀座駅を地下で結んでおり、数寄屋橋と銀座4丁目交差点のすぐ下、日本で最も地価が高い地点の地下にあります。コンコースに設けられた特設ステージには駅員に扮したくまモンも登場し、集まったファンが見守る中、「くまモン体操」を披露するなどして熊本の良さをアピールしました。産直市では熊本特産のデコポンなどのほか、くまモングッズも販売され、復興を支援しようと大勢の人が熊本産品を買い求めていました。

銀座駅を通る東京メトロ銀座線では、2月24日まで、くまモンがデザインされたラッピング電車が運行されています。

【大阪】店長はくまモン?熊本づくしのローソンが登場       2017年2月1日

大阪市北区のコンビニエンスストア、ローソン大阪駅前第3ビル店がリニューアルし、くまモンや熊本の名産品、観光案内が盛りだくさんの店に生まれ変わりました。

このローソンは1階と2階に店舗があり、リニューアルを検討していましたが、同じビルに入る熊本県大阪事務所がくまモンと熊本のPR拠点にしたいと提案。熊本地震以降、県産品を取り扱うなど復興支援に協力しているのローソンも協力してリニューアルしました。

店は1階からくまモンやからし蓮根など熊本の名産品でラッピングされ、2階のくまもとコーナーにはくまモングッズや熊本の名産品が並んでいます。くまモン用の特Lサイズの制服も用意した「くまモン立ち寄りデスク」も設置され、いつでも営業部長のくまモンが来訪できるようになっています。

熊本県内にあるローソンよりくまもとを感じられる店となっています。店は大阪(梅田)駅から徒歩2分のところにあり、旅行や出張のついでに訪れやすいところにあります。

【福岡】くまモンがふくおかFGに感謝の色紙贈呈        2017年1月25日

170125hukuoka.jpg熊本地震での支援に対し感謝の気持ちを伝えるため全国の都道府県を訪れているくまモンが、福岡市のふくおかフィナンシャルグループ(FG)を訪れました。

くまモンはふくおかFG本社ビルで大勢の行員やブランドキャラクター「ユーモ」に迎えられて贈呈式に臨み、柴戸隆成社長に「おうえんありがとうだモン」と記したお礼の色紙を贈りました。

ふくおかFGは、のべ1000人を超える災害ボランティアの派遣や益城町の仮設住宅の建設地を無償提供、県産品の購入あっせんなど、さまざまな熊本支援を続けてきました。柴田社長は「これからも熊本の企業との商談会など、中長期的な取り組みを進めていきたい」と話していました。

【東京】くまモンが日本PR大賞 「復興のシンボル」活躍評価    2017年1月25日

170125kumakoike.jpg独創的な活動でPRや地域発展に貢献した人に贈られる2016年度の「日本PR大賞」をくまモンと小池東京都知事が受賞しました。

この賞は日本パブリックリレーションズ協会が広報・PRの視点から最も活躍した人や団体に贈っています。くまモンはPR活動を通じて地域社会の発展に貢献した「シチズン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれました。

くまモンは、熊本県の「営業部長兼しあわせ部長」として「くまモミクス」とも呼ばれる経済効果をもたらし、熊本地震発生後は、復興のシンボルとして支援の輪を広げ、被災地を訪れて勇気づけたことが評価されました。

東京で行われた表彰式でガッツポーズで受賞を喜んだくまモン、小池都知事と記念撮影もしてうれしそうでした。

【東京・渋谷】幻の大豆「八天狗」定食 限定販売        2017年1月17日

170119nattouA.jpg山都町水増(みずまさり)集落でのみ栽培され、幻の大豆とも呼ばれる「八天狗」で作った納豆の限定販売が東京・渋谷ヒカリエの「d47食堂」で始まりました。県内の納豆メーカー「マルキン食品」が調理した納豆を使った定食を1550円(税込)で提供します。販売初日にはくまモンも駆けつけ、幻の大豆で作った納豆定食をPRしていました。

「八天狗」は、山あいの小さな集落で暮らす農家が人知れず自家用につくり続けてきた大豆です。普通の大豆と比べてヘソの部分が黒いのが特徴で、甘み、うまみが濃いのが特徴です。農林水産省の農業生物資源研究所がゲノム解析をしたところ、データベースに記載がない日本古来の「幻の在来種」であることが判明しました。水増の人たちはこの在来種大豆を大切に受け継ぎ、育てています。

なぜこの名前がついたのかははっきりしませんが、山都町はかつて修験道の修行の場とされていますが、行者らは神に近い神通力を持つ8人の大天狗を信仰の対象にしていたそうです。水増集落には大豆を醤油と砂糖で煮た「座禅豆(ざぜまめ)」という料理も伝わっています。「天狗」や「座禅」に関係する行者らが命の糧としてきた大豆を「八天狗」と呼んだのかもしれません。

現在は水増集落を中心に、無農薬、無肥料の自然栽培による作付を増やしています。納豆、煮豆、味噌、豆乳などに加工してもおいしく、深みのある味わいのファンは全国にいるそうです。地元では「八天狗」を町おこしの特産品にしていければと考えていますが、八天狗は収穫量が少なく、今回の定食も東京・渋谷でのみ、しかも期間限定となりました。マルキン食品は「熊本では当分販売の予定はない」と話しています。

【台湾・高雄】熊本県・市が高雄市と友好交流協定       2017年1月11日

170111たかお.jpgのサムネイル画像熊本県と熊本市は、台湾第2の都市である高雄市(人口280万人)と経済、観光、教育、スポーツ、文化などの分野で友好交流を推進するため、友好交流協定を結びました。高雄市内で行われた調印式には、訪台した蒲島知事(写真右)と大西市長(写真左)が出席。高雄市の陳菊市長(写真中央)と協定に署名した後、固い握手を交わしました。蒲島知事は「世界とつながる熊本の創造に向け、交流をさらに活性化していく」とコメントしました。

熊本県と熊本市は2013年に高雄市と交流を進める覚書を結び、高雄市内で毎年県産品フェアを開催したり、15年10月には熊本~高雄間の定期航空路線が開設されたりして、連携が強化されてきています。

覚書は昨年9月に期限切れとなったため、協定に格上げして連携と協力を深めることにしました。当初は昨年10月に協定を結ぶ予定でしたが、台湾への台風接近などで延期していました。

熊本地震の際に高雄市はいちはやく市役所に募金箱を置くなどして募金活動を始め、陳菊市長は自らの給与1か月分を義援金に充てると表明しました。蒲島知事と大西市長がそろって訪台したのは、このときの支援に対し感謝の念を伝えることも目的でした。

<中文>

日本熊本县、熊本市及台湾第二大城市高雄市(人口280万)为促进三方在经济、观光、教育、体育、文化等各个领域的交流合作,缔结了友好交流协定。

熊本县蒲岛县长,熊本市大西市长出席了在高雄市举行的签约仪式,并与高雄市陈菊市长一同在协定上署名并互相握手致意。蒲岛县长表示『为了建成一个面向世界的熊本,我们要更进一步的合作交流』。

熊本县和熊本市在2013年为促进与高雄市的友好交流签署了交流备忘录,在高雄市内每年都举办熊本县的产品展览会。2015年10月、熊本和高雄之间开通了定期航班,进一步加深了三方的合作。交流备忘录于去年九月到期后,为了进一步加深三方的合作,决定进一步提高友好交流协定。当初预定于去年十月缔结此友好协定,由于台湾方面台风的原因决定延期举行。

熊本地震发生后,高雄市在第一时间发起了募捐活动,陈菊市长也捐出了自己一个月的工资。蒲岛县长和大西市长也对在地震时期的援助表达的感谢之情。

【東京・浅草~渋谷】くまモンラッピング列車 銀座線に登場    2017年1月1日

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東京メトロは、期間限定で銀座線で「くまモンラッピング電車」を運行しています。01系1編成に熊本県PRマスコットキャラクター「くまモン」をラッピングし、1月1日から2月24日まで浅草~渋谷間で運行されます。

乗降客に熊本地震を忘れずに復興を応援しようと呼びかける狙いがあり、車体には「ガマダセ熊本!!」「WE LOVE KUMAMOTO」などのメッセージも入っています。

ラッピングされたのは銀座線01系の1編成(01-130)6両です。 銀座線は古くなった01系車両を1000系に切り替えており、年度内に40編成の更新を終えます。すでに01系の一部車両は熊本電鉄へ譲渡され、2016年に引退した「青ガエル」の後を継いで走っています。熊本電鉄では昨年6月から1編成にくまモンのラッピングをしており、約2か月の間、東京都心と熊本でくまモンラッピング電車の"兄弟"が同時に走ることになります。

001-2.jpg熊本県も数寄屋橋にアンテナショップを構えるなど銀座とは縁がありますが、銀座線とくまモンの組み合わせは、東京メトロと熊本電鉄の深い縁から実現したものでしょう。銀座線は東京の地下鉄の中で最も早く建設され、早期開通と工事費節減のためトンネルが小さく、01系車両も小さいのが特徴です。ホームや施設が短く小さい熊本電鉄にとってはちょうどいいサイズで、01系の導入は今後も増えるかもしれません。

【東京】東証大納会にくまモン 経済界に熊本支援のお礼    2016年12月30日 

161230dainoukaiA.jpgのサムネイル画像東京株式市場では2016年最後の取引となり、兜町の東京証券取引所で開かれた「大納会」では、サプライズゲストとしてくまモンが登場しました。くまモンは熊本地震への支援に感謝の気持ちを伝えました。

大納会にはリオデジャネイロ五輪で4連覇を達成し、国民栄誉賞を受賞した女子レスリングの伊調馨選手がゲストに招かれ、くまモンは伊調選手とともに、今年の取引を締めくくる鐘を打ち鳴らし、参加者全員で恒例の手締めを行いました。

株式市場では上げ相場をブル(牛)マーケット、下げ相場をベア(熊)マーケットといい、ゲン担ぎが好きな兜町に熊が呼ばれるのは異例だということです。ちなみに熊は上から下に向かって爪を振り下ろすことから、下落相場をベアマーケットと呼ぶようになったそうです。

【中国・上海】温浴施設でくまモン無断使用      2016年12月26日 

161226nisekuma.jpg中国・ 上海市に東京の「大江戸温泉物語」とそっくりな温浴施設がオープンし問題になっていますが、施設の入り口付近にくまモンに酷似した絵が描かれ、ぬいぐるみも置かれていることが明らかになりました。

12月21日に上海市にオープンした温浴施設は、日本と同じ「大江戸温泉物語」を名乗り、外観やマークなどが東京の施設と酷似しています。日本の大江戸温泉物語は、海外の企業や団体とは資本提携や業務提携をしていないとして、法的な対応を検討する考えを示しています。これに対して、上海の施設を運営する会社は、「別の中国企業を通じて日本の大江戸温泉物語から許可を得ており、権利上の問題はない」と反論しています。

「大江戸温泉物語」のものまねかどうかという問題とは別に、上海の施設には、入口や施設内部にくまモンに酷似したぬいぐるみが置かれ、くまモングッズも売られているということです。入口のくまモンの背景には熊本城とみられる絵が描かれ、熊本をイメージしたつくりに見えます。

県は「上海事務所に問い合わせはあったが、くまモンの使用は許可していない」としており、上海事務所を通じて撤去を要請しました。上海の企業は要請を受け、26日にくまモンを撤去。28日までに県の上海事務所が撤去を確認しました。

【中国・上海】くまモンカフェ進出へ          2016年11月29日

161129kumacafe.jpg台湾で県産素材を使ったケーキの提供やくまモングッズなどを販売している「KUMA cafe」(くまカフェ)が12月末、中国の上海に出店します。店を運営している熊本市のブリッジジャパンが発表しました。

現地の飲食業など2社との合弁会社を設立していて、初年度約40億円の売り上げを見込んでいます。ブリッジジャパンは今後5年で中国で15~20店の出店を目指します。

上海店は、観光地・新天地地区のビルの1、2階を使い、1階ではくまモングッズや県産品を販売します。2階のカフェででは、県産素材のケーキなどを出す計画です。

ブリッジジャパンは味千ラーメンを展開する重光産業などが出資し、2015年3月に設立されました。 くまモンの人気が高い台湾では、昨年5月に台北市に1号店、今年10月に高雄市に2号店がオープンし、いずれもにぎわっているということです。

【東京】細川庭園の紅葉照らす「ひごあかり」       2016年11月26日

東京都文京区目白台の細川家ゆかりの新江戸川公園をライトアップするイベント「ひごあかり」が26日始まりました。開会セレモニーでは成澤廣修文京区長と肥後細川家の19代当主、細川護光さんが竹あかりに点灯。庭園の池の水面に映し出される色鮮やかな紅葉と松の雪吊り、幻想的な光の風景に、訪れた人たちから歓声があがりました。

竹のオブジェは熊本在住の竹あかり演出家・三城賢士さんが制作。地元・関口台町小学校の児童らも協力してあかり1180個を用意しました。細川家の紋「九曜紋」の形などにくりぬかれた竹あかりに点灯されると、紅葉の盛りの木々が美しく浮かびあがりました。

イベントは熊本地震からの復興を支援するため、文京区などが企画しました。入場料や売り上げの一部を県と熊本市に寄付されます。園内の松聲閣では熊本の観光情報コーナーを設置し、県産品も紹介されています。26日は「細川家でつながる東京と熊本」と題した講演も開かれました。

「ひごあかり」は12月4日まで。新江戸川公園は来年3月、「肥後細川庭園」に名前を変えてリニューアルオープンします。

*写真は熊本県提供

【東京】野球殿堂博物館で川上哲治さんの特別展      2016年11月15日

1115kawakamiA.jpg巨人軍で現役時代は赤バットの強打者、監督では9連覇を達成した「打撃の神様」故・川上哲治さんの特別展が東京都文京区の野球殿堂博物館で始まりました。「熊本応援企画」として、熊本地震被災者支援の義援金も募っています。

特別展では川上哲治さんの長男、貴光(よしてる)さんが新たに寄贈した31点を含む65点が展示されています。開幕に先立ち、読売巨人軍や熊本県の関係者が出席し、川上哲治さんの長男、貴光(よしてる)さんに感謝状が贈られました。

巨人の永久欠番「16」のユニホームや、V9記念トロフィーなどを見ることができます。同博物館で川上氏のユニホームが展示されたのは初めてです。

【全国】地震の支援に対しくまモンが全国を御礼行脚       2016年11月9日

くまモン全国行脚.jpgのサムネイル画像熊本県の蒲島知事は9日の記者会見で、熊本地震での各地からの支援に対する感謝の気持ちを伝え、復興に向け元気に頑張る熊本の姿をPRするため、くまモンを全都道府県に派遣する「くまもとから感謝をプロジェクト」を始めると発表しました。

くまモンは茨城県を手始めに、3年間かけて全国の自治体や小、中学校などを回ります。年度内には13道県を回る予定にしています。

【大阪・豊中】踊る!踊るくまモン 復興支援PR      2016年10月23日

がんばる熊本の今の姿を発信し、地震からの復興を支援しようと「2016くまもと復興支援物産・観光展」が20日から23日まで大阪府豊中市新千里のせんちゅうパル南広場で開かれました。

会場ではいきなり団子や高菜漬け、熊本みかんなどの特産品を販売する28の企業・団体が出店し、玉名市、山鹿市、菊池市、上天草市、和水町の観光案内ブースも設けられました。ステージではくまモンが着物姿で山鹿灯籠踊りを踊り、ハロウィーンの魔女に扮して踊りを披露。「ハロウィーンのかぼちゃは熊本県産かぼちゃをどうぞ」とPRしていました。

くまモンは大人気で、訪れた人はくまモンと「がんばるけん!くまもとけん」と気勢をあげていました。

【東京】くまモン駐日フランス大使と"会談"       2016年9月27日 

franceA.jpgくまモンが東京都港区のフランス大使公邸で開かれた観光イベントに特別ゲストとして招かれ、ティエリー・ダナ駐日フランス大使と"会談"しました。

くまモンは校庭玄関で熊柄のネクタイを締めたダナ大使の出迎えを受け、さっそく大使と名刺を交換。大使に邸内を案内されましたが、ロビーのピアノを弾いたり、高低差のある庭園を転げ回ったりしてはしゃぎ回り、ディナー用に準備された皿に勝手に触って大使にたしなめられる一幕も。もっともすぐに仲直りして、シャンパンとジュースで乾杯しました。

くまモンはパリで開かれる「ジャパン・エキスポ」に毎年参加するフランス通。この日は熊本産のワインも持参し、しっかりアピールしていました。イベントではフランス語版「ハッピーくまモン」にあわせて切れ味のいいダンスも披露しました。

【タイ】くまモンとラーメンで熊本をPR               2016年9月11日

160911taikuma1_R.jpgタイの首都、バンコクにあるショッピングモールで、九州の食や観光をPRするイベントが開かれました。熊本県はタイでも人気がある熊本県営業部長のくまモンをこのイベントに派遣し、このイベントに力を注いでいます。

狙いは熊本地震以降落ち込んだ外国人観光客を取り戻すこと。熊本県国際課の松川明弘さんは「タイは日本のことがとても好き。さらにキャラクターが大好きで、くまモンが武器として十分使える。そこにチャンスがある」と意気込んでいます。

イベントの盛り上げにひと役買ったのは、熊本市に本社を置き、「アベックラーメン」などの即席めんを販売している五木食品です。「熊本の企業は少なからず地震の影響を受けていると思いますが、元気に頑張っているというのをアピールしたいと思いました」(五木食品の緒方英雄さん)。五木食品は10年以上前からタイで製品を販売していますが、大きなイベントで試食販売をするのは初めて。現地の生の声を聞くことは、今後の製品開発にも役立ちます。

同社のラーメン試食会は好評で、「おいしい。熊本にはまだ行ったことはないが、これから行こうと思う」といった声も聞かれました。

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【大阪】いきなり団子こわい?くまモン上方落語家とコラボ     2016年9月4日

上方落語協会によるファン感謝イベント「彦八まつり」が9月3、4日、大阪市天王寺区の生国魂(いくたま)神社で開かれ、くまモンが着物姿で演芸会の前座や大喜利に参加しました。ステージでは第2次「ふっこう割」の発売もPRし、熊本に観光に来てほしいと呼びかけました。

協会はくまモングッズの収益を寄付するなど、熊本を支援してくれています。くまモンはこのお礼もかねて会場に駆けつけ、着物姿で奮闘しました。まつりには大河ドラマで千利休役を務めた桂文枝さんらが参加。大勢の観客で盛り上がりました。

くまモンは本格的な落語の高座にも初挑戦しました。くまモンが着物を着てネタをやるのは初めてで、くまモン隊のお姉さんがネタを語る中、「饅頭(まんじゅう)こわい」をもとにした「いきなり団子こわい」を、身ぶりてぶりで披露したということです。

【埼玉・深谷】ふっかちゃんとくまモン ゆるキャラの絆     2016年8月31日

160831hukkacyan_R.JPG熊本地震からの復興を支援しようと、埼玉県深谷市のキャラクター「ふっかちゃん」が31日、くまモンに寄付金約206万円を寄付しました。

深谷市はふっかちゃんも参加してJR大宮駅前などで募金活動を行ったほか、ふっかちゃんとくまモンのイラストが入ったポロシャツを1枚2500円(税込み)で発売し、制作費を除いた収益を支援金として寄付するなど、熊本の復興を支援する活動を続けてくれています。この日は深谷市の小島進市長がふっかちゃんを連れて東京都千代田区の都道府県会館内にある熊本県東京事務所を訪れ、渡辺純一所長とくまモンに寄付金を手渡しました。

小島市長は「くまモンとふっかちゃんの絆は、ゆるキャラの枠を超えた地域のためになる活動。これからも絆を結んだ仲で一緒に取り組みたい」と話していました。渡辺所長は「大変ありがたい。皆様の気持ちを復興の力に代えて頑張りたい」と礼を述べました。

【東京】支援に感謝のくまもとフェスタ 丸の内で          2016年8月25日

160825kumafesu_R.jpg熊本地震で寄せられた多くの支援に対し、感謝の気持ちを伝える「くまもとフェスタ」が東京・丸の内で開かれました。熊本商工会議所などが開いたもので、蒲島熊本県知事と大西熊本市長、くまモンのほか、宮崎美子さん、行定勲さん、井手らっきょさん、エスパー伊東さんなど、熊本出身の有名人も駆けつけました。

熊本市出身の女子野球・片岡安祐美さんは「どこへ行ってもみなさんが『熊本は大丈夫だった?』と声をかけてくれます。本当に胸が熱く苦しい思いになりました」と話しました。玉名市出身の元プロ野球選手、前田智徳さんは「これから少しずつ、一歩一歩元気を取り戻していければと思っている。たくさんのあたたかい応援ありがとうございました」と挨拶しました。くまモンも全身を使って感謝の気持ちを伝えました。

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会場では熊本の名産品も販売され、さっそく多くの人が買い求めていました。

【鎌倉】くまモンとブルービーの絵本原画展 復興支援にも一役   2016年8月13日

KAMAKUMA.jpg鎌倉市山ノ内の北鎌倉葉祥明美術館(堀内重見館長)で、「くまモンとブルービーのなかまたち展」が開かれています。熊本県のPRキャラクター、くまモンが登場する絵本の原画17点が並び、絵本も販売されています。収益の一部は熊本県に寄付されます。

「くまモンとブルービーのなかまたち」は、葉さんの弟で南阿蘇村の葉祥明阿蘇高原絵本美術館の館長を務める童話作家の葉山祥鼎(しょうてい)さんと、息子で画家の禎治さんが昨秋、出版しました。阿蘇に生息する幸せを呼ぶ青いハチ「ブルービー」とくまモン、さらに森の動物たちが力を合わせてツリーハウスをつくるまでのさまざまな交流を描いた絵本です。

絵本の原画は南阿蘇村にありましたが、阿蘇高原館はが本地震で周辺道路が寸断された影響で休館。原画は展示もできず、地震直後に鎌倉の美術館に運び込まれました。少しでも熊本の役に立てればと考え、原画を展示して収益の一部を熊本支援に回すことにしました。20日にはくまモンが来館し、握手会が開かれます(予約制)。絵本展は9月16日まで。入館料は大人700円、小中学生が350円です。

なお、阿蘇高原館は熊本地震から116日目、ブルービーの誕生日とされる8月8日に再開しています。

2つの葉祥明美術館のホームページは yubiyubi.png こちら

【京都】観光地が熊本への観光を呼びかけ        2016年8月9日

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日本有数の観光地である京都が、熊本への観光を呼びかけてくれています。

京都と福井を走る京福電気鉄道と京都バス 、京福バスの3社が、「来て見て食べて楽しんで」と、熊本への観光を呼びかけるラッピング電車とバスの運行を始めました。9日には京都市の門川大作市長や京福電鉄の岡本光司社長、さらにくまモンも出席して嵐山線(通称嵐電=らんでん)の四条大宮駅で出発式が行われ、ラッピング路面電車のヘッドマークやバスのパネルの贈呈、熊本県による観光PR活動が行われました。

京福電鉄は福井地震、 福井豪雪、阪神大震災などで支援を受けた歴史があり、スマトラ沖地震による巨大津波や東日本大震災でも被災地の支援活動を行っており、熊本地震でも「何かできることはないか」(岡本社長)と考えていました。くまモンの産みの親、小山薫堂さんが京都市のおもてなし観光大使を務めるなど京都と縁があることから、京都府や京都市も後押しして熊本支援に取り組むことになりました。

出発式で門川京都市長は「熊本では『何より熊本に来てもらうことが一番の支援になる』ということだった」と、熊本を訪れるよう呼びかけ、京福電鉄の岡本社長は「一人ひとりが復興を自分の問題としてとらえ、アクションを起こしていくことが大切」と挨拶しました。

京福電鉄と京都バスでは、両社で発売している企画乗車券「嵐電・嵯峨野フリーきっぷ」をくまモンのデザインに変更し、売り上げの一部を義援金とて熊本県に寄付します。京福グループ全社に募金箱を設置し、直営の飲食店での熊本産品の利用促進といった支援活動を年内いっぱい行うことにしています。

【名古屋】世界に1体 激レアくまモンのオークション       2016年7月31日

160729stiff.jpgぬいぐるみを世界で初めて発売し、愛らしいクマのぬいぐるみ「テディベア」で世界的に知られるドイツ・シュタイフ社が、世界で1体だけのくまモンのぬいぐるみをつくり、オークション販売して落札額を全額、熊本地震への義援金とする復興支援プロジェクトを行いました。31日には名古屋市の松坂屋名古屋店で行われていた「大シュタイフ展」の会場で、本物のくまモンも登場して落札者への贈呈式が行われました。落札したのは大阪府の天野さん一家(写真左は長男)で、落札額は12万1000円でした。

シュタイフ社は「熊本地震プロジェクト」として、すでにくまモンキーリングの売り上げから80万円を熊本県に贈ったり、くまモンTシャツを着たテディベア・フィンを100体限定で本体価格8000円で売り出したりして、熊本地震の被災者支援を続けています。世界で1体の「スペシャルくまモン」(ソフトタイプ)のオークションは支援プロジェクトの第3弾として行われました。

シュタイフ社は生産数量や製作期間を限定した製品には耳に白い赤文字のタグを付け、1体ずつ製造番号(シリアルナンバー)をつけています。スペシャルくまモンの耳にも白いタグがつけられ、世界で1体だけなのでシリアルナンバーがない「激レア」くまモンです。

シュタイフ社の公式ホームページは yubiyubi.png こちら

【岡山】水島港まつりで県人会とくまモンが復興支援呼びかけ     2016年7月31日

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岡山県倉敷市で60回目を迎えた水島港まつりで、熊本復興支援の催しが行われました。

水島港まつりでは市民の総おどりや提灯・神輿パレードなどが繰り広げられますが、今年は「困った時は助け合い!」を合言葉に、岡山在住の熊本県人会「岡山火の国会」の会員が集まり、熊本の復興を支援することになりました。会場にはくまモンが登場し、特設ステージで元気をふりまいたほか、阿蘇市の地域ブランド「然(ぜん)」のメンバーによる阿蘇の特産品の販売会も開かれました。「岡山火の国会」の会員は熊本への義援金を募り、大勢の人が協力していました。

「火の国会」の皆越功会長は「こちらの地域の人の熱い心を熊本に届け、復興に役立ててほしい。9月ごろには義援金が届けられると思うので、頑張ってもらえれば」と話しています。

【横浜】コンビニで熊本応援フェア くまモンが売り込み        2016年7月29日

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横浜市中区のコンビニエンスストア「スリーエフ日本大通店」に29日、くまモンが登場し、熊本県産の食品をPRして復興支援を呼びかけました。

首都圏で500店を超えるコンビニを展開するスリーエフは、18日から「みんなで応援!くまもと」を全店で実施しています。地震で大きな被害を受けた阿蘇地方の商品や、大量生産をせずにふだんはコンビニでは扱っていない熊本の地場商品を販売し、あわせて熊本県産の食材を使ったスリーエフオリジナルのパンやまんじゅう、デザート4品も販売しています。

日本大通店には、阿蘇の高菜やウインナー、熊本ラーメンや熊本県産の野菜、スリーエフオリジナルのパンなどがずらりと並び、くまモンや、ふだんは店に並ばない商品を目当てに大勢の人が訪れました。くまモンは熊本産品を両手で抱えてお客さんにPRしていました。

【大阪】営業部長くまモンが食と観光をPR 復興を後押し      2016年7月27日

160727oosakakuma_R.jpg地震からの復興を応援しようと、熊本県の食と観光の魅力を伝えるイベントが大阪で開催されました。

阪急梅田駅前の広場にはくまモンが登場。県の営業部長として熊本県産の緑茶や、過去に海外の食品コンクールで3つ星を受賞した「ASOMILK(あそミルク)」などの特産品をPRしました。

「(牛乳が)おいしかった。また飲んでみたい」という子どものお母さんは「熊本の人たちのためになるならいろいろ商品を買ってみたい」と話していました。イベントを主催した熊本県大阪事務所は「県外での販売を伸ばし、少しでも復興につなげたい」と、今後も、関西、東海、中国地方などで熊本の復興を後押しするイベントを開く予定です。

【東京】松聲閣のお茶の友「加勢以多」が復活            2016年6月11日放送

160611koubai.jpg花菖蒲が見ごろの新江戸川公園にある松聲閣(しょうせいかく)の茶室では、抹茶とあわせて熊本の菓子メーカー、「香梅」の和菓子「加勢以多(かせいた)」が提供されています。加勢以多は熊本地震で工場が被災したため、松聲閣でも出せなくなっていましたが、工場が復旧し、提供を再開しました。

加勢以多は、ポルトガル語の「Caixa da Marmelada(カイシャ・ダ・マルメラーダ)=マルメロジャムの箱」が名前の由来といわれ、江戸時代に幕府への献上品ともなった細川家に伝わる銘菓です。復元した香梅では職人が手作りで製造しており莉復元したもので、甘さ控えめの上品な味が特徴です。

松聲閣の高橋健二所長は「お客さまは加勢以多を楽しみにしていて、お出しすると本当に喜んでくれます。抹茶をお出しするお客さまとのコミュニケーションのきっかけにもなるので、製造再開はわれわれにとってもうれしいです」と話しています。

【東京】新江戸川公園の肥後花菖蒲が見ごろ        2016年6月11日放送

160611SHOUSEIKAKUB.jpg細川家の敷地だった新江戸川公園で、肥後花菖蒲(しょうぶ)が見ごろを迎えました。新江戸川公園では去年の冬に22品種432鉢が植えられ、10数種類が白やピンクの花を咲かせています。院江戸川公園では6月19日まで「花菖蒲ウイーク」として、絵画の展示なども行われています。

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【東京】飲食店が始めた新たな支援「カンパイチャリティー」とは      2016年6月1日

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銀座、新橋や新宿など、東京都内の飲食店や居酒屋でつくる銀座料飲業協同組合連合会と日本居酒屋協会は、熊本県と協力して、熊本のお酒や食材を積極的に使ったり、売り上げの一部を被災者に届けたりする「カンパイチャリティー」キャンペーンを始めました。

2つの団体に加盟する店の多くは、すでに募金箱の設置や被災地への物資提供などの支援を行っていますが、さらに新しい形で支援しようとキャンペーンが計画されました。店が指定したメニューを食べたり、熊本の酒を飲んだりすると、その一部が協会を通じて熊本県に寄付される仕組みです。

食材もできるだけ熊本県産を使ってもらい、仕入れ先などがわからない場合は注文方法などを店に教えてくれます。キャンペーンは1日から始まっていますが、参加店舗はまだ増えているそうです。「もう一杯!飲んで食べて熊本を応援しよう!」と書かれた短冊ポスター(写真)が参加店の目印です。

【東京】うつくしいひと チャリティー上映会 行定監督「熊本は美しい」 2016年5月17日 

160517UTUKUSHII.jpg17日、東京で映画「うつくしいひと」の熊本地震チャリティー上映会が行われました。

「くまモン」の登場から始まったこの上映会は、熊本出身の映画監督・行定勲さんの呼びかけで開催されました。映画に出演した熊本出身の女優、橋本愛さんや俳優の高良健吾さん、熊本県立劇場館長も務める評論家の姜尚中さんらが集まりました(写真は左から行定監督、橋本さん、姜さん、高良さん)。

映画「うつくしいひと」は、熊本をPRするために県内の各所で去年10月に撮影されました。行定監督は「本来あった熊本の美しさとその情緒を感じていただいて、熊本のことを思っていただければ」と語りました。

地震発生後から地元で給水活動をするなど、支援活動を行っている高良さんは、この日も観客1人1人に募金を呼びかけました。

【東京】くまモン地震後初めて登場 支援にお礼   2016年5月17日

くまモンが熊本地震が発生してから初めて、東京・銀座にある熊本県のアンテナショップ「銀座熊本館」に現れました。くまモンが東京で活動するのは初めてです。

銀座熊本館の4月16日から5月15日までの1か月(27営業日)の入館者数は約8万2000人、売上げは約8770万円と、昨年の同期間と比べると、入館者数は2倍以上、売り上げは4倍以上に達しています。また、この間に寄せられた義援金は約5400万円にのぼりました。くまモンはそのお礼もかねて、東京に来たということです。

くまモンが突然現れると、熊本館に来ていた買い物客からは大きな歓声があがりました。くまモンに抱きついて「会いたかった~、くまモン、熊本を応援してくださいね!私も買い物するからね」と語りかける女性もいました。くまモンは買い物客と記念撮影に応じたり、J2ロアッソ熊本の試合日程を紹介したりしていました。

【東京】漱石山房記念館 起工式     2016年4月11日

SANBO-R.jpg夏目漱石が晩年を過ごした東京都新宿区の居宅跡に計画中の漱石山房記念館(仮称、写真は完成予想図)の起工式が行われました。区は漱石の生誕150周年に当たる2017年9月の開館を目指しています。

漱石は「漱石山房」と呼ばれた早稲田南町の家で、「三四郎」「こゝろ」「道草」などを執筆し、晩年の9年間を過ごしています。家は空襲で失われ、「漱石公園」になっていますが、新宿区は、漱石にとって初の本格的な記念館の建設を計画し、民間などからも寄付を募って整備を進めています。

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記念館では書斎・客間・ベランダ式回廊など「漱石山房」の一部を再現するほか、図書室やカフェを設け、漱石に関する企画展やイベントなどを開催していく予定です。熊本県と熊本市は、夏目漱石や細川家など、共通する文化や歴史遺産を持つ東京都新宿区、文京区と包括連携に関する覚書を結んでおり、記念館では熊本時代の漱石についても紹介したいとしています。
起工式には漱石の孫の半藤末利子さんも出席し、吉住健一新宿区長、下村治生新宿区議会議長、中村廣子・榎町地区町会連合会会長らが鍬入れをし、工事の安全を祈願しました。

記念館の詳しい情報は yubiyubi.png こちら

【東京】京急線にくまモンの赤い特別列車     2016年2月29日     

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都心と横浜、横須賀や羽田空港を結ぶ京浜急行電鉄と熊本県、熊本市が共同で、特別列車「くまもと号」を走らせることになり、品川駅で出発式が行われました。

「くまもと号」は京急の快特列車などに使用される車両に、くまモンと「熊本城おもてなし武将隊」のデザイン施したもので、車内でも熊本の自然や食文化などをPRしています。火の国、あか牛、トマトなど、熊本の象徴には赤色のものが多く、京急線の車体色も赤色なこと、首都圏から熊本を訪れる観光客の多くが羽田空港を利用することなどからコラボが実現しました。

県、市が首都圏の大手私鉄と手を組んで特別列車を走らせるのは初めてということです。この列車は3月25日まで京急線内で運行されます。

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【東京】和敬塾本館で「熊本城のうた」     2016年2月28日  

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人気ダンスユニットのエグスプロ―ジョンやくまモンと一緒に「熊本城のうた」を踊る催しが、東京・目白の旧細川侯爵邸(和敬塾本館)で行われました。

踊る授業シリーズ「本能寺の変」など、歴史をテーマにしたダンスで人気のエグスプロ―ジョンと、くまモンや熊本城おもてなし隊が、応募者から選ばれ、東京や熊本、台湾などから参加した33人と一緒に「熊本城のうた」を踊りました。ダンスの模様は収録され、3月中に熊本県のホームページで公開される予定です。

参加した東京の女子高校生は「熊本にも何回か行くことがあって、そのPRが自分たちにもできたらいいと思って参加しました」と話していました。また、台湾からの参加者は「楽しかったです。くまモンとエグスプロージョンと共演できて光栄です」とうれしそうでした。

ダンスの動画は yubiyubi.png こちら

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