熊本地震の記録

日記の最後の言葉は「今日もすてきな1日だった」       2016年4月30日

西原村でサツマイモ農家を営む大久保孝一さん(56)は、熊本地震で母屋が倒壊し、父親の重義さんを亡くしました。その父親が50年以上書き続けていた日記が、重機ボランティアによって見つかりました。本震直前に記されていた最後の日記の言葉には、生きることへの感謝の言葉が残されていました。(2017年2月14日放送)

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ookubo1_R.jpg大久保さんは2016年夏から西原村の仮設住宅で暮らし始めました。あの時取り出された仏壇の一部を使って、重義さんの遺影を飾っています。
「(遺影の父に)聞くんですよ。返事はないんだけど。家をどこにしようか、とか、どうすりゃいいんだろう、っていう感じで」

大久保さんを支えたのは、解体が終わった後も励ましの手紙を送ってくれた全国の重機ボランティアの人たちでした。交流は今も続いています。種イモの苗がつぶれ、多くの量は作ることができませんが、大久保さんはお世話になったボランティアの人たちに感謝の気持ちを伝えるため、サツマイモを育てました。農業を続けながら生活費を稼ぐるため以前勤めていた職場で働き始めました。

ookuboA.jpg「職場でみんなが笑うような時があって、自分も笑ってるんですよね。それで『よく考えたら俺、全然笑ってなかったな』って気づいて、だいぶ変わったなって思います」。 ボランティアとの交流や仕事を始めたことで、少しずつ心境に変化が現れました。

大久保さんは更地になっていた家の跡に新しい家を建て始めています。新しい家をどこに建てようか悩んだ末に、西原村のこの地で生活を再建しようと決めました。

ookubob.jpg「親父が残した大久保家を、自分が今度は息子に受け継いでもらえるように頑張っていくっていう感じですね」。同じ場所に家を建てた理由について大久保さんは「地震で亡くなった父が残した『今日もすてきな1日だった』という言葉の通りに、父と母が築いたわが家で、毎日生活を送れるように努力したい。同じ場所に住んで、親父の思いを受け継いでいこうという決心しました」と話します。

「恥ずかしい話なんですけど、この年になるまで人の思いの温かさを感じた経験があまりなかった。地震っていう辛い経験をした中で、全国から来てもらったボランティアさんの温かい思いを感じ取れて、それが本当に地震の後、自分の支えになってくれたと思ってます」という大久保さん。今後の夢は「農業生産法人に就職した20歳の子どもと2人で農業をやっていく」ことだそうです。

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