熊本地震の記録

長かった5か月半 南阿蘇村の一部でようやく水道復旧      2016年10月1日

161001asomizuA.jpg熊本地震の影響で、断水が続いていた南阿蘇村の長野地区と袴野地区の150世帯余りで、上水道が復旧しました。住民は約5か月半ぶりに台所の蛇口から出る水に喜びの声をあげていました。

160928asomizu1-thumb-270xauto-14623.jpg南阿蘇村では熊本地震以降、なお8つの地区の690世帯、1680人に水が届かない状態が続いていました。村では水道施設の新たな水源を確保するため、地下水のボーリングを行って9月7日からくみ上げ作業を始め、水道に使用できるかどうかの水質検査などを進めた結果、まず長野、袴野地区(地図参照)で上水道再開の見通しが立ち、9月29日の住民説明会で長野敏也村長が「数日中にも送水を始めたい」と述べていました。

しかし、配水管に土砂がたまるなどしているため、この両地区でもまだ水が出ていない世帯があります。村では土砂を取り除くなどして、水が出る範囲を1日も早く広げていく方針です。

161001asomizuC.jpg長野地区では地震の後、いったん水道が復旧したのですが、6月の豪雨で施設が破損し、再び断水。長野地区では長野岩戸神楽(ながのいわとかぐら)で知られる長野阿蘇神社の横に、給水所が設けられています。自宅が断水しているため避難所や仮設住宅で暮らしている人もいますが、家屋に大きな被害がなく、水が出ない自宅で暮らしてきた住民も少なくありません。

160907asomizu4_R.jpg南阿蘇村には牛を飼う家が多く、牛の命を守るため、村民は水運びに苦労してきました。

81歳の女性も毎日給水所で生活用水を確保してきましたが、牛のためにも水は必要でした。「やっぱり水が一番ですね。電気より水が一番。私のところには牛がいるので、なるべく牛に残してこの水をやると、喜んで飲むんです。何もいらん、水さえあれば、飲まれるけど」。1日1回、シニアカーに積めるだけ水を積みますが、それでも足りないということです。

asomizu2_R.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像16頭の牛を飼育している山口達志さん(60)も、水が出ない自宅で暮らしています。毎日、別の地区の湧水池まで水を汲みに行き、牛に水を飲ませています。「やっぱり牛が私たちの一番の命だから、何とか毎日水を確保して。もう大変です」と山口さん。牛舎には水を自動的に流す装置をつけているところが多いのですが、こうした装置は水道が復旧しないと使えません。すべての牛に水を配るのは、かなりの重労働です。

牛を飼育する農家には、毎日大量の水を汲みにいくのも大きな負担です。地震や大雨の被害で、あちこちで路肩が崩れた道路を通って別の地区まで行き、水を確保しなければなりません。30頭の親牛を飼育する松岡英行さん(60)は、こうした道を1日2~3往復します。「牛も人間と同じで朝昼晩ご飯を食べて水も飲まんと、飲ませないとかわいそうなので」。松岡さんも1日も早い水道の復旧を切望していました。

asomizu3_R.jpg長野地区には水が出ないまま営業を続けている美容室もあります。この店の後藤良子さんは「水が命の美容室なんでどうしても必要じゃないですか。夢見ますよ。水が出る夢を」家族が毎日組んできた水を庭のタンク(写真左)に入れ、配管を通して店に流し、営業を続けています。水を汲んできてでも店を続ける理由について、後藤さんは「女の人は髪型が違うと困るので、ここと決めたらほか(の美容室)には行かれない」と話します。

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