熊本地震の記録

有識者会議提言 「熊本城の修復を観光資源に」         2016年6月19日 

160619yuusikisya2_R.jpg熊本地震からの復旧・復興に向け、県が設置した有識者会議が19日、最終提言をまとめ、座長で熊本県立大学の五百旗頭真(いおきべまこと)理事長が蒲島知事に提出しました。

提言では農家が被災を理由に離職しないように、被災農地の大区画化など「創造的復興」の取り組みを提案しています。また、熊本城の修復では、修復プロセスを公開して新たな観光資源として活用する国民参加の仕組みの検討など、逆境をチャンスに変える「逆転の発想」が必要としています。国の支援が難しい事業を進めていくために、地方が自由に使える復興基金を設立することも提言しています。

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熊本地震からの創造的な復興の実現に向けた提言(要旨)

まえがき 熊本地震とその復旧・復興

震度7の地震の揺れが2度も来たこと、震度5以上を記録した地震が19回もあったこと、1700回を超える余震が続いたことは、熊本の被災者の心身を痛めつけた。全半壊家屋は3万棟を超え、一部損壊は11万棟を超える。熊本城は衝撃的な姿となり、阿蘇山系の大規模な土砂崩れにより、東西を結ぶ道路が寸断された。

他方、日奈久断層も布田川断層の震源も地下約10㎞と浅いため、真上では益城町や西原村のように震度7の激震となったが、その範囲は限られており、阪神・淡路大震災のように「震度7の帯」が市街地を広く覆う事態を招かなかったことは不幸中の幸いだった。

被災地の人が、「前震」-「本震」の段階的到来に対処したことが大きかったと思われる。4月14日夜の3度にわたる地震に警戒心を強めた多くの人々は、次の夜の「本震」の時には自宅を離れ、避難所や車に逃れていた。震災そのものによる犠牲が49名、関連死も含めて69名にとどまったのは、その結果である。いきなりM7.3の本震の奇襲攻撃を受けなかったことは幸いであったといえよう。

蒲島知事は、前震の発生後、速やかに緊急消防援助隊や自衛隊に出動を要請した。熊本市は全国的に見ても自衛隊が最も濃密に存在する。その夜は400人態勢、15日中に1800人態勢、16日の本震後には1.5万人から2.6万人態勢に増強して被災者の救援に当たった。阪神・淡路大震災においては、自衛隊が主導に十分な役割を果たせず、生存救出が165名に留まったのに対し、熊本被災地においては、自衛隊が1225名の生存救出を行った(消防関係が295名、警察159名)。

自衛隊、消防、警察のような第一線部隊は阪神・淡路大震災以来、新潟県中越地震、東日本大震災と勃発する災害で対処能力を高め、その成果が熊本の被災地で現れている。水道は、利用していた豊富な地下水が地震の揺れで濁るなどの新たな問題も重なって、復旧に時間を要したが、都市ガスの復旧は極めて迅速だった。同じことは、自治体間の広域と近県の支援、DMATなどの医療支援、NPO-NGOなど民間ボランタリーの支援についてもいえる。災害を重ねるごとに、官民双方の多重的な支援体制は進化を遂げており、その恩恵を享受できる社会の成熟ぶりが熊本の地に見てとれる。

政府は4月17日から5月13日まで、被災地の要請を待つことなく必要と思われる食糧や生活用品を大量に送るプッシュ型の支援を行った。安倍首相は3度被災地を視察するとともに、4月中に激甚災害や特定非常災害の指定を行って、5月17日には補正予算を成立させ、7780億円の復旧・復興費を確保した。迅速果敢な措置は高く評価される。ただ、成立した予算がどのような復興を可能にするかはなお不分明である。

近年の復旧・復興は、公費をもって被災者の生活再建を国が行うことになった。世界を見れば被災者を公費をもって支えることはほとんどの国で行われており、要援護者への支援、心のケアへの留意、中間支援員への公的補助などが一般化した。

単に旧に復するのではなく、創造的復興を行うことの重要性も広く認められた。阪神・淡路大震災は公費は復旧まで、創造的復興を行う場合は地元資金でと、国は区分を設けた。しかし、旧に復することしか許さない方針の不十分さが、その後かえって痛感され、東日本大震災時にはよどみなく創造的復興が政府の公的方針となった。津波常襲地であった三陸海岸では、大土木工事をすべての入り江で敢行中である。

この創造的復興の直接経費を国が負担し、財政力の弱い小さい自治体の負担を0としている。地方の自治体が莫大な復興費の負担に耐えないことは、熊本でも全国どこでも同じである。この災害多発の列島では、どこでも被災地となりうる。被災地とその住民を国が可能な限り支える、それを一般方針とすることが、国の国民に対する誠実さではあるまいか。被災地を見捨てない人間性豊かな国民共同体のあり方こそが、日本全体の誇りでなければならない。

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1 くらし・生活 住民に寄り添い、住民との協働による復興

提言1-① 迅速で住民に寄り添った支援

仮設住宅をはじめ安心して暮らせる「すまい」の確保、水道・下水道等の生活インフラの早期復旧や、災害瓦礫等の処理などに、スピード感を持って取り組むことが必要である。熊本らしい"あたたかさ"と"ゆとり"のある仮設住宅の仕様とすること、住民同士のコミュニケーションの場となる集会所や談話室を提供することが求められる。

提言1-② 災害時の要支援者への細やかな配慮

高齢者や障がい者、子どもや外国人などへの細やかな配慮を継続して行う必要がある。対応に長じた専門的NPOなどの支援と協力を求め、女性が被災女性のニーズをくみ取ることも必要である。高齢者や障がい者などの避難行動要支援者の状況をあらかじめ把握したうえで防災計画を策定すること、情報機器を使うなど、支援者相互に情報を共有することが望まれる。 

提言1-③ NPO法人や民間企業との連携による切れ目のない被災者支援

多種多様な被災者からの支援ニーズに応えることができるよう、自治体、地域組織、ボランティア団体、NPO法人、市民活動団体、企業などさまざまな主体と緊密に連携する。

提言1-④ 住民との協働によるまちの再生

まちの復旧・復興にあたっては、将来にわたって地域やコミュニティが維持され、発展し続けるまちづくりなど、地方創生につなげる必要がある。三世代同居を含む地域包括ケアの行き届いたまちづくりが望まれる。

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提言1-⑤ 住民に寄り添った長期避難集落のコミュニティ再生

南阿蘇村の立野地区は、大規模な山腹崩壊により集落への交通と水道が絶たれ、長期にわたり集落全体での避難を余儀なくされている。この状況において、長期避難集落のコミュニティの維持・新たなまちの再生にあたっては、住民の方々が希望を持って生活再建に取り組めるよう、その意向を十分尊重しつつ、さらなる安全対策を事前に講ずることを原則として、検討していくことが必要である。

2 地域産業 従来の枠組みにとらわれない広がりのある復興

提言2-① 地元経済の早期かつイノベーティブな復興

地域の産業や雇用を維持・回復させるために、地元経済の1日も早い再生・立て直しが急務であり、地域の中小・小規模企業に対して、資金繰りの支援や、事業用施設・設備の復旧・整備に対する支援など、迅速に対応する必要がある。

地域住民がその意に反して地元を離れることのないよう、地域の基幹的な産業の再建が急務。研究開発部門の集積をはじめ、成長分野の新たな企業誘致、ベンチャー企業の育成を強力に推進し、持続的発展に伴う安定した雇用を確保することが大きな課題である。

これまでの枠組みにとらわれず、県内外の民間の発想・資金・活力を最大限に取り込み、広い視野と構想をもった熊本県全体のイノベーションとして、経済的復旧・復興を進めることが必要である。

提言2-② 農林水産業の早期復旧と創造的復興

農林水産業従事者が、被災を理由に離職することなく、経営意欲を持ち続け、速やかに再建できるよう力強い対処が待たれる。災い転じて福となす再生バネが望まれる。例えば、被災農地復旧の際の大区画化、地域営農組織など担い手への農地集積の加速化、農産品のグローバルなブランド化など、農林漁業者の更なる所得向上につながる「創造的復興」の取組みを重視したい。

提言2-③ 世界の活力を取り込むアジアのゲートウェイ熊本

成長を続けるアジアをはじめ世界経済の活力を取り込むことが不可欠。そのために何より必要なのは、海外からのゲートウェイとなる空港や港湾など交通インフラの整備・国際化、強靭化を進めることである。観光産業のイノベーションを通じた高付加価値化や、民間と協働した観光戦略の策定、県産品の国際的ブランド化を進める必要がある。

より根本的には、熊本から直接海外に羽ばたくようなグローバル人材の育成と海外な優秀な人材を活用できる文化的な基盤整備が何より重要である。

3 熊本城と阿蘇―人類的資産 次世代に継承する復興


提言3-① 熊本城や文化財の国民参加による修復・復興

160616iidamaru-2_R.jpg熊本城は熊本のシンボルであるとともに、九州、ひいては日本にとっても貴重な「宝」である。観光客を呼び戻し、熊本県の活気を取り戻すためには、単に早く修復するのではなく、多くの国民の参加を求め、修復プロセスをわかりやすく公開して新たな観光資源とするなど、逆境をチャンスに変える逆転の発想をもって、戦略的に修復を進めることが望まれる。

修復城主や一つの瓦、石垣の一部への関与など、悠久の文化財を支えるストーリー性のある参加の工夫、ふるさと納税や募金などを全国から募るなど、国民参加による修復・復興へと広がる仕組みを検討することが必要である。

提言3-② 悠久の宝「阿蘇」の輝きを取り戻す

阿蘇の再生は、熊本県、熊本県民の誇りを取り戻すことに他ならない。阿蘇は日本有数の観光資源でもあり、被災により熊本県だけでなく九州全体の観光産業は、極めて重大な危機に直面している。

「阿蘇・くじゅう国立公園」をナショナルパークジャパンの中核として位置づけようとする国の動きも期待できる中、貴重な観光資源の復活と活用は、熊本と九州の経済再生の面からも重要な課題である。例えば、阿蘇くまもと空港を活用した、ヘリコプターによる活火山群の空からのパノラマ観光など、グローバルな観光プランの検討などが望まれる。

4 社会基盤

(1) 将来の躍進を見据えた復興

提言4(1)-① 広域的・長期的視点からの東部熊本の再生

特に甚大な被害を受けた益城町、西原村、熊本市の東部地区は、阿蘇くまもと空港や高速道路インターチェンジなどの交通の要衝にあり、非常に高いポテンシャルを有する。これらの地域の復旧。復興は単にそれぞれの町単位でなく、熊本県経済を牽引する県央拠点として、阿蘇くまもと空港を含む熊本都市圏東部地域の広域的。長期的な発展を期す"グランドデザイン"が求められる。

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提言4(1)-② 将来の災害を見据えた九州の縦軸横軸の早期整備と多重性の確保

南海トラフ地震をはじめ、今後予想される大地震の発生を見据えたとき、熊本と大分を結ぶ国道57号が、災害の旅に寸断することがないよう、架橋や複線化、上下線の分離やトンネル化など、災害に強い幹線道路の完成を期さねばならない。

南海トラフ沿いの地震などの広域災害発生時の救援物資輸送において"命の道"となる、もう一つの横軸である中九州横断道路と九州中央自動車道の整備などの加速化を通して、道路の多重性(リタンダンシー)の確保を図らねばならない。それを補完する公共ヘリポートの充実にも留意せねばならない。

(2) 次の災害に備える復興

提言4(2)-① 熊本地震の教訓を伝承する

熊本地震の経験を教訓として、本県のみならず、国民全体で共有し、今後の災害に生かす必要がある。そのため、被害の実情や復旧・復興の過程で得たノウハウ、教訓等を、しっかりと記録に残し、整理・蓄積し、後世に遺していかなければならない。特に幼児・児童・生徒が学習できる震災ミュージアムや防災センタ-の設立が望まれる。また、学校や地域が一体となった防災訓練・教育を日頃から行い、災害対応についての知識と意識の共有化を図ることが必要である。

提言4(2)-② 九州の広域防災拠点機能の強化

熊本県は、広域災害が発生した場合に、九州全体の安全・安心を守る広域防災拠点に位置付けられている。「九州を支える広域防災拠点構想」に基づき、国との連携を図りながら、災害拠点機能をさらに充実・強化していく必要がある。

提言4(2)-③ 行政庁舎や学校をはじめとする公共施設の耐災性の強化

行政庁舎や学校、病院など公共施設は、地域防災の拠点であり、復旧・整備にあたっては、単なる耐震性だけでなく、災害全般に対する強さ、耐災性を高め、レジリエンス(復元力)のある施設とすることが必要である。

提言4(2)-② 民間住宅や宅地の耐震補強等に対する公的支援の強化

日奈久断層南部の地震や南海トラフ沿いの地震をはじめ。今後、大きな地震が憂慮されている。更なる被害の拡大を未然に防止するために、今回の地震で傷んだ民間住宅などの耐震診断や耐震補強、宅地の地盤改良を早急に進めるよう、公的支援を強化する必要がある。

5 復旧・復興に向けて

(1)「オール熊本」による柔軟な復興

提言5(1)-① 柔軟で持続可能な復旧・復興

策定が急がれる「復旧・復興プラン」については、目標を達成するまで確実に施策を遂行できる仕組みとすることが必要であり、他方で時間の経過とともに変化する社会状況に応じて、柔軟に対応できる仕組みとすることが求められる。十分な復興を遂げるため、被災地に自由度を認める復興基金の設立がぜひとも必要である。

提言5(1)-② 「オール熊本」体制による復旧・復興

創造的復興を果たすためには、県のリーダーシップによって市町村ごとに策定される復興構想やその実施計画としっかり連携することが重要である。

(2)国・国民合意による復興160619yuusikisya-4_R.jpg

提言5(2)-① 国、地方、国民が一体となった国際水準の復旧・復興

「一人一人の生活再建がなければ、社会の再建はあり得ない」という理念に基づき作り上げられた地方公共団体や被災者に対する東日本大震災において到達された国の手厚い復興支援の基準を切り下げることなく、国、地方、国民が一体となって熊本地震の復旧・不KJ校に取り組まなければならない。国際的にも主流化してきた「創造的復興(Build Back Better)」の理念を普遍化し、被災した自治体が躊躇なく災害対応に取り組めるよう、国は留意すべきである。

提言5(2)-② 地元主体の復興を支える復興基金

中・長期的な復興を見据え、実施する必要がある事業であっても、国の支援スキームに合致しないものもある。このような場合に、地元主体の復興を実施するため、復興基金の創設が望まれることを重ねて強調したい。


補論 熊本地震のメカニズム

熊本地震は、1本の断層が動き、それに伴って周辺に多くの余震が群がる通常型とは異なる。地下の断層は1本ではなく、林のようにというか、束になって幾本も走っている。1つの断層の動きがほかの断層群に刺激を与え、そのうちひずみエネルギーが飽和状態に近くなっていた断層が引き継ぐように動く。その方が、前のものより大きいこともある。本震VS余震の関係ではなく、1つの断層と別の断層の関係である。熊本の被災者は、この断層群の終わりのない連続攻撃に苦しめられた。

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布田川・日奈久断層は、別府―島原地溝帯の南側断層崖に沿ったもので、大分―熊本断層帯の一角をなす。このたびの連鎖的地震によって、阿蘇山の地下に、南北の断層群をしっかりつなぐ断層群が活動していることが実証された。地震活動が阿蘇山の火山活動に直接連動することはなかったが、中長期的影響はまだわからない。さらに巨視的に見れば、中央構造線の西端は別府―島原地溝帯に受け止められ連なっているものと見られる。

次に起きる地震について、現在の科学では予知できていない。しかし、このたび布田川―日奈久の断層群がとめどなく動いた中で、最も危険性が高いと見られていた八代以南の日奈久断層南部がまだ動いていない。

21年前の阪神・淡路大震災で活動期に入った日本列島の地震活動は、その後、鳥取、中越、岩手・宮城と時計回りに展開しつつ、5年前の東日本大震災に行きついた。今回、南西の熊本に大きな地震が起こったことは、おそらく、西日本から列島中央部にいくつかの内陸地震に受け継がれつつ、南海トラフの地震津波に行き着くのではないか。

列島の歴史的な地震活性気を振り返れば、その危険性を憂慮せざるを得ない。地震災害は終わったのではなく、次への備えが必要なのである。

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