熊本地震の記録

阿蘇神社 拝殿は2020年度中の復旧目指す        2017年2月3日

阿蘇神社.jpg熊本地震で拝殿など14棟が被災した阿蘇神社は、拝殿など文化財指定を受けていない6棟を2020年度までに復旧する計画を明らかにしました。6棟のうち、全半壊するなどした拝殿や回廊など5棟は解体した上で、2018年度末にも再建工事を始め、20年度中の再建をめざします。会議や研修で使う斎館(一部損壊)は補修工事をする予定です。

拝殿の再建に6億3600万円、修復工事6200万円、鳥居などの復旧工事に1億円を見込んでいます。国の重要文化財に指定されている6棟などを含めた復旧費の総額は17億円を超えると試算しています。

拝殿などは国の重要文化財などに指定されていないため、寄付などを募って修復します。県は被災した宗教法人に寄付すると税の優遇措置が受けられる「指定寄付金制度」の第1号に阿蘇神社を指定しており、これを活用して費用の半額程度を賄いたい意向です。

国指定重要文化財の楼門など6棟の復旧工事は昨年11月に着工し、楼門は部材を極力再利用するため、解体後の部材を雨風から守るため屋根付きの仮囲いで覆われています。楼門は2022年度中に復旧を終える予定で、阿蘇神社が完全に熊本地震前の姿に戻るのは、順調に進んでも5年以上かかることになります。

公共工事の価格算定基準を変更 復興を急ぐのに作業量を減らすワケ  2017年2月1日

阿蘇大橋付近国道57号.jpgのサムネイル画像国土交通省は2月1日契約分から、熊本地震からの復旧・復興を進めるため、公共工事の予定価格を決める根拠となる算定基準を変更しました。公共事業の費用を見積もる際の土木作業員の1日あたりの標準作業量をこれまでより2割減らし、共通仮設費と現場管理費を1割引き上げて計算するようにします。国交省が基準を変えるのは東日本大震災以来です。

熊本では復旧・復興工事が本格化するにつれ、足場や通行規制のバリケード、作業員の詰め所といった工事に必要な資材や機器が不足してきているほか、重機やダンプカーの確保がしにくくなっているといいます。工事完了後は撤去される仮設機器のレンタル費用や、工事現場の維持管理費を実態にあわせて1割引き上げる、というのはわかるのですが、復旧・復興を進めるためなら土木作業員の作業量は増やすべきなのに、逆に2割も減らすのはなぜでしょう。

阿蘇の地割れ.jpgそれは、復旧・復興工事に携わる作業員の作業効率が、資材や機器の不足によって下がっているからです。例えば、地震でがけが崩れて落ちてきた100立方メートルの土砂を取り除くとします。通常、ひとりの作業員が1日で1トンを取り除けるとすると、10人が10日で取り除くことができます。ところが、ダンプカーが確保できないとこうはいきません。10人で1日かけて10トンの土砂を取り除いても、その土砂を別の場所に運ぶダンプカーが来ないと、土砂は現場近くの道路わきに積み上げられたままになってしまいます。取り除いた土砂を積み上げておく場所がなくなれば、土砂を除去する作業は止まってしまいます。

ダンプカーが来ないために作業が3日遅れたとします。ダンプカーが来て土砂を運び去ってくれればすぐに作業を再開できるよう、この3日間も作業員は現場に待機していますから、日当は当然支払われます。作業員の日当が1万円とすると、当初の予定では100万円(10人×10日×1万円)と見積もっていた作業員の人件費が、130万円(10人×13日×1万円)かかってしまいます。

公共工事は国や地方自治体が予定価格を決めて入札を行い、予定価格に一番近い価格を示した業者が請け負います。役所は算定基準に従って予定価格を決めます。これまでの算定基準だと、役所は例にあげた土砂の除去作業の人件費を100万円と見積もりますが、実際には130万円かかるとなると、業者は札を入れようとしません。つまり、これまでの算定基準ではいくら工事を発注しても引き受け手が現れず、なかなか工事に着手できずに復旧・復興が遅れてしまうわけです。2016年12月の熊本県発注の公共工事では、引き受け手が現れずに入札の2割が不調に終わっています。10月にはこの割合は1割以下でしたから、引き受け手が出ないケースが急増していることになります。

県軍商店街.jpgのサムネイル画像国交省の担当者は「業者も熊本の復旧・復興に協力したいと思っていて、利幅が薄くても引き受けてくれています。しかし、さすがに赤字になることが分かっている工事には札を入れてくれません。作業員の効率を引き下げれば予定価格は上がり、結果的に復旧・復興工事が円滑に進むようになるはずです」と話しています。今回の基準の改定は国が行う公共工事の基準ですが、県や市町村の算定基準は国の基準にあわせるのが普通なので、すべての公共工事に同じ基準が適用されるようになるとみられます。

これで遅れが出ていた道路や橋、トンネルなどの復旧工事が進むことになればいいことです。事業者が赤字になるのを防ぐため作業員に残業を強いるといったことも耳にしますが、労働環境も改善につながるかもしれません。一方で、業者が公共工事を多く引き受けるようになれば、工場や店舗の再建といった民間の工事の引き受け手が減ることも考えられます。民間の工事で作業員に払う日当も高くなり、工事費が見積もりをオーバーしたり、予算不足で工事を延期したり再建を断念したりする、といったケースが出てくるおそれがあります。

(文章と写真は関係はありません)

サントリー九州熊本工場 缶入りビールの出荷再開        2017年1月31日

ぷれもる-1.jpg嘉島町のサントリー九州熊本工場が、主力商品「ザ・プレミアム・モルツ」の缶ビール出荷を再開しました(写真=サントリーホールディングス提供)。「ザ・プレミアム・モルツ」については、昨年11月に仕込みを再開し、主に飲食店向けとなる「樽入り」については昨年暮れから出荷していましたが、主に家庭向けとなる「缶入り」の出荷は9か月半ぶりとなります。

「ザ・プレミアム・モルツ」は現在、京都工場でも生産していますが、サントリーは再び熊本工場を生産拠点とする考えです。「金麦」「ザ・モルツ」とノンアルコールの「オールフリー」についても順次生産を再開します。

「伊右衛門」「阿蘇の天然水」など清涼飲料の生産についても生産設備の工事を進めており、缶入り、ペットボトル入りの順でを5月までに再開する予定です。4月には工場見学の受け入れも再開したいとしています。予定通りなら、熊本地震からほぼ1年で完全復旧ということになります。ただ、生産設備の復旧を優先したため、工場見学の際の楽しみだったレストランの営業再開は、もう少し時間がかかるかもしれません。

PUREMORU-4.jpgサントリーは4月上旬からは熊本工場で約10万缶限定で「火の国ビール」(写真左)を製造し、イベント会場などで無料配布します。また、4月25日には数量限定「ザ・プレミアム・モルツ」「金麦」「オールフリー」(写真下)をそれぞれ数量限定で発売します。いずれも缶のラベルの裏側に、工場再開への支援のお礼や復興を支援するメッセージを記しています。

「ザ・プレミアム・モルツ」は売り上げ1缶につき10円、「金麦」と「オールフリー」は1缶につき5円が、熊本城の復旧・復興資金として寄付されます。

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益城町で地震で延期されていた町の文化祭           2017年1月14日

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熊本地震の前震から9か月目となる14日、益城町で地震の影響で延期となっていた町の文化祭が開かれました。益城町文化祭はこれまで毎年10月に開かれていましたが、2016年は町の多くの人たちが被災したため、開催が延期されていました。

舞台では詩吟や能楽などの伝統芸能に取り組む21団体約180人が、日ごろのf練習の成果を披露した。小学生たちが「益城がんばるもん!」と声を合わせる和太鼓演奏も披露されました。例年、ステージ部門と同時に行われていた展示部門は、地震の影響で準備が遅れたこともあり、3月に改めて行われます。

「熊本モデル」復興住宅2棟 益城の仮設団地で一般公開     2017年1月14日    

熊本地震で被災した世帯の再建モデル住宅となる「くまもと復興住宅」のモデルハウスの第2号棟が益城町のテクノ仮設団地に完成し、一般公開されました。県建築士会を中心とした「建築士会・復興の家グループ」が建設しました。モデル住宅は、毎週水曜日をのぞく午前10時から午後6時まで公開されます。

くまもと復興住宅は、県内の建築団体などでつくる県地域型復興住宅推進協議会が①熊本の地域産材を活用し②地震に強く③良質でコスト低減に配慮している――の3点を認定した木造住宅です。価格を抑える一方で建築基準法で定められた基準の1.5倍、震度7に耐え得る強度を持つよう設計されています。1号棟は県内64の工務店でつくる「熊本工務店ネットワーク」が2016年10月19日に上棟式を行い、内装などの仕上げを終えて12月2日から一般公開しました。

テクノ仮設団地の展示場では、五木村の材料を使った五木源(ごきげん)住宅に関わる設計者、施工者らの「五木源住宅復興支援チーム」が、葉枯らし乾燥材をふんだんに使った第3号を建設中です。

【復興住宅第1号棟(基本価格1000万円=税別)】

161202moderuA.jpg木造平屋、床面積約80平方メートルの2LDKで、6畳の和室、寝室のほかウオークイン・クローゼットを設けています。県産のスギやヒノキ、和室の畳表も県産のイグサを用いています。

【復興住宅第2号棟(基本価格960万円=税別)】

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63.76平方メートル、2LDKの木造平屋建てで、県産のスギやヒノキを使い、田園風景になじむ外観やふた間続きの和室、広い土間など、和風のつくりが特徴です。畳表は県畳工業組合から提供を受けました。

【復興住宅第3号棟(1000万円)】

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県立図書館が一般書籍の貸し出しを再開         2017年1月6日

170106tosyoA.jpg熊本地震の影響で一部利用ができなくなっていた熊本県立図書館が、約70万冊の一般書籍の貸し出しを再開しました。

県立図書館は熊本地震で照明器具が落下したり、およそ100万冊にわたって書籍が散乱したりする被害を受けました(写真上)。復旧工事を進めた結果、70万冊の一般書籍の整理がつき、貸し出しができるようになりました。

ただ、館内はなお工事中のため、当面は利用者は書架で本を探すことはできません(写真下)。仮閲覧室で専用のパソコンを使って読みたい書籍を検索し、希望の書籍を職員に伝えると、職が代わりに本を探し出す仕組みにします。県立図書館では「しばらくは仮閲覧室を使うため非常にスペースが狭く、ご迷惑をおかけすることも多いかと思いますが、多くの人に利用してほしい」と話しています。県立図書館は今年4月の全面再開を目指しています。

西原村の全世帯被災地区でそば打ち交流会          2016年12月26日

161225sobaA.jpg西原村で被災した住民たちの交流の場を作ろうと、そば打ちの交流会が開かれました。

交流会が開かれたのは、西原村鳥子葛目地区にある葛目公民館です。この地区では10世帯のうち4世帯が全壊、残り6世帯も大規模半壊または半壊の被害を受けました。熊本地震以降は地区外の仮設住宅などで生活している人もいて、地域の人が集まる機会が減っています。

このため、地域の人が減った地区で交流の機会を作ろうと、西原村在住の大学生、寺本わかばさんが交流会を企画。この日は仮設住宅に住む人も参加して、職人から教わりながらそば打ちに挑戦しました。出来上がったそばはその場でゆでられ、集まった人で食べました。

参加した人たちは「久しぶりに(皆さんの)顔を見て、元気そうで何よりです」「住み慣れた土地で見慣れた人たちと会って交流するのはいいことですねえ」と楽しそうでした。企画した寺本さんは「(地震で)人が少なくなって寂しいという声を聞いていたので、みんなで何かしたいと思った」と話し、今後もほかの地区や仮設団地を巡回し、交流会を開くつもりです。

赤ちゃん守る最後の砦 市民病院のNICUとGCUが再開        2016年12月26日

161219sinseiji.jpg熊本市民病院は、熊本地震以降受け入れを中止していた新生児集中治療室(NICU)9床と新生児治療回復室(GCU)5床を26日に再開しました。

市民病院は1998年(平成10年)に県内で初めてNICUを設置。地震前は県内48床中18床が同病院にあり、超早産児や心臓に疾患のある赤ちゃんなど年間約300人を受け入れてきました。周産期医療の中核を担い、赤ちゃんの命を守る最後の砦だったわけです。特に超早産児、1000グラム未満で生まれてくる赤ちゃんの6~7割は市民病院が診ていたそうです。

しかし、熊本地震の影響でNICUとGCUが入っていた病棟が被災して使えなくなったため、地震の時に受け入れていた38人の赤ちゃんは県内外のほかの病院に緊急搬送され、機能を止めていました。使用可能な別棟の事務スペースの一部を改装し、ベッドや機器類を移して再開にこぎつけました。12月17日に再開されるNICUを視察した熊本市の大西一史市長は「実際に機能が失われて、改めて熊本市民病院が周産期医療を担ってきた役割が非常に大きかったということが分かった」と話しました。

県内のNICUは熊本市民病院の被災を受けて、福田病院と熊本大病院が3床ずつ増床しており、今回の再開で県全体で45床にまで回復します。

御船町の道路ふさぐ巨岩 ヤフオクで売却し撤去へ         2016年12月20日

161221KYOGAN.jpg熊本地震で山から落ち、作業道をふさいでいた周囲12mの巨大な 石灰岩が、ヤフーオークションにかけられて撤去にこぎつけました。

この巨岩は御船町水越にあり、高さ約3・5メートル、周囲約12メートル、重さは推定約100トンもあります。熊本地震で山jから転げ落ち、山中の畑に続く作業道をふさぐ形で止まっています。道は地元が管理しているため県や町に撤去を頼めず、多額の費用が出せずにそのままになっていました。

地方創生を支援する「ふるさと発復興会議」の助言もあって、岩をインターネットオークションで売却し、買い手に除去してもらうアイデアが浮上。地元住民でつくる「水越地域活性化協議会」が12月13日、ヤフーオークションに出品しました。巨岩の出品が話題になれば、買い手がつかなくても撤去の相談相手が見つかるのではないか、という思いもあったようです。締め切りの20日までに10件の入札があり、県内の男性が2400円で落札しました。「小さく割って販売したらいい」「記念碑にしてはどうか」などのアドバイスもあったそうです。

落札者は22日に現地を視察し、2017年春にも自費で現場で岩を砕いて撤去することを確認しました。地元協議会は「撤去の見通しがたって本当にうれしい」と話し、砕かれて残った岩は何かの形で有効活用する方針です。

益城町の障害者自立支援施設再建へ 九州ラーメン党が奔走  2016年12月12日

161212ramen1.jpg熊本地震で全壊した障害者自立支援施設で、作業所の再建工事が始まりました。

自立支援の作業所は、益城町木山でNPO法人「そよ風福祉作業所」が運営してきました。このNPO法人は、ラーメンを通じて被災地の支援を行っている「九州ラーメン党」が立ち上げ、障害者を雇用して弁当や惣菜の製造販売をすることで障害者の働き口を確保し、自立を支援してきました。

しかし、4月の熊本地震で作業所は全壊してしまいました。九州ラーメン党は再建に奔走し、これまで支援活動を行ってきた東日本大震災の被災地などから逆に支援の手が差しのべられ、作業所の再建にこぎつけることができました。

濱田龍郎代表は「熊本城もそうだが、益城町も復興のシンボルとして全国にアピールするような福祉村を作っていきたい」と話しています。作業所は12月末には完成する予定で、2017年4月には、同じ敷地に九州ラーメン党の店舗や民間ボランティアの拠点も設けられる予定です。

みんなの善意と力を合わせれば...御船町で農業用水の復旧作業 2016年12月3日 

161203nougyouboraA.jpg熊本地震とその後の大雨で使用不能になった 農業用水路を復旧するボランティア活動が御船町で行われました。

農家の支援活動などをしている「ふるさと発復興会議」が主催したもので、約50人のボランティアが参加しました。御船町と住民との座談会の中で、「農業用水路が石などが詰まって使えなくなっている」との意見がでたことから復旧作業を行うことになり、参加したボランティアは水がない用水路に入ってスコップなどで次々に石をかき出していました。

ふるさと発復興会議の河井昌猛議長は「できることから順番に片付けていき、少しでも農家の人にやる気を出してもらって、『どうにか解決できる』という思いをもって前向きになってもらえたら」と話しました。今後、御船町以外でも支援活動を行っていくということです。

水前寺競技場 地震から7か月半を経て一部再開      2016年12月3日

161203suizenjiA.jpg熊本地震で壁が崩れたり、観客席にひびが入ったりするなどの被害を受け閉鎖していた熊本市の水前寺競技場で、ようやくトラック部分の利用が再開されました。再開初日は朝から再開を待ちわびた高校の部活動の生徒たちが競技場を訪れ、練習に汗を流していました。生徒の一人は「今まで学校の駐車場で練習していたので(スパイクを履けなかった)。スパイクを履いてスタートの練習をしたい」と意気込んでいました。

利用できるようになったのはトラック部分のみで、芝のフィールド部分は張り替え工事のため来年8月頃まで使用できません。観客席にはまだブルーシートがかぶせられています。利用時間は午前8時半から日没までで、料金は1回100円、高校生以下は50円です。

地震で牧場が使えない大学と開園できない動物園が連携      2016年12月3日

161203toukaidousyokuA.jpgのサムネイル画像

熊本地震の影響で南阿蘇村の牧場が使用できない東海大学農学部の学生が、やはり地震の影響で休園中の熊本市動植物園で実習を行いました。実習先を探していた大学側の要請を受け、動植物園が動物ゾーンの一部を提供して実現しました。

実習を行ったのは応用動物学科の2年生90人です。学生たちは聴診器を使ってヒツジとヤギの体調を確認するなどしていました。学生の一人は「熊本地震以来初めて羊と触れ合うことができました。相変わらずかわいいです」と笑顔を見せていました。

動植物園の松本充史さんは「学生たちは動物のことを学びたくて大学に入ったと思うので、実習の体験を通じていろいろなことが学べるいい機会になってもらえれば」と話していました。動植物園での実習は今後も続けられます。

新しい天草1号橋「がんばろう熊本」がっちり握手      2016年11月28日

161128amakusaA .jpg2018上天草市と宇城市を結ぶ新しい天草1号橋(新天門橋)のアーチ部分がつながりました。結合部分には「がんばろう熊本」の大きな横断幕がつけられ、熊本地震からの復興に向けた思いをアピールしています。

新天門橋は熊本天草幹線道路の大矢野バイパスの一部となる予定で、現在の天草1号橋(天門橋)の北側に建設されています。新しい天門橋の長さは463mで、県が約80億円をかけて建設中です。当初は2017年3月下旬に完成する予定でしたが、熊本地震の影響などで工事が遅れ、2018年3月の完成、4月からの供用開始を目指しています。

台湾からのモニターツアーをくまモンがおもてなし       2016年11月28日

taiwan.jpg人吉市を訪れた台湾からのモニターツアー客の歓迎セレモニーに台湾でも大人気のくまモンが登場し、観光客をもてなしました。

モニターツアーは、一般に認知度が低い観光地や地域の特産品を紹介して参加者の感想を聞き、今後の観光客の誘致につなげる「お試し」ツアーで、一般的にあまり知られていない観光地や、地域のこだわりの食事をたっぷり味わってもらうのが特徴です。

今回のツアーは九州フィナンシャルグループ(FG)が熊本県や鹿児島県と協力し、台湾の富裕層向けに企画しました。松岡隼人人吉市長のあいさつの後、くまモンが登場すると大きな拍手が起き、あちこちで記念撮影の輪ができました。

人吉市など県南部は熊本地震の被害はほとんどなかったにもかかわらず、地震後は外国人観光客を中心に客足の落ち込みが目立っています。九州FGは外国人観光客を呼び込むことで、南九州エリアの経済活性化につなげていきたいと話しています。

益城町で仮設入居者と児童が交流会 1日限定スタバも     2016年11月27日

161127sutabamasiki.jpg熊本地震を受けて学校敷地内に建設された益城町の飯野小仮設団地の入居者と、飯野小学校の児童の交流会が飯野小で開かれました。団地住民と子どもたちが一緒に楽しめるようにと、三菱地所レジデンスや日本ペイントホールディングスなど複数の企業が協力して実現したものです。

飯野小の体育館ではコーヒーチェーン大手の「スターバックス」が1日限定のカフェが開き(写真左)、入居者など参加者がオリジナルのコーヒーを味わっていました。一方、仮設団地の「みんなの家」では、子どもたちが代わる代わるローラーやはけを使ってペンキで部屋の内壁に、校区のシンボルの飯田山や学校の校舎などを描いていました。

参加した入居者は「仮設に入って5か月になる。こういうイベントがあるといい」と話していました。交流イベントは来年以降も行われる予定です。

熊本市内のシネコン ようやく営業再開       2016年11月23日

1123sinekonA.jpg熊本地震の影響で休館中だったシネプレックス熊本(熊本市中央区大江)が、劇場名を「ユナイテッド・シネマ熊本」に変更し、約7か月ぶりに営業を再開し、早朝から行列ができるなど多くの人が訪れました。

シネプレックス熊本は熊本地震で建物の一部が壊れ、4月15日から休業していました。当初の12月の営業再開予定を前倒しし、11月23日から5スクリーン、26日からは9スクリーンで営業を再開。12月16日には座席の動きや風、水などの特殊効果で臨場感を高めた県内初の4DXシアターを導入して全館での営業となります。県内のシネコン営業再開は3件目ですが、熊本市内では初めてとなります。

12月15日までは震災復興特別チャリティー上映会として休館中に上映できなかった「名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)」など9作品を一律500円で上映します。収益の一部は被災者支援のため県に寄付されるということです。

願いを込めて児童がサクラを植樹 託麻東小         2016年11月22日

161122sakura.jpg熊本市東区の託麻東小学校で、全校児童950人全員が参加して、復興への思いを込めて校庭にサクラを植えました。

「熊本城が元に戻りますように」「大きくなりますように」「熊本が元に戻りますように」...

子どもたちは小さなスコップで順番にサクラの若木10本に土をかけながら、木に願いを込めました。サクラの木は来年春には花が咲くということです。

学校では、子どもたちが大人になる十数年後にサクラの花を見に来たときに、地震で気づいた感謝や絆、希望の大切さを思い出してほしいと考えたということです。

子どもたちが歌う地震まで「気づかなかったたいせつなこと」  2016年11月22日

161112issinutaA.jpg熊本地震で一時1600人が避難していた熊本市中央区の一新小学校で開かれた音楽会で、4年生が熊本地震を通じて得た自らの思いを歌詞にしたオリジナル曲を披露しました。

♪ いくつ朝が来れば 地震はおさまるの

♪ 夜になると思い出して 不安になってしまうの

タイトルは「気づかなかったたいせつなもの」。歌詞に込められているのは子どもたち一人ひとりの思いです。

「水とか食べ物の列に並んで給水車が来るのを待つのが大変でした」「地震なんて来なければよかった」「今の生活ができることがしあわせなことだったんだと思いました」

経験したことがない地震への恐怖。当たり前だと思っていた日常の大切さ。そして支援してくれた人たちへの感謝の気持ちでした。 

♪ 当たり前に過ごせる毎日が 幸せだったことに気づいたよ 

♪ 支えてくれたたくさんの人たちに 伝えたい ありがとうと

♪ このうたに願いを込めて

子どもたちの思いが詰まった歌が体育館に響きました。

益城町の「あの味」が地震乗り越え玉名市で再起    2016年11月21日

161124chikinA.jpgコッコローチキンは、国産の若鶏の中にニンニクや香辛料などを詰め込み、秘伝のタレで焼き上げた鶏の丸焼きです。益城町では松下瑞樹さん、亜希子さん夫妻が、亜希子さんの父の代から34年間店を営んできました。

しかし、4月の熊本地震の2度にわたる激しい揺れは、松下さんの自宅と店舗を直撃しました。自宅は地盤が沈下して床が傾き、玄関の階段も沈み込みました。プレハブで建てられた店舗(写真右上)は、店ごと1メートルも前に飛び出しました。ライフラインも寸断され、店の再開は難しい状況になってしまいました。家族の生活も車中泊からテント生活、さらには体育館の避難所へと転々。松下さんは益城町を離れる苦渋の決断をしました。

地震から7か月がたち、コッコローチキンは瑞樹さんの故郷、玉名市に店を移して、ようやく再開しました(写真右下)。店の顔である看板(写真左)は、益城町の店舗のものを取り外して取り付けました。

営業再開初日。新天地だけに不安もありましたが、「あの味」を待ちわびたお客さんからの予約が相次ぎ、60羽分用意した丸焼きは1時間もせずに完売。亜希子さんは「『場所が変わってもいいからお店を開いて』と多くの人が励ましてくれました。(再開を)待ってくれていたおお客さんもいて、本当にありがたいです」と感謝していました。

松下さん夫妻は「先のことはどうなるかわからないけれど、益城のお客さんにも販売できるよう、どうにかしていきたい」(亜希子さん)と、益城とのつながりを忘れずにいるつもりです。

コッコローチキンのホームページ は yubiyubi.pngこちら

「カッパの本屋」7か月ぶりに営業を再開      2016年11月18日

161118MARUBUNa.jpg熊本地震で被災し休業していた「カッパの本屋」として知られる熊本市の「金龍堂まるぶん店」がおよそ7か月ぶりに営業を再開しました。

熊本市中央区の上通アーケードにある金龍堂まるぶん店は、熊本地震で建物にはひびが入ったほか、雨漏りで商品の書籍約300冊の処分を余儀なくされ、修復や品ぞろえのため地震からずっと休業していました。営業が再開された18日朝には再開を待ち望んでいた客が列を作り、開店と同時にお目当ての本を買い求めていました。

店のシンボルとなっている3体のカッパ像も久しぶりに登場し、カッパを撮影する客の姿も見られました。店を訪れた人は「いつもは全然気に留めることなく(カッパ像を)見ていたんですが、見えなくなるとこんなにさびしいんだってすごく思いました。(また姿が見られて)うれしいですね」と話していました。

荒川俊介店長は「7か月ぶりに、やっとこの日が来て非常に感慨深い。カッパも今までと変わらず店の前でみなさんをお待ちしています」と再開の喜びを語っていました。

益城町の県道3.5キロを4車線に拡幅へ           2016年11月17日

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熊本市と益城町を東西に結ぶ県道熊本高森線の益城町広崎~寺迫間3.5キロが、現在の片側1車線(上下計2車線)から2車線(同4車線)に拡幅されることになりました。益城町などの要望に対し、蒲島知事(写真右中央)が「益城町の復興は県全体の復興であり、県が先行して整備することを約束する」と述べました。県は4車線化に向けた調査などを予算化する方針です。

県道熊本高森線は熊本市中心部では4車線化され、市電も通る「電車通り」となっていますが、現在は益城町に入ると車線が狭くなっています。拡幅されるのは熊本市東区と益城町の境界から、国道443号の交差点までです。

県と益城町が合同で12月9日から開いた住民への説明会(写真右)では、道幅を現在の2車線10メートルから、歩道も含めて27メートルに広げる計画などが示されました。沿道には約300戸の住宅や店舗などがあり、県は益城町と協力しながら用地買収を進めていく方針です。説明会では店舗兼住宅が対象となった住民から「移転しかない」「4車線化は当然と賛成しているが、自分たちが住む家まで引っかかるとは思っていなかった」などの声もあがっていました。

完成までには10年ほどの期間を要し、100億円以上の事業費が見込まれています。国の補助金を活用するため、県は新たにこの区間を「益城中央線」として、2016年度内に国の認可を得たい考えです。道路インフラの整備は熊本地震の被害が大きかった益城町の復興に向けた起爆剤としての役割が期待されています。

地震からの復興テーマに「高校生フェス」             2016年11月13日

161113koukoufesu.jpg県内の私立高校で学ぶ高校生が企画・運営する「第5回くまもと高校生フェスティバル」が熊本市中央区の花畑広場で開かれました。今年は「熊本地震からの復興」をテーマに、城北高校と九州学院高校の生徒がボランティア活動の成果などを報告しました。

パネルディスカッションでは佐賀県から参加した生徒が「熊本県外では熊本地震に関する情報が少なくなっている」と問題提起しました。参加者は「高校生の自分からも発信することが大事」などと、活発に意見を交わしていました。

阿蘇に地震後初の修学旅行生 沖縄の中学校から     2016年11月9日

161110asoryokou.jpg熊本地震後、阿蘇地域に初めての修学旅行生が訪れました。沖縄県南風原町立南風原中学校の3年生245人で、阿蘇市に入り、大観峰などを訪れました。地震後初めてということで、くまモンも「ようこそ阿蘇へ」と出迎えました.。

熊本県によると、一連の地震や阿蘇噴火の影響で修学旅行のキャンセルは県内でのべ1万8000人にのぼっているということです。

当店自慢の一品いかが 復興に向け大阿蘇ジャンボリー     2016年11月6日

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熊本地震で被災した阿蘇の旅館や飲食店など約120の団体が集まって自慢の商品を販売する「大阿蘇ジャンボリー」が開かれ、多くの人でにぎわいました。

地震以降休業が続く南阿蘇村の地獄温泉からは老舗の温泉旅館「清風荘」が出店し、特製の味噌に野菜をふんだんに使った豚汁を販売しました。このほか、大きな被害を受けた阿蘇神社の復興に売上の一部を寄付する「蛍丸サイダー」なども販売され、復興を後押ししようと多くの人が買い求めていました。

蛍丸サイダーの記事は yubiyubi.png こちら

どうさばく3兆7850億円の復興需要 要員確保が課題に       2016年10月27日         

熊本県は将来の建設産業の担い手確保に向けて「建設産業イメージアップ戦略」を進めています。建設産業の力、県民の安全・安心を支える仕事の魅力を広く知ってもらおうと、10月27日にはPR動画を制作しました。

地震発生直後は全国から復旧応援に多くの人が集まりました。インフラがほぼ復旧すると、こうした応援要員は次第に減っていきますが、復興の取り組みはむしろ、これからが本番です。一連の地震による被害額は熊本県の試算で3兆7850億円。元に戻すだけで、コストダウンせずに2020年の東京五輪が開催できるだけの予算が投入される計算です。復興は息の長い取り組みとなります。大きな課題として浮上しているのが復旧・復興要員の確保です。

161021DOBOKUa.jpg10月25日には熊本市内の高校で土木を学ぶ高校生たちが、熊本地震で大きな被害を受けた現場を見学しました。被害の現場を訪れたのは、熊本農業高校、開新高校、熊本工業高校の農業土木科や土木科の生徒たちです。

熊本地震からの復旧・復興に向けて、県内では建設土木工事が増加しています。しかし、高校で土木を学ぶ生徒の3分の2は土木や建設業界に進まないといいます。9月の熊本県の有効求人倍率は復興需要に押し上げられて過去最高の1.38倍に上昇し、統計を取り始めた1963年(昭和38年)以来、初めて全国平均に並びました。この見学会は被災地を見て就職先として考えてほしいと、熊本県建設業協会が企画しました。

南阿蘇村の大規模な土砂崩落現場を訪れた生徒たちは、県の担当者から被災の現状を聞きながら、被害の様子を確かめていました。多くの生徒は被災現場に初めて来たということで、変わり果てた風景に息をのんでいました。土砂崩れで道路が寸断され、いまだに復旧作業が始まっていない現場も見学したほか、楼門が倒壊するなど大きな被害が出た阿蘇神社も見学しました。

見終わってから「道路整備などの仕事がしたいと思った」「早く土木を勉強して将来役に立てるようにしたい」と話す生徒もいました。自分の目や耳で被災現場を体感し、自分たちが学ぶ土木の重要性を感じた高校生たち。この日学んだことはレポートにして、今後の勉強に生かしていくということです。

「少しでも恩返し」鳥取地震被災地にブルーシート7000枚  2016年10月23日

161024buru-si-to.jpg21日に発生した鳥取県中部地震を受けて、熊本県はブルーシート7000枚を鳥取県倉吉市へ届けました。

鳥取県では地震によって383棟の家屋で瓦が落ちるなどの被害があり、震度6弱を観測した倉吉市役所では、地震直後からブルーシートを求める人の長い行列ができました。熊本県は、地震が発生した21日夜、熊本地震で全国から寄せられ備蓄していたブルーシートを現地に送り出すとともに、2人の職員を被災地に派遣しました。

ブルーシートは23日に到着し、熊本県公務員課の佐藤豊主幹は「(熊本地震で)いただいた支援に少しでも恩返しできるようにという思いもあって、取り急ぎ持参した」と話しました。

また、熊本県教育委員会も子どもたちの心のケアや学校での避難所運営を支援するため、職員2人を2回派遣し、第1陣は24日から現地で活動を始めました。

熊本大学が益城町に「ましきラボ」 復興支援拠点に      2016年10月19日

001.jpg熊本大学が益城町の復興に寄り添う拠点として建設していた「ましきラボ」が秋津川河川公園内に完成し、開所式が行われました。式典にはラボを設立した熊本大の原田信志学長や、益城町の西村博則町長が出席。原田学長は「この場所が、被災地に寄り添うための拠点となることを目指す」と話しました。

「ましきラボ」は広さ15平方メートルのコンテナが2棟とウッドデッキのオープンスペースが設けられています。役場だけでは拾いきれない住民の要望や意見を熊本大などの専門家が聞いたり、学生ボランティアが支援拠点として使ったりする役割を担います。当面は毎週土曜日午後、学生や教員が交代でラボに待機する予定です。

熊本市で熊本地震の慰霊祭しめやかに         2016年10月15日

熊本地震から半年がたつ中、熊本市で慰霊祭が行われ、遺族や市民などが黙とうをささげました。

母親を亡くした遺族代表の冨永眞由美さんは「お別れの言葉」のなかで「私たちが亡くなった家族の意思をしっかりと受け継ぎ、これまで以上に元気を出して生きることが心の傷跡を癒し、地震の傷跡を修復し、さらには熊本を発展させることにもなると思います」と述べました。大西一史市長は「一日も早く震災前の安心な暮らしを取り戻せるよう全力を注ぐ」とあいさつしました。

熊本地震ではこれまでに関連死を含め110人が亡くなっており、そのうち熊本市では47人が亡くなっています。

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被災した神社に活気を 熊本市で高校生が土俵づくり     2016年10月13日放送

161013dohyouA.jpg熊本市にある小さな神社で、子どもすもう大会の土俵が新しくなりました。作り直したのは、建築を学ぶ球磨工業高校の生徒たち。熊本地震で被災したこの地域に元気を届けたいと汗をかきました。

熊本市東区画図(かず)町にある下無田(しもむた)神社は、地域の氏神として親しまれてきましたが、熊本地震で鳥居や狛犬が倒壊するなどの被害を受けました。この神社では毎年10月に子どもすもう大会が開かれていますが、20年以上前に地元の消防団員が造った土俵にも苔が生えてしまっていました。このままでは地域の活気が失われてしまう――。復興の足がかりになればと、球磨工業高校建築工学科の生徒が改修を引き受けました。建築工学科教諭のの髙松孝規さんは「地域の方と一緒に作業をすることで、自分たちが勉強していることが役に立つという実感が得られると思う」と話します。

改修は、土間を作るのに使われた「三和土(たたき)」と呼ばれる工法で行われました。丁寧に掘り起こした土を伝統的な道具でたたき、固めていきます。近くに住む子どもたちもお手伝い。土俵を囲む俵には校区の綱引き大会で使っていた大綱が使われ、見事な土俵が蘇りました。

仮設住宅の運営で福島から益城にアドバイス         2016年10月13日

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東日本大震災や福島第一原発事故の影響で、いまだに避難生活を送っている福島県の仮設住宅の自治会長が13日、益城町の広崎仮設団地を訪問しました。

益城町を訪れたのは、福島県の富岡町緑ヶ丘応急仮設住宅自治会長の北崎一六さん(写真右から3人目)です。北崎会長は震災直後から約5年半にわたり、仮設住宅団地の自治会長を務めていて、その経験を益城町の仮設団地の自治会長に伝えるため訪れました。

北崎会長は東日本大震災の発生から半年後に自らが直面した課題について、「仮設住宅の中に派閥ができると、住民同士のコミュニケーションが減り、孤独死につながる。自治会が派閥をうまく取り込む必要がある」と伝えました。これに対して広崎仮設団地の田原八十八自治会長は「自分は毎日、各世帯を回って安否を確認している」「今、仮設住宅に住んでいる53世帯が友人になって(まとめて)復興住宅に入るというのが最終的な目標です」と語りました。

店と自宅を失った女性理容師 仮設団地で「交流の店」再開   2016年10月13日放送

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経営していた理容室と自宅を熊本地震で同時に失った1人の女性が、仮設団地に店を再開させました。

理容師の吉本洋子さん(63)は、仮設住宅で建設業を営む夫と2人で暮らしています。地震の前には益城町に理髪店を持ち、客のほとんどは顔なじみの近所の人たち。吉本さんとの会話を楽しみに訪れる人も多くいました。

161013tokoyaB.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像しかし、地震で理容室の建物は傾き、中に入ることはできなくなってしまいました。さらに地震から2か月がたった7月、傾いた店は無残にも崩れ落ちてしまいました(写真左上が地震直後、下が7月の店)。「お店はもうあきらめるしかなかった。夢にも思わないことでした」という吉本さん。家も大規模半壊とされ、自宅と理容室を同時に失ったときは「気持ちが空洞になる感じもあった」といいます。

吉本さんは「地震ですべてを失ったからこそ、同じように傷ついたお客さんの気持ちを和らげることもできる」と考えました。

思い出が詰まった理容室の建物にはハサミや鏡などの商売道具が残ったままでしたが、吉本さんは理容師の組合から必要な道具を借りて、仮設住宅の中で店を再開させることにしました。

昔からの常連客は「いきつけでないと。やっぱり奥さんがよかですよ」と、仮設の店を訪れてくれます。吉本さんは、聞かれればつらい体験もいとわず話します。常連だった人が訪れてくれる一方で、仮設団地に顔なじみの人はほとんどいませんが、それはほかの入居者も同じ。吉本さんは「(かつて)近所の人が(団地に)いても会うまでわからず、お互いにここだったのって(驚く)ことも。お店を髪を切るだけでなく、仮設団地で暮らす客同士が交流できる場にしたいと考えています」と話します。

仮設住宅には、18年間腕を振るった理容店の看板(写真下)が大切に保管されています。

「宝物ですよ。これがあったから今までも張り合いがあったし、今からも張り合いを持ってやっていきたいと思います」

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熊本大学生が仮設住宅の住民動向調査         2016年10月11日放送

161011KUMADAICYOUSAa.jpg益城町の仮設住宅を熊本大学の学生が訪問し、住民のニーズを聞き取る調査が続けられています。

益城町の仮設住宅に住む人への聞き取り調査は、益城町から委託を受けた熊本大学の円山研究室の学生たちが6月末から始めました。仮設住宅を退去後に必要となる災害公営住宅の戸数や、入居を希望する地域を事前につかむことなどが目的です。

これまでの大学の調査で、仮設住宅に住む世帯のうち7割を超える世帯が、退去後も益城町での生活を希望していることがわかっています。益城町は、今年12月に策定する復興計画に、今回の調査結果を反映させる方針です。

大津町役場の中に南阿蘇村の駐在所          2016年10月11日

161011oozucyuuzaiA.jpg南阿蘇村は、村の外に避難している住民の相談などに応じるため、11日から避難している人が多く住む大津町役場の仮設庁舎の中に駐在所を開設しました。

南阿蘇村の立野地域は土砂崩れのおそれがあるため避難勧告が続いていて、344世帯のほとんどが地域の外の仮設住宅などで生活しています。このうち100世帯あまりが大津町で避難生活を送っているため、南阿蘇村は大津町役場の仮設庁舎の中に、村の職員が働く駐在所を開設しました。駐在所では、南阿蘇村の職員が村の外に避難している住民に、り災証明書などの説明や、最新の復旧・復興状況などの情報を提供します。

訪れた南阿蘇村からの避難住民は「り災証明の支援金の件で相談に来ました。近場で相談できるので本当に助かる」と話していました。駐在所が開設されるのは平日の月曜日と木曜日で、いずれも朝9時から夕方4時まで。駐在所の主な業務は行政手続きの相談や説明で、住民票などの発行はできません。各種の証明書は大津郵便局で受け取ることができるということです。

益城町図書館再開 被災地ならではの新たな展示も     2016年10月1日

熊本地震で大きな被害を受けた益城町図書館が1日、5か月半ぶりに再開されました。

益城町交流情報センター「ミナテラス」内にある益城町図書館は、4月の地震で本棚が倒れ、照明が落ちるなどの被害を受けました。14万冊あった本は散乱し、中には濡れてカビが生えたり、折れ曲がったりする本もあり、読めるかどうかの点検も大変でした。

161001mashikiD.jpg再開に当たって、図書館は避難所に貼ってあったものや支援物資、地震後に撮影された住宅の写真などの資料の展示を始めます。町民に地震の身近な資料の寄贈を呼びかけ、集めたもので、展示されたのはそのごく一部。残りンお資料も分類・整理した後、順次公開していく予定です。司書の西村まみさんは「被害が甚大だった益城町の図書館だからこそ、その記録を後世に残さなければいけない」と話します。

余震に備えて、図書館には来館者に貸し出すヘルメットが常備され、「揺れを感じたら棚から離れてください」という注意書きが貼り出されています。

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長かった5か月半...南阿蘇村でようやく水道 なお断水地区も      2016年10月1日

161001asomizuA.jpg160928asomizu1.jpg熊本地震の影響で、断水が続いている南阿蘇村の上水道が1日、5か月半ぶりに長野地区と袴野地区の150世帯余りで復旧しました。住民はおよそ5か月半ぶりに台所の蛇口から出る水に喜びの声をあげていました。

南阿蘇村では9月に入っても、なお8地区の690世帯、1680人に水が届かない状態が続いていました。村では水道施設の新たな水源を確保するため、地下水のボーリングを行って9月7日からくみ上げ作業を始め、水道に使用できるかどうかの水質検査などを進めていました。

その結果、被害が大きい6つの地域のうち、まず長野地区と袴野地区(地図参照)で上水道が再開できる見通しが立ち、9月29日の住民説明会で長野敏也村長が「数日中にも送水を始めたい」との考えを明らかにしていました。しかし、配水管に土砂がたまるなどしているため、この両地区でもまだ水が出ていない世帯があるということで、村では土砂を取り除くなどして、水が出る範囲を1日も早く広げていく方針です。

161001asomizuC.jpg自宅が断水しているため避難所や仮設住宅で暮らしている人もいますが、水が出ない自宅で暮らしている人も少なくありません。長野地区では長野岩戸神楽(ながのいわとかぐら)で知られる長野阿蘇神社の横に、給水所が設けられています。長野地区では地震の後、いったん水道が復旧したのですが、6月の豪雨で施設が破損してしまいました。160907asomizu4_R.jpg家屋に大きな被害がなかった住民は、水が出ない自宅で暮らしています。

81歳の女性も毎日この給水所で生活用水を確保しています。「やっぱり水が一番ですね。電気より水が一番。私のところには牛がいるので、なるべく牛に残してこの水をやると、喜んで飲むんです。何もいらん、水さえあれば、飲まれるけど」。1日1回、シニアカーに積めるだけ水を積みますが、それでも足りないそうです。

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16頭の牛を飼育している山口達志さん[60)も、水が出ない自宅で暮らしています。毎日、別の地区の湧水池まで水を汲みに行き、牛に水を飲ませています。「やっぱり牛が私たちの一番の命だから、何とか毎日水を確保して。もう大変です」。牛舎には水を自動的に流す装置をつけているところが多いのですが、水道が復旧しないために使えず、水やりは重労働です。

牛を飼育する農家には、毎日大量の水を汲みにいくのも大きな負担です。地震や大雨の被害を受け、あちこちで路肩が崩れた道路を通って、別の地区まで行き、水を確保しなければならないのです。30頭の親牛を飼育する松岡英行さん(60)は多い日は、こうした道を1日2往復します。3往復することもあるそうです。「牛も人間と同じで朝昼晩ご飯を食べて水も飲まんと、飲ませないとかわいそうなので」。松岡さんも1日も早い膵臓の復旧を切望しています。

asomizu3_R.jpg長野地区には水が出ないまま営業を続けている美容室もあります。この店の後藤良子さんは「水が命の美容室なんでどうしても必要じゃないですか。夢見ますよ。水が出る夢を」家族が毎日組んできた水を庭のタンク(写真左)に入れ、配管を通して店に流し、営業を続けています。水を汲んできてでも店を続ける理由について、後藤さんは「女の人は髪型が違うと困るので、ここと決めたらほか(の美容室)には行かれない」と話します。

公費解体に遅れ 廃棄物仮置き場が益城町に        2016年9月30日

1609302JI9.jpg地震で被災した家屋の解体が遅れています。被災した家屋の解体は公費で行われるのですが、解体で出る災害廃棄物を受け入れる場所が足りないことが一因と言われています。

県内の公費解体は約3万棟にのぼるとみられていますが、9月9日の時点で解体が完了したのは563棟にすぎません。被害が大きかった益城町では約2300棟の公費解体の申請がありましたが、29日までに完了したのは88件にとどまっています。

町が申請の受け付けを始めた6月に解体を申し込んだ家も、まだ手付かずの状態です。被災者にとって家の解体は生活再建に向けた大きな一歩になるだけに、解体工事の加速を求める声が強まっています。

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遅れの理由はさまざまですが、ある解体業者は災害廃棄物の受け入れ体制の遅れを指摘します。益城町は益城中央小学校跡地を災害廃棄物を保管する「1次仮置き場」(写真右)としていますが、運び込まれる廃棄物の量が多く、週に2日は受け入れをしていません。この業者は「受け入れ休止日に運び込まれた廃棄物を撤去してくれればいいのに、それができていないない」と指摘します。

災害廃棄物の処理は各市町村が行うのが原則ですが、熊本県は被害が大きかった益城町、南阿蘇村、宇土市など7つの市町村から委託を受け、災害廃棄物の処理を行ってきました。市町村が設置する1次仮置き場の収容能力不足を補うため、これら7市町村の災害廃棄物をさらに一時的に受け入れる「2次仮置き場」を設けることになり、益城町のテクノ仮設団地に隣接する東京ドーム2個分、9.8ヘクタールの県有地(写真下)を使って、30日から木くずの受け入れを始めました。近くコンクリートや瓦などの受け入れも始めます。

県災害廃棄物処理支援室の馬場一也室長は「1次仮置き場の負担軽減や、本格化する公費解体のスピードアップにつなげたい」と話しています。

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手話で語る地震の体験 熊本ろう学校の挑戦      2016年9月25日

160925syuwaA.jpg手話の表現力などを競う「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」が鳥取県倉吉市で開かれ、熊本地震の体験を発表した熊本ろう学校チームが見事、初優勝しました。

この大会は聴覚に障害がある人たちへの理解を深めてもらおうと、鳥取県が毎年開いています。今年は全国の予選を勝ち抜いた20チームが参加し、開会式では秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまが手話を交えて「大会を通して聴覚に障害がある方々と、大切な言語である手話に対する理解が一層深まることを願います」などとあいさつしました(写真上)。

160925syuwa6.jpg各チームは、手話を使って8分以内で表現します。熊本ろう学校高等部のチームは(上写真、左から順に)2年の山口翔さん、徳永強さん、1年の中村美南海(みなみ)さん、2年の坪井誠さんの4人で熊本地震の体験発表に挑みます。4人は「練習の成果も熊本の人たちの気持ちも全部込めて、一生懸命表現できたら」(坪井さん)と練習を繰り返し、表現を磨いてきました。

発表の順番は最後。否応なく緊張感が高まります。そして迎えた本番。発表は「4月14日午後9時26分、震度7の大地震が熊本を襲った」という徳永さんの手話から始まりました。

160925syuwaD.jpg160925syuwaB.jpgのサムネイル画像徳永さんは、坪井さんとともに運動場に避難しました。生徒たちを度重なる余震が襲い、緊張、恐怖と不安で泣き出す生徒もいたといいます。真っ暗な運動場では誰がいて、誰がいないのかも確認できません。暗くて手話が使えず、意思の疎通もままなりませんでした。そんな時、運動場に先生たちが車で駆け付けてくれました。「ライト、ライト、ライト。暗かった運動場が明るく照らされてほっとした」。救いの光が差した時の気持ちを全身で伝えます。

坪井さんは学校の寄宿舎で勉強中、突然、大きな揺れを感じました。とっさに机の下に潜り、次々に物が倒れる中、揺れが収まるのをじっと待ちました。「今まで経験したことがなかったので、とても怖かった」。その経験を全身を使って表現します。

山口さんも真っ暗な道路に出たときの「情報を閉ざされた状況」を精一杯伝えます。「暗い道路で最初は何も見えなかったが、そのうちいくつかの携帯電話の画面が暗闇に浮かび上がった。周りに人がいて、情報を得ようと携帯電話を見ている。一人ではないんだとわかって、安心しました」。

中村さんが伝えたのは、地震の様子だけではありませんでした。中村さんは天草市御所浦町の家族と離れ、熊本市で生活していました。家族の中で1人だけ耳が不自由で、情報がない孤独にさいなまれ、父親に反抗しがちだったといいます。しかし、父親は4月16日の本震の4時間半後に、御所浦町から船と車を乗り継いで駆けつけてくれました。「お父さんは『地震怖かったね。大丈夫だから一緒に家に帰ろう』と言ってくれた。助けに来てくれて、はっと思った。お父さんありがとう。今までごめんなさい。感謝の気持ちがいっぱいになった」。中村さんは、手話でその時の思いのたけをぶつけました。

160928SYUWA10.jpg審査の結果、正確な手話や豊かな表情で被災当時の体験がよく表現されていることなどが評価され、グランプリに。賞状を受け取る中村さんの目には感謝の涙がありました。

4人は10月3日県庁を訪れ、宮尾千加子県教育長に優勝を報告しました。宮尾教育長は「涙が出るほど感動した。全ての県民に大きな勇気を与えてくれた」と手話を交えて4人の健闘を称えました。

東海大農学部 地震で中止の農業実習を再開      2016年9月23日

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南阿蘇村のキャンパスが地震で被災・閉鎖されている東海大農学部が、合志市の県立農業大学校の農場を借りて農業実習を再開しました。

農学部の授業は、熊本市のキャンパスに場所を移して7月から再開されていますが、実習は行われていませんでした。この日はチンゲンサイなどを植え、学生たちは久しぶりの実習に笑顔をみせていました。収穫は12月に予定されています。

被災の惨状と希望を描き続ける「震災画家」        2016年9月23日放送

160923GAKA0.JPG熊本地震の被災地を訪ね、記憶を後世に伝えようと絵筆を走らせる男性がいます。埼玉県の油絵画家、鈴木誠さん(44)です。

鈴木さんは自らを「震災画家」と呼んでいます。5年前の東日本大震災では、これまでに東北4県で120か所以上を訪れ、地震などの自然災害に見舞われた被災地で感じた思いを作品にしてきました。「震災の惨状がわかるということ、その中で少しでも希望が感じられることが一番重要かな」と話します。

160923gakaC.jpg熊本地震以降、県内で16か所目となる場所は、益城町にある木山神宮。およそ260年前に建てられた本殿は1階部分が崩れて全壊し、参道のいたるところも、まだな壊れたままとなっています。鈴木さんは神社の歴史を感じながら、入念に絵の構図を決めていきます。

「本殿が屋根ごと落ちてしまっている震災の現状と、その中でも参拝客のためのテントを設置して今でも拝めるように配慮している。その2点が重要です。少しだけ咲いている赤い花は希望の花にもとらえられます」

神社を描き始めて2時間余りたったとき、1組の家族が、先月生まれたばかりの娘の初宮詣に訪れました。この様子を見た鈴木さんは、作品の仕上げに、青色を描き足しました。

160923gakaB.jpg「人々に親しまれている場所なんだな、と。初宮詣を見たときにひときわ明るく感じた。子どもが天高く昇っていけるところがまだあるよ、と空に青を差し込んでみました。完成した絵を見に来た神社の宮司、矢田吉定さんは「遠近感が出ていて素晴らしい」とうれしそうです。

「地震という天災があっても必ずいつか花が咲くんだと。東日本大震災でもそうだったように、熊本もそうなってほしいと思います」。鈴木さんは絵を描くことで、これからも熊本を応援し続けます。

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学び舎に音楽で恩返しを 平成音大卒業生がコンサート     2016年9月22日

160922heiseiondaiA.jpg九州唯一の音楽単科大学、平成音楽大学は、熊本地震で御船町の校舎に大きな被害が出ました。「お世話になった学び舎に音楽で恩返しをしよう」と22日、卒業生たちがコンサートを開きました。

160922heiseiondai4.jpg「平成音大出身の仲間で母校へのエールと感謝を送るつもりで、みんなで頑張って演奏したいと思います」(卒業生・松原美香さん)

平成音大は熊本地震で、教室やコンサートルームの天井が落下するなどの被害が出ました。コンサートには県内外で音楽活動に励む卒業生15人が参加。復興への思いを込めてさまさまな楽器を演奏し、大学再建のための募金を募りました。会場には100人以上が集まり、卒業生たちの思いがこもった演奏に聴き入っていました。

宇土市役所解体は市民の食用油で 市と2社が協定書     2016年9月21日

160921uto.jpg地震で被害を受けた宇土市の庁舎を解体する重機の燃料に、家庭などから回収した使用済みの食用油をバイオディーゼル燃料として活用することになり、協定の締結式が行われました。

宇土市の仮庁舎で行われた協定締結式には、宇土市の元松茂樹市長(写真中央)と、解体を担当する西松建設、廃油を精製してバイオディーゼル燃料を作る熊本市の「自然と未来」の代表が出席し、協定書に捺印しました。

宇土市が市民から回収した使用済みの食用油を「自然と未来」が精製し、西松建設が燃料として使う仕組みです。元松市長は「市民から回収した廃油を解体工事に使うことで、市民に復興に参加しているという意識を共有してもらえれば」と話しています。

南阿蘇中初めての体育大会 感謝と元気表し復興を誓う        2016年9月17日

160917undoukaiB.jpg南阿蘇村の南阿蘇中学校で、初めての体育大会が開かれました。生徒たちは応援合戦や集団演技で支援に感謝し、元気に復興を誓っていました。

南阿蘇中は旧白水、久木野、長陽の3中学校が統合して4月に発足しましたが、5月に予定されていた体育大会が地震で延期されていました。地震後の後、16人が転校し、およそ45人は今でも仮設住宅から登校していますが、この日は校舎に掲げられた「南阿蘇に力を」の横断幕の下、元気いっぱいでした。

熊本地震の被災地ではこの日、西原村と甲佐町の小中学校でも運動会や体育大会が開かれました。

益城町最後の避難所10月末に閉鎖 西村町長表明    2016年9月16日

160916masikiA.jpg熊本地震で2度の震度7に見舞われ、大きな被害が出た益城町の西村博則町長(写真上左)は16日に記者会見し、町内でただひとつ残っている益城町総合体育館の避難所を、10月31日めどに閉鎖すると発表しました。10月中旬に建設中の仮設住宅が完成し入居が進んでいること、体育館の損傷も直す必要があることなどを閉鎖の理由にあげています。

総合体育館には16日現在でなお214人が避難しており、うち約60人は仮設住宅等への入居が決まっておらず、ほとんどが自宅での生活再建を望んでいます。町は避難所閉鎖までに一人ひとりの要望を聞き取り、個々の状況に応じた支援を行いたいとしています。

阿蘇登山道路ようやく再開 完全復旧はなお1年近く      2016年9月16日

160916kaeasotizu_R.jpg熊本地震で通行止めとなっていた県道阿蘇吉田線の通行が16日、およそ5か月ぶりに再開され、阿蘇山上に観光客が戻ってきました。

通行止めが解除される前からゲートの前には観光客らの車の長い列ができ、午前10時にゲートが開くと片側の崩れた車線を横目に、草千里方面へと登っていきました。

阿蘇山上や草千里などに続く県道阿蘇吉田線は阿蘇に登る登山道路のひとつですが、阿蘇市黒川から山上広場までの約10キロの区間が全面通行止めとなっていました。観光客は「阿蘇山が好きで(千葉から)熊本に引っ越してきた。阿蘇がみられて恋人に会える、恋人の顔を見られるそんなうれしさです」「山を見て(地割れなどの被害に)びっくりしたけど、観光に来られないほどひどいわけではないんだなと思いました」と話していました。

ロープウエー乗り場の2階にある「阿蘇スーパーリング」では、阿蘇の四季を映し出すプロジェクションマッピングの上映が再開されました。草千里周辺の女性従業員は「うれしい。車が連なってきているのを見たらとてもいい気分です」と喜んでいました。阿蘇市観光協会の稲吉淳一会長は「光が見えた。頑張りたい」と話しています。

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ただ、当面は片側交互通行の区間も多く、通行時間は午前7時から午後7時までとなっています。草千里展望所周辺の道路について熊本県が7月22日、現地で説明した復旧案によると、工期は1年ほどかかり、草千里への道が完全に復旧するのは来年夏になる見込みです。

160722KUSASENRI.jpgのサムネイル画像展望所付近はおよそ600メートルの区間で道路の崩落や地割れが見られ、展望スペースが完全に崩落しています。県は阿蘇市に対し、元と同じ場所に復旧する案、元の場所より5メートル程度山側に道路を通す案、これまでの道とは全く異なる場所に、最短ルートで道路を通す案の3案を示していました。元の場所に通す第1案は工期が1年数か月かかり、来年夏でも復旧が終わりません。最短ルートを通る第3案は工期は数か月しかかかりませんが、観光客が草千里周辺の店舗などを素通りしてしまう可能性があり、第1案より山側に道路を通す第2案で完全復旧を図ることになりました。

大型客船徐々に回帰 外国人観光客の回復に期待           2016年9月15日

160915DIAMONDA.jpgイギリス船籍の大型クルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス」が9月15日、「熊本の復興を応援しています」と書かれた横断幕を掲げて八代港に寄港しました。乗客はおよそ2700人で、アジアやヨーロッパからの観光客が7割を占めているそうです。ダイヤモンド・プリンセスの八代港への入港は初めてで、八代市役所の職員などが、秋に八代市で開かれる妙見祭(みょうけんさい)や全国花火師大会をPRしていました。

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熊本地震以降に県内に最初に寄港したクルーズ客船は、7月7日に八代港に入港した世界最大級の客船「クァンタム・オブ・ザ・シーズ」です。「がんばれ熊本」と書かれた横断幕が掲げられました。中国・上海から訪れたおよそ4000人の乗客は、船をおりると100台を超えるバスに分乗し、観光や買い物に出発しました。

その半数以上が訪れたのが、熊本城近くの城彩苑です。観光客は「熊本は初めてですが、とても美しい街で、熊本の人にもいい印象を持ちました」「熊本城は雄大なお城ですね。中まで入れず残念です」などと話していました。お店の人は「久しぶりに活気が出て、私たちも元気をもらって前向きに頑張ろうという気になってありがたい。本当に感謝、感謝です」と笑顔でした。

熊本港は水深が浅いため、大型客船は八代港に寄港することが多く、観光客は八代から貸し切りバスなどで熊本市などに向かいます。しかし、寄港時間は1日のみがほとんどで、客船の観光客が八代から離れた地域を訪れることはあまりありません。

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160526NIPPON.jpg5月25日には大型クルーズ客船「にっぽん丸」(2万2472トン)が天草市の本渡港に寄港しました(写真上)。本渡港の桟橋では地元の住民がお茶やお菓子を配ったほか、ハイヤ踊りで乗客を出迎えました。

本渡港は大型客船が接岸できないため、同船は3キロ沖合に停泊し、約320人の乗船客は小型船で桟橋に移動。バスなどで天草観光へ向かいました。

天草市では熊本地震の影響で1万人以上の観光客のキャンセルが出ていて、船内のフロントロビーには募金箱が置かれ、25日には募金箱に寄せられた乗船客からの募金が県の担当者に手渡されました(写真下)。

 

「液状化校区」地震から5か月復旧進まず どう立て直す     2016年9月14日放送

160914ekijoukatizu_R.jpg地震によって住んでいる場所の地面が沈んだり盛り上がったりした結果、家が傾くーー熊本地震では大きな揺れによる「液状化」の被害が少なくとも18の市町村で確認されました。なかでも被害が集中したのが熊本市南区の住宅地。通称「川尻市道」沿いの南北およそ5キロにわたる日吉校区と力合(りきごう)校区の復旧に向けた動きを取材しました。

160914ekijoukaABC.jpg液状化現象とは、地震の強い揺れで地盤が揺らされ、土と地下水が混じり合い、土砂がまじりあい、土砂が地上に噴出して地盤の隆起や沈下などを引き起こすものです。日吉校区と力合校区では、地盤沈下や地面の隆起で建物などが埋もれたり傾いたりする被害を受け、自治会などのアンケート調査では、全体の約8割にあたる184世帯が被害を受けたと回答しています。地震から5か月たっても、傾いたままの電柱があります。その元には、液状化で吹き上げた砂が残っています。一部解体し、更地になったところもありましたが、傾いた家屋やでこぼこの道路に大きな変化はありませんでした。

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宮本利春さん(78)は、液状化で傾いた家に住み続けています。家の土台が液状化で沈み、「家全体が西側に滑っている」ということです。家の傾きで庭に面したサッシは勝手に閉まり、部屋に入っても西側はまっすぐに立っている感覚がありません。宮本さんは「隣近所もみなさんいい人ばかりで、取り壊して建て替えるとしてもここに住もうと思っている」と話します。しかし、自治会の調査には、およそ3分の1の世帯が「転居したい」「悩んでいる」と答えています。

日吉、力合校区の住民たちは6月26日、復興対策協議会を立ち上げました。発足式には校区内の自治会長や被災者の代表など23団体45人が参加し、被害状況の取りまとめや早期の復興に向け活動していくことを確認しました。日吉校区自治会連合会の荒木優会長(対策協議会副会長)は「行政にこちらが求めている情報を流し、行政からの情報を得て、早く復興できるように活動していきたい」と語りました。熊本市もすでに調査を進めていて、液状化対策について専門委員会も立ち上げるなどして、地域一体で地盤を改良することも検討しています。しかし、液状化被害が広い範囲に及んでいるため、道筋はまだ示されていません。

160914ekijoukaMATOME.jpg荒木さんは「まだ復旧にも至っていません。川尻市道の左右の土地を再度液状化しないよう、地盤を固める方法がある。個人負担がどのくらいになるのか、行政には早く示してほしい」と話します。要望に対して大西一史熊本市長は「土地の被害は個人負担すればものすごくお金がかかる。市独自の支援策ができるのかどうかも含めて、なるべく早く結論を出したい」と話しています。

記憶を記録に残す帯山地震体験記 「怖かった」で終わらせない  2016年9月14日放送 

160914sassiA.jpg行政や報道機関に頼らず、地震で被災した記憶を記録に残している人がいます。「熊本地震体験記集」という冊子を作ったのは、熊本市中央区帯山に住む浅田興司さん(75、写真上左)。住まいの帯山校区(写真上右)は、地震から5か月がたってもブルーシートが目立ちます。帯山地区では地震前から住民の防災への意識が高く、地震を想定した避難訓練を行ってきました。

4月の地震では住民たちが独自の災害対策本部「チーム帯山」を組織し、炊き出しやひとり暮らしの高齢者の支援活動に奔走しました。浅田さんは「(訓練とは)相当違いました。でも訓練で『ここが集まる場所だ』と知っていたために、みなさんそこに行かれた。そこは(訓練していて)よかった」と振り返ります。

浅田さんは地震から1か月たって、記録を残す取り組みを始めました。「今まで体験したことがないような大きな災害の時に、(支援を)一生懸命やっている瞬間は何もかも忘れてやるが、落ち着いてしまうとだんだん記憶が薄れて、最後はただ『怖かったな』で終わってしまう。それではもったいないなと(考えた)」。

地震直後の行動は?避難所でどんな支援をしたのか?--浅田さんは地元の民生委員などひとり一人に当時の様子を教えてほしいとお願いしました。続々と集まった35人分の原稿。パソコンが得意な浅田さんは、原稿の校正から製本まで1人で行います。冊子には浅田さん自身の行動も記されています。

「4月17日。ブロック塀がいたるところで倒れ、車での避難の障害になる。全部写真に撮り町内地図に貼り付け作業をした」。翌日土木センターにこの地図を持っていったところ、21日には撤去されたそうです。浅田さんは「3日できれいにしてくれた、こういうことは素早くやったことは非常に良かった」と浅田さんは言います。一方で、冊子には「指揮を執る人、司令塔がいなかった」「各指定避難所に井戸の整備を」「車中泊で避難されている人たちも十分な物資が渡るようにしないといけない」など、さまざまな課題も記されています。

160417sasshiB.jpg体験談を寄せた人たちは「その時の思いと落ち着いてからの思いというのが違うんですね」「ああ、こうだったんだって、実際忘れていることもあった。やっぱりこういうのって必要だなと思う」「最初は(体験談を)出し渋っていた人も、できた冊子を見てよかったと言っていました」と話しています。

県外からの増刷依頼も相次いでいるといい、浅田さんは「校区でもんもう一回きちっとした形で記録をまとめ、地域としてどう対応していくか、さらにやっていく必要がある」と考えています。「役に立つ資料の一部。これが結果ではありませんので、これを見ながらどうしたらいいか、みなさんそれぞれに感じてもらったらいい」。この冊子は熊本市立図書館などで読むことができるということです。

割引旅行券「九州ふっこう割」第2期販売開始         2016年9月9日

160720hukkouwari_R.jpg地震で落ち込んだ九州への観光客を呼びこむ「九州ふっこう割熊本宿泊券」の第2期分の販売が9日、始まりました。

割引率は第1期の7割から5割に下がり、販売枚数も9万枚減って12万枚となります。利用期間は10月1日から12月26日までです。第1期の販売が混乱した反省から先着順販売を抽選販売に改め、宿泊券を使う際には本人かどうかを確認するため、身分証の提示を求めるなど転売を防ぐ仕組みを導入します。

「ふっこう割」は、地震で大幅に減った観光客を呼び戻すため国が一定の補助金を出すもので、熊本県は第1次分として1枚5000円分の宿泊券を7割引の1500円で21万枚販売しました。「VISIT熊本県」のホームページか専用電話番号(050-3775-4724)で受け付け、県内約450の宿泊施設で9月30日の宿泊まで利用できます(宿に予約する必要あり)。

7月20日の午前10時からインターネットと電話で販売を始めたところ、ホームページにアクセスが集中してつながりにくい状態が続き、県の観光課に苦情や問い合わせの電話が相次ぎました(写真)。第1次販売分の21万枚(額面10億5000万円分)は発売開始から2日もたたずに22日午前2時過ぎに完売となりました。

160826hukkou2_R.jpg一方で、販売時に禁止されていた転売が横行し、県はインターネットオークションへの宿泊券の出品を100件以上確認され、「国の税金を使って割り引いているのに、それを転売して私腹を肥やすことは許されない」と、問題になりました。このため、第2期分は宿泊券を使う際には本人かどうかを確認するため、身分証の提示を求めることになっています。

VISIT熊本県のホームページは yubiyubi.png こちら

「被災ペット」の命を守る熊本県の取り組み どうなる?     2016年9月7日  

160701center_R.jpg地震で飼い主がいなくなったり、はぐれたりした犬や猫について、熊本県は「被災ペット」として扱う取り組みを始めました。しかし、保健所などの収容能力が限界に達し、県は扱いの見直しを迫られています。

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被災したペットを極力受け入れてきたことで、保健所や健康管理センターの収容能力も限界となり、新たな受け入れや保護の継続が困難な状況となっています」

蒲島知事は7日の定例記者会見でこのように述べ、熊本地震後に保護した犬と猫の受け入れを、全国の都道府県などに要請することを明らかにしました。地震で飼い主とはぐれて迷子になったり、飼い主の事情で一種に暮らせなくなったりした「被災ペット」を収容しきれなくなったのです。

熊本地震前、県内にある10か所の保健所では、迷子になった犬や猫の飼い主が見つからなかった場合、2~3週間ほどで動物管理センターに送り、管理センターでは多くが殺処分されてきました。しかし、県は地震の後に保護された犬や猫については「被災ペット」として扱い、殺処分はしていません。まず保健所で飼い主を探し、見つからずに保健所の収容能力がいっぱいになると、犬や猫はこれまで通り管理センターに送られます。しかし、管理センターではこれまでのような殺処分はせず、さらに飼い主を探しているのです(写真下はセンターで暮らす犬たち)。

地震から4か月あまりで県は1511匹の犬や猫を保護し、その8割を元の飼い主に戻したり、新たな飼い主に譲渡したりしてきました。しかし、管理センターに収容されている犬や猫は増え続け、現在保護されている犬や猫は300匹あまりにのぼっています。職員だけでは手が足りず、たくさんのボランティアがえさをやったり、健康状態を確認したり、病気やけがをした動物にはできるだけの対応をしたりして犬や猫の命を支えてきましたが、それも限界に達したというわけです。

熊本県健康危機管理課の江川佳理子さんは「被災した方、いま不安に思われている方、大変だけど(ペットを)手放すと後悔します。県も支援しますので頑張って生活してほしいです」と話しています。

管理センターでは9月25日、熊本市東区戸島のセンター内で、被災ペットの緊急譲渡会を行います。かわいい子犬や子猫、人懐っこい大人の犬や猫もいるので、どうか飼ってもいいと思われる方は足を運んでください。

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