熊本地震 連載・データ集

一連の地震 1年間4296回の揺れ全データ

Yahoo!天気・災害/ BuzzFeed / Via typhoon.yahoo.co.jp

4月14日午後9時26分34秒に「前震」が起きてから1年間の揺れの全データと主な出来事をまとめました。気象庁は2016年10月11日にデータを精査して一連の熊本地震の回数を大幅に増やしていますが、特に地震の回数が多かっら2016年6月までは、修正前の回数を下段に併記しています。斜体で時刻を表記した震度5弱以上の地震は修正後に追加された揺れです。

・最大震度5弱以上の地震 地点別全震度 

2016-4-P.jpg20165.jpg20166.jpg20167.jpg2016-8.jpg20169.jpgのサムネイル画像201610.jpg201611.jpg201612.jpg20171.jpg20172.jpg2017-3.jpg20174.jpg

最大震度5弱以上の全震度データ 

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梅雨に向け災害に備えを...情報を読み解く  2017年6月8日放送

0000③-C-1サイサツ.jpg梅雨の時期の降水量を九州各県で比較すると、過去20年間の2か月間の平均で805.7ミリと、熊本県は他県より多いことがわかります。年間の降水量のうち、梅雨の時期の降水量も高くなっています。つまり、梅雨にまとまった雨が降る傾向があるわけです。

熊本は梅雨の中ごろに大雨となることが多く、2016年 6 月21日未明には、甲佐町で1時間に150ミリ、宇土市で122ミリなど、観測史上最も多い雨量を記録するところもありました。

熊本地方気象台の西辻和也気象情報官も「熊本は地理的に梅雨時期に大雨になりやすく、他の地域に比べて数倍雨の量が多いことになります。近年は短時間の強雨が年々増える傾向にあります」と話します。

0002土砂災害.jpg降水量が増えたとき、危険度に応じて出されるのが様々な警報や気象情報です。西辻情報官は「(地震の)揺れの大きかったところで土砂災害の可能性が高いところは通常の基準よりも引き下げて、8 割の暫定基準で運用しています。洪水についても、震度5強以上の所は7割で運用しています。地震の影響はまだ残っています。まだ影響は続くと考えているので注意してほしい」と話しています。

警報を出すときの河川を流れる水の量や土壌にたまる雨の量を10とすると、地震の被害が大きかった地区は河川の水は通常の 7割、土壌の雨は通常の8割に達した時点で、土砂災害警戒情報や大雨警報、洪水警報を発表します。警報が早く出れば、避難の呼びかけも早くなります。

keihouAkawatta.jpg避難の呼びかけのうち、昨年から変わった点が2つあります。一つ目は 「避難指示(緊急)」 です。避難指示が出る状態は「すでに災害が発生していてもおかしくない、極めて危険な状況」です 。この点を強く呼びかけるために(緊急)という表記が加わりました。

もう一つは「避難準備情報」が、昨年12月から「避難準備・高齢者等避難開始」に変わりました。高齢者や障害のある方など避難に時間がかかる人たちに避難を始めることを呼び掛けるため、具体的に"高齢者" などの文字が入りました。

2016年8月に東北地方を襲った台風10号で、岩手県岩泉町の高齢者施設が濁流に巻き込まれ、入居していた高齢者9人全員が亡くなりました。避難準備情報は前日に発表されていましたが、高齢者の事前の避難に生かされませんでした。これを教訓に「高齢者が避難を始める段階」ということを明確にするため名前を変えました。

避難情報を発表するのは市町村です。熊本市の危機管理防災総室の村上孝之室長は「『大丈夫だろう』という考えもあるかもしれないが、実際に避難して頂く方が少なくて、(勧告を出した中の)1%くらいです。避難の情報も多くなるかと思うけれども、またか、という考えになるのではなく、いざ災害が起こってからでは遅すぎるので、早めに避難という行動をとるようお願いしたい」と話します。

早めの避難勧告が出ると「何も災害は起きていない」と感じるかもしれませんが、人的被害が起きる可能性が高まったとき出されるものなので、危険を感じる前に避難することが大切です 。避難情報を出す自治体には「空振り」をおそれず呼びかけ、情報の受け手である私たちは、その意味を正しく理解することが重要です 。

人の和 復興の輪 熊本地震1年「和のこころを語る」    2017年3月14日

WA会場 風景.jpg熊本地震が発生してから1年になるのを前に、シンポジウム「和のこころを語る―復興への道しるべ―」(読売新聞社、法隆寺、KKT主催)が、熊本市中央区のくまもと県民交流館パレアで開かれました。聖徳太子の1400年御遠忌(ごおんき)となる2021年に向け、法隆寺(奈良県斑鳩町)と読売新聞社が取り組む「聖徳太子1400年の祈り」の一環で、約250人が参加。大野玄妙・法隆寺管長、俳優の紺野美沙子さん、熊本県出身の俳人・長谷川櫂(かい)さんが、聖徳太子が唱えた「和の精神」を踏まえて、地震からの復興をテーマに語り合いました。2017年3月31日読売新聞夕刊(大阪本社版)に掲載されたフォーラムの特集記事を、読売新聞社の許諾を得て掲載します。

TEIDAN.jpgwa-AA.jpg 司会 まず、熊本への思いから聞かせてください。

 長谷川 地震直後、テレビを通じて見た被災者の顔に、力強さを感じました。地震で大変なはずなのに、「何があっても、どうにかやっていく」みたいなところがあって、〈熊本人〉としてとても心強かった。

 「君たちが造る故郷の青山河」。昨年、私が地震に寄せて作った句です。故郷の子どもたちが今、地震とどう向き合っているのかと思いを巡らせ、「君たちが、熊本の大地を新たに造らなければいけない」というメッセージを込めました。

 紺野 熊本に対して、私たちができることは、まず何気ない触れあいではないでしょうか。特別なことをするのではなく、「くまモンに会いにきた」でもいいんじゃないかと思います。東日本大震災(2011年)では、被災地を朗読公演で回りました。宮城県の仮設住宅ではおばちゃんらがサンマのつみれ汁を振る舞ってくださった。「励ましに来たのにごちそうになって申し訳ない」と言ったら、「手を動かすと余計なことを考えなくていいから気にしないで」って。よもやま話、世間話が大事だなとつくづく感じました。

 大野 新潟県中越地震(2004年)の被災地、山古志村(現長岡市)を何度か訪問しましたが、その経験が役に立つかもしれません。地震から数年たつと、若者は復興に意気込んでいても、お年寄りは「生きている間には戻れまい」と自暴自棄になってしまう。何と言えば良いのか悩みましたが、「皆さんの経験を都会から来る人に話してください」とお願いしました。その後、訪れると、お年寄りの顔が明るくなっていました。家の前で茶や漬物を勧めながら訪ねてきた人に体験談を一生懸命話している。それを見てこちらが元気をもらいました。

 司会 どのように復興を進めるべきでしょうか。

 大野 仏教には「仏法僧(ぶっぽうそう)」という「三宝」の教えがあります。「仏」は目標であり理想。そこに至る方法や設計図を示すのが経典「法」で、それを目指して共に行動する仲間が「僧」です。目標も持てず、計画も立たず、家族も近所の人も散り散りで生活している。このダメージからどう生活を再建するのか。最初に理想や設計図を説いても受け入れられないでしょう。まず仲間を構築するしかない。被災者らが話し合い、自分たちで計画を決めていけば、今度は「学校や公民館を造ろう」と目標が持てる。復興は「仏法僧」ではなくて、反対に「僧法仏」の順で進むと思います。

 紺野 仲間は大切ですよね。宮城県では高齢の方に「シルバー川柳」が人気だそうです。ご家族を震災で亡くした方々が川柳を通じて悲しみの底から立ち直れたと聞きました。川柳や俳句などで言葉を紡ぐのもいいことなんでしょうか。

 長谷川 言葉にするということは、心の叫びなんです。自分の言いたいことを言葉にして表すことは、すごく大事なことです。それが人と人とのつながりになって広がる働きもあります。復興について言えば、元通りの姿に戻すだけでは意味がない。例えば熊本城なら、築城当時のように木造で作り直すなど、地震前の熊本を超える街を目指していってほしいですね。

 司会 被災地では互いが思いやり、助け合いました。「和」の精神が実践されたように思います。

 紺野 国連開発計画(UNDP)親善大使として貧困撲滅のため途上国を回っていますが、先進国との圧倒的な格差を解消するために自分に何ができるかと言えば、なかなか答えは出ません。ただ言えるのは、自分が笑顔でいれば、周りの家族や友人に笑顔のおすそ分けができるということ。周りに笑顔を増やせば、いずれは大きな世界の和につながるはずと信じています。

 長谷川 誰かがどこかで困っていたら助けてあげる。そういう余裕が社会に必要だと感じます。そんな助け合うシステムが、熊本地震でも機能しました。今まで眠っていた近所との付き合いが地震を機に目覚めたんですね。それも和の心ではないでしょうか。

 大野 思いやりや助け合いの心は、私たちが先祖から受け継いだ日本人の精神だと思います。だから震災が起きれば自然にスイッチが入って、色々な支援をする人たちが出てくる。いわば仏教の「菩薩(ぼさつ)の行」。ですが、最近の日本人は豊かさを追求し、そういう心を失いかけているようにも映ります。いま一度、太子の「和」を見つめ直す機会だと思います。

Aわーろうどく.jpgwa紺野美沙子さん朗読P.jpg鼎談に続き、紺野さんが熊本市出身の絵本作家・葉祥明(ようしょうめい)さんの「ASO~阿蘇、ぼくの心のふるさと~」(佼成出版社)を朗読した=写真=。山の緑や空の青が印象的な絵本の各ページが会場のスクリーンに映し出され、参加者が静かに聴き入った。

紺野さんは2010年から「紺野美沙子の朗読座」を主宰、東日本大震災の被災地でも披露してきた。一方、葉さんは国内外の児童図書コンクールで数々の受賞歴を持つ作家で、「ASO」は子どもの頃から眺めてきた阿蘇山の美しさを、自身の原風景として描いた2005年の作品だ。

「おかにのぼって、耳をすませば、小鳥がさえずり、草がそよぎ、虫の声がきこえてくる。なんてしずかな、なんて平和な世界だろう!」と、紺野さんが気持ちを込めて朗読し終えると、会場から拍手が起こった。

15.jpg奈良県も情報発信

聖徳太子1400年御遠忌に向けて、奈良県も情報発信に努めています。

2016年7月には奈良市や斑鳩町など県内20市町村とともに「聖徳太子プロジェクト推進協議会」を設立。太子をテーマとしたシンポジウムや連続講座を開いたほか、人物像、ゆかりのスポットをまとめたパンフレットを作りました。

今後、他府県との連携も検討しており、担当者は「聖徳太子は政治、宗教、文化と幅広い分野で日本の基盤を築いたスーパースター。多くの人にファンになってもらうような仕掛けをしたい」と話しています。

15.jpg全半壊住宅の解体完了は1年後

熊本県内では今も随所に被害の爪痕が残っており、復興はまだ道半ばです。地震では県内30市町村で約4万2000棟の住宅が全半壊し、うち約3万3000棟が公費解体されると想定されいます。しかし、だが解体済みの住宅は2月末にようやく5割に達し、完了は来年3月までずれ込む見通しです。

南阿蘇村では、大規模な土砂崩れで国道57号やJR豊肥線などの交通網が寸断されたまま、今も復旧のめどが立たず、観光などへの影響の長期化が心配されます。熊本地震では、地震の影響に伴う「震災関連死」も含め222人(2017年3月30日現在、うち3人は大分県)が亡くなっているが、関連死は今でも各自治体で審査が続いており、今後も増えるおそれがあります。

熊本県は2017年4月7~23日を「復興祈念ウィーク」と位置づけ、追悼式典やシンポジウムなどを予定。「いただいた支援への感謝の気持ちと復興する熊本の姿を広く発信したい」(蒲島郁夫知事)としています。

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聖徳太子1400年の祈りキャンペーンロゴ.jpgのサムネイル画像【主催】法隆寺、読売新聞社 KKTくまもと県民テレビ

【後援】奈良県

【協賛】岩谷産業、ビーバンジョア

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<KKT動画ニュース>

県が地震発生から3か月の対応を検証した報告書        2017年3月31日

熊本地震からおおむね3か月間の行政の対応に関する県の検証報告書がまとまりました。市町村や関係機関、県民へのアンケートなどをもとにまとめたもので、検証結果を踏まえて地域防災計画を改めることにしています。

熊本地震で政府は、被災地の自治体からの要請を待たずに支援物資を送る「プッシュ型支援」を初めて本格的に実施しましたが、到着時間などの連絡がうまくいかなかったり、物資集積拠点を確保していなかった市町村があったりして、被災地に届くのが遅れたことが指摘されています。報告書では改善策として情報通信技術(ICT)の活用などを求めました。避難所の運営については、運営に職員を取られて本来の業務に支障が生じたこと、23の市町村で運営マニュアルが未策定だったこと、車中泊などの把握が困難だったことなどをあげ、地域住民の自主防災組織などとの連携強化を求めています。

報告書概要は以下の通り(図表をクリックすると大きくなります)。検証報告書の全文は yubiyubi.png 県のホームページ から

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熊本復興へ 経済に活力  金融新時代フォーラムin九州    2017年2月28日          

金融特面・会場全景.jpg熊本地震からの復興を金融機関の視点で考える「金融新時代フォーラム in 九州」(読売新聞西部本社主催、KKTなど後援)が、熊本市西区のホテルニューオータニ熊本で開かれました。テーマは「金融界は震災復興にどう向き合ったか~地域と金融機関の未来を探る」。金融庁監督局長の遠藤俊英氏、東日本大震災を経験した仙台市の七十七銀行頭取の氏家照彦氏がそれぞれ基調講演した後、肥後銀行頭取の甲斐隆博氏、地域経済活性化支援機構専務の林謙治氏を交えたパネル討論が行われました。2017年3月22日付読売新聞西部本社版に掲載されたフォーラムの特集記事を、読売新聞社の許諾を得て掲載します。

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 創業者融資 積極的に 金融庁監督局長 遠藤 俊英氏 

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 15.jpgガイドライン

地震では発生直後、復旧、本格的な復興の3段階に分けた行政対応がある。熊本でも発生直後は金融機関に対し、預金証書や通帳を紛失しても、預金者と確認すれば払い戻しに応じることなど様々な緊急的措置をお願いした。今は復旧の過程なので、事業再生支援ファンドの活用促進とか、自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン活用といった段階と思う。

このガイドラインは非常に重要で、住宅などの二重ローン問題に対応している。東日本大震災での経験を踏まえて策定され、熊本地震が本格的に適用する最初の災害になった。

メリットは三つある。被災者の生活再建支援金に加え、財産の一部をローン返済にあてずに手元に残せる。破産などの手続きと異なり、債務整理をしたことが個人信用情報として登録されないため、新たな借り入れに影響しない。国の補助により、弁護士ら「登録支援専門家」による手続き支援を無料で受けられる。

ただ、多くの住宅が被災している中で、1月末現在で債務整理が成立したのは8件、手続き中は451件。利用によって状況を打開してもらえる方は多いと思っている。引き続き周知徹底を図りたい。

 15.jpg企業と対話を

金融庁はここ数年、地域金融機関に(融資などの)金融仲介機能をより発揮してもらうため、様々な施策を行っている。地域は今、人口減少や高齢化など構造的な問題に直面している。金融機関は地域経済を下支えし、生産性を上げるために大きな役割を担っている。顧客とともに成長する、持続可能で多様なビジネスモデルを確立してほしい。

そのため、①事業性評価②生産性向上への貢献③顧客の立場に立った資産運用手段の提供――を中心課題に据えた。前提として、当局による情報発信と、金融機関による情報公開が大切になる。金融機関は地域経済にどう貢献し、どんな付加価値をつけようとしているのか、自ら情報公開する。そのために展開する取り組みがうまくいっているかどうか、金融庁と金融機関が指標(ベンチマーク)に基づいて検証・対話し、議論を継続していく。

事業性評価とは、金融機関が担保・保証に過度に依存せず、企業の価値や将来性について、企業との対話を通じて理解し、融資することだ。これには、営業現場の第一線が頭取のコミットメント(公約)を実現するために動くかどうかが重要になる。

 15.jpg担保依存排除

昨年10月につくった金融行政方針では、(担保・保証に依存する)「日本型金融排除」の実態把握を挙げた。担保・保証はなくても事業に将来性がある融資先、信用力は高くないが、地域になくてはならない融資先に、融資がうまくなされていないのではないか。この仮説に基づき、今年はいろいろ検証しようと思う。

検証方法は考えているところだ。熊本の創造的復興にも関連するが、創業者融資がどのくらい行われているかが、一つの指標になるのではないか。高い技術を持つ新しいベンチャー企業だけでなく、父親と違うことに挑戦しようとする2代目の若い社長も立派な創業者。担保はあまりないと思うが、そうした方々に対し、金融機関が「リスクをとってチャレンジしてみよう」と考えるかどうかだ。

信用金庫や信用組合から話を聞くと、コミュニティーで信頼されている人は、融資にも真摯に対応してくれるという。コミュニティー内の創業者の位置づけは、担保に依存しない融資を展開する際に非常に大きな手段になると確信した。

 コンサル機能を発揮 七十七銀行頭取 氏家 照彦氏 

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 15.jpg公的資金活用

当行は仙台市に本店を置き、東北を営業基盤にしている。東日本大震災は宮城、岩手、福島各県の沿岸部を中心に惨禍をもたらした。宮城県の被害額は9・2兆円とされ、人的被害、建物被害は全体の約半分か、それ以上が集中した。

当行も津波で19店が浸水し、宮城県南三陸町の店舗は流失。行員や家族にも多数の死亡・行方不明者が出た。

未曽有の大災害を受け、経験のない対応を迫られた。震災直後は現金の払い出しの要望が多数発生した。通帳もキャッシュカードもない方でも、会話で本人と推定できれば、母印だけで10万円を限度に現金を支払った。件数は約3万9000件、31億円だったが、最終的に損失が確定したのは2件、19万5000円だった。

地震の被害規模や、当行の経営が継続できるかも正直分からない状況だった。ただちに公的資金の活用を考え、金融庁に相談した。金融機能強化法の震災特例が速やかにつくられ、劣後ローンで公的資金200億円を導入した。地域金融機関が国と一体となって復興を推進するという、メッセージ性のあるものになった。

昨年9月までの5年半で約2万3000件、6000億円の震災関連貸し出しを行った。事業性資金は震災直後に運転資金が急増し、復旧の進展とともに落ち着いた。個人は住宅ローンの占める割合が高く、ピークは震災発生の2~3年後だった。熊本でも住宅再建への対応が今後本格化するだろう。

企業の設備復旧にはグループ補助金が大きく貢献した。中小企業がグループをつくって復旧・復興の事業費を申請すれば、国と県が事業費の4分の3を補助する。宮城県では4000事業者に対し、補助金総額は約2500億円だった。事業者を束ねることで生産性が向上し、競争力も高まった。

復興支援ファンドにも54億円を出資した。

自宅が被災した個人は、既存の住宅ローンの返済と、新たな住宅取得資金の調達という二重ローンの問題を抱える。これには既存債務の軽減が可能な個人版私的整理のガイドラインを活用し、再建を支援した。

 15.jpg商談会50回超

コンサルティング機能の発揮についても申し上げたい。企業は震災で失った販路の開拓に直面する。当行は販路獲得に向けた商談会を国内外で50回以上開いた。

カキの養殖が主産業だった石巻市桃浦地区は、震災で養殖設備を失い、約150人の集落が消滅の危機にあった。高齢化と人口流出でカキの殻をむく「むき子」の確保が難しくなった。

復興庁の水産業の特区制度を使い、漁業者や支援企業を橋渡しして合同会社を設立。むき子に頼らない生産体制を確立し、生食用の高付加価値商品の販路拡大を目指す仕組みをつくった。地域産業の活性化、質の高い雇用創出に貢献した。

 15.jpg特色ある街を

震災前から人口減少や少子高齢化が進んでいたが、本来なら10年、20年かけて進む状況が震災で一気に現実となった。被災地は復興と合わせて人口減少と向き合いながら、自然との共存、地域資源の活用を通じ、特色ある街づくりを進めなければならない。

町の8割が被災した女川町はあえて防潮堤を造らず、防災に配慮しながら海と共存共栄する街づくりをしている。沿岸部では漁業、水産加工業が再開した。海産物市場のイベントで交流人口が拡大し、にぎわいを創出して注目されている。

金融機関は国や自治体と一体となり、地域経済の活性化を牽引しなければならない。創造的な復興を目指し、今後も地域とともに生きていきたい。

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パネル討論の前半では、肥後銀行頭取の甲斐隆博氏、地域経済活性化支援機構専務の林謙治氏が、それぞれ熊本地震後の取り組みを紹介。その後、東日本大震災の経験を踏まえながら、熊本で被災した中小企業や住民への支援策について、パネリストの4氏が議論しました。後半では、人口減少が進む中、単なる復旧ではなく、将来にわたって地域の発展を可能にする「創造的復興」を実現するため、金融機関がどのような役割を担うべきか、意見交換しました。(コーディネーター 牧野田亨・読売新聞西部本社経済部長)

 ローン 選択肢増やす 肥後銀行頭取 甲斐 隆博氏

 

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牧野田 熊本地震からの復旧、復興への取り組みは。

甲斐 熊本地震は、新しい本店ビルを建てて1年も経たない段階で経験した。免震装置のおかげで、地盤の揺れの大きさに対し、ビル内の揺れは9分の1程度に軽減された。ビルが正常だったことで、行員の安否確認や救援物資の支給対応が極めてスムーズにできた。

問題はコンピューターセンターだった。ビルが免震ではなく、耐震だったため、7階に設置された変圧器が使えなくなった。同型の変圧器を探したら、九州で唯一、鹿児島空港ビルディング(鹿児島県霧島市)にあった。すぐに取りに行って対応し、何とか(本震翌々日の)月曜日から全店でATM(現金自動預け払い機)を稼働できた。

復興支援では、地域経済活性化支援機構や日本政策投資銀行などの協力を得て、法人向けに4種類で総額317億円のファンドを用意した。個人向けは少し遅れているが、(親子などで支払う)親子リレー住宅ローンと、(持ち家を担保にする)リバースモーゲージを4月から販売する予定。二重ローンの救済支援の一助になれば、と考えている。

当行には、各事業者が持つ口座への入金額の増減を分析するシステムがある。それを見ると、地域別では阿蘇のダメージが大きく、業種別では宿泊業の落ち込みが激しい。(九州旅行の割引キャンペーンの)九州ふっこう割が昨年末で終了したことから今後の動向が心配だ。(資金繰りの)つなぎ融資が必要との問題意識を持っている。

今後の創造的復興では、街づくりが欠かせない。シンボルとなるのが、2019年の熊本城天守閣の再建と、2022年にコンセッション(民営化)方式で予定される熊本空港ターミナルビルの国内、国際両線の一体化だ。我々は、できることを着実に行っていくことが重要だ。

ファンド 再建に投資 地域経済活性化支援機構専務 林 謙治氏

金融林.jpg 牧野田 地域経済活性化支援機構の現状は。

  一般的に官民ファンドといわれる政府系金融機関で、約250人の専門家が各地で経済活性化のお手伝いをしている。具体的には、全国で35のファンドを運営し、創業期から成長期、成熟期などそれぞれのステージの企業に対して呼び水としての投融資による資金供給をしている。分野は観光やヘルスケア、ものづくりなどだ。

個別事業者の再生も支援し、全国で年間20件程度を手がけている。熊本県では昨年、阿蘇熊牧場(阿蘇市)の再生支援を決定した。熊本バス(熊本市)の再生も手伝った。

熊本地震を受けて肥後銀行と協力し、熊本の金融機関に出資してもらった事業再生ファンド(50億円)と、九州の全地銀の出資で復興支援ファンド(116億円)を創設した。

事業再生ファンドでは、被災した事業者の二重ローン対策として、債権を買い取って今後の成長を支援する。復興支援ファンドも、いかに復興に向けた投資ができるかを考えていく。

地震後、熊本市に事務所を開設し、ようやく半年が経過した。現在は14人程度だが、早急に30人程度にまで拡大したい。

事業継続へ3つの「助」

 15.jpgグループ補助金

 牧野田 グループ補助金をどうみるか。

 甲斐 とても使い勝手の良い制度だ。熊本地震の本震後から5月下旬頃まで、被災した事業者からは「事業を継続するのは難しい」という声が聞こえていた。ところが、グループ補助金が知れ渡った6月以降はそういう声を聞かなくなった。「共助」でグループ補助金を申請し、「自助」によって復興計画を立て、「公助」で資金的に援助をする仕組みは実に有効だ。

 牧野田 東日本大震災の被災地では先行して導入された。見えてきた課題は。

金融補助金.jpg 氏家 効果的な施策であり、感謝したい。ただ、実際に制度が機能するまで時間がかかったように感じた。被災した事業者は多かったが、津波で(事業所などが)流されて大変な状況だったこともある。 設備の復旧により生産水準を元に戻すことができても、販路を断たれたことで(復旧した設備を)生かし切れず、企業は売り上げが縮小した。加えて人件費が上がっており、水産加工業など業種によっては、人手を集められないという問題も起きている。

 牧野田 グループ補助金を申請できていない小規模事業者への対応は。

 氏家 私どもがお付き合いしているのは、中小企業といいながら事業規模があるところ。街のにぎわいを支える小さなお店、八百屋や理髪店などのクラスの実態がどうなっているのか、整理された話は聞いたことがない。何か手を打てないかと思う。

  熊本では、赤紙を貼ってある(危険)建物では事業をしていない。金融機関と一緒にヒアリングすると、「事業を続けたいがお金がない」という人もいる。これはファンドで債権を買い取るなどの対応ができる。信用金庫や信用組合にも小規模事業者に事業意欲を確認してもらい、一緒に対応を進めたい。

債権放棄 県民のため

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 牧野田 被災住宅の解体が本格化するにつれ、二重ローン問題が浮上してくる。金融機関としては債権放棄という痛みも伴うが。

 氏家 東日本大震災では、私的整理のガイドラインがつくられた後も、なかなか進まないという批判があった。相談を受ける弁護士の数が圧倒的に足りなかった。仙台市にはたくさんいるが、気仙沼市や女川町などはとても少ない。弁護士を増やす仕組みにしてほしい。弁護士に支払われる手数料も意外と少額だ。もっと十分に仕事ができるインセンティブ(動機付け)も必要だろう。金融機関は確かに債権放棄を行うことになるが、我々はガイドラインの説明会を何度も開いた。

 甲斐 昨年4月から自然災害の被災者向けガイドライン(の適用)が始まり、熊本地震で本格的に適用された。当行は柔軟に運用する考えで、地震後に取引先などを訪問する中でパンフレットを配ったり、ダイレクトメールを送ったりした。県弁護士会にも声をかけ、ガイドラインの勉強会を地震直後から開いている。ただ、実際に手続きをされる方はまだ少ない。制度が十分に周知されていない現状も踏まえ、支店には再度、被害を受けた住宅などを回って確認するよう指示している。当行の基本姿勢としては、今後の県民の生活の安定に資するのであれば、ガイドライン適用はやむを得ない。

労働力 九州各地から

 15.jpg人手不足

金融図求人.jpg 牧野田 熊本県は有効求人倍率が1・5倍まで上昇した。宮城県も高い。

 氏家 代表例として水産加工業を挙げると、人手が足りなくて生産性が上がらないというのはよくある。建設関連で賃金水準が上がっており、水産加工業が同じコストで人を集めるのは難しい。水産加工は(宮城の)主力産業だが、避難先から戻らない方もいる。ただ、外国人労働者を研修生として受け入れるという明るい動きも出てきた。

 甲斐 人手不足は東日本大震災以降、やや恒常的に続いている。熊本地震が拍車をかける状態になるだろう。復興需要で九州各地から雇用を呼び込む構図になっている。高齢者雇用など様々な知恵が出されているが、人手不足感は否めない。

生活の質にもかかわる

 15.jpg地域密着

 牧野田 地震を機に顧客との対話に力を入れている。気付かされたことは。

 甲斐 従来の銀行は所得と資産、仕事と報酬など物質的な生活状態に関心があった。地震で気付かされたのは、持続可能性という観点から、生活の質にまで関わっていく必要があるということだ。健康やワーク・ライフ・バランス、教育など、政府が進める働き方改革にもつながる。この話を全管理職にした。対話の内容が、被災者により寄り添ったものになると思う。

 氏家 震災後、お客さまに足を運ぶ回数が倍以上になった。取引先がどうなっているのか、何をしなければいけないのか、現場が真剣に考えざるを得なかったのだと思う。問題はこれから。企業発展のお手伝いができるのが一番の喜びであり、事業性評価でそれを確かなものにしたい。

 遠藤 両頭取の話を聞いて改めて思うのは、地域金融機関の原点は何か、ということ。株式会社として、いかに収益を上げるかに意識が働きがちだが、金融庁が構築してもらいたいのは、地域経済とともに金融機関が繁栄するモデルであり、顧客とのつながりの中でウィンウィンの好循環をつくり出すことだ。顧客の話を聞き、行政や企業をサポートする機関などと連携し、地域経済を支えることがこれまで以上に求められる。

観光・農業 成長の両輪

 15.jpg創造的復興

金融特面・カット熊本城.jpg 牧野田 創造的復興には、企業や産業の生産性を高め、新たな企業を育てることが不可欠。熊本県は観光や農業を重視している。

 甲斐 地元として描ける成長戦略が観光と農業という認識は、県と共通だ。県全体として観光促進に取り組む枠組みが必要との問題意識から、県と肥後銀で(観光推進組織の)「くまもとDMC」を株式会社として設立した。利益を生み出す仕組みをつくり、利益を分配することで、全体のコーディネーターとして有効に機能すると思う。観光のマーケティングを情報技術(IT)でビッグデータ化し、情報を各地の観光事業者にフィードバックしていく仕組みを作る。そのソフトを売って収益を上げる。若手のIT部隊が組織され、非常に楽しみな事業体として期待している。

  我々はリスクマネーの供給をお手伝いし、人を派遣する役割も持つ。専門家が多数いて、全国各地で実績もある。くまもとDMCもお手伝いできる。創造的復興は稼げる地域づくりが基本だ。熊本には観光資源が多数ある。伝統的建造物のリノベーションでも、十分に稼げると思う。千葉県のファンドでは、古民家を再生して宿泊施設、カフェ、レストラン、ショップをつくり、町全体をホテルとみなす動きをしている。熊本でもやれる。農業では、益城町や県北で活用されていない農地を借り、ホウレンソウをハウス栽培する事業者に投資している。現在は年4回の収穫で十分稼げる。熊本の気候だと、うまくいけば6回収穫できる。こうした投資を広げていきたい。

 牧野田 九州の地方創生モデルになれる可能性も。

 甲斐 創造的復興の地方創生モデルは、地方も経済成長に取り組んでいこうということ。成長がもたらす自由と選択の可能性がなければ、創造的復興も地方創生もない。しかし、目利き力をつけたり、事業性を強化したりするのを待っていられず、現実にどう的確に対応するかが求められる。そのため、経営としてこれだけのリスクを取るということを、明確に現場に示していきたい。具体的には、格付けの低い相手にもこれぐらい融資量を伸ばしていいよ、というメッセージを経営として発している。専門的にはリスクアペタイトステートメントと言うが、これが現場の営業店長の頭に入りつつある。その累積が事業性評価や目利き力の強化となり、創造的復興、地方創生につながる。

 遠藤 金融機関は地域において最高の組織だと思う。お金がある。情報が集まる。地域で最も優秀な人材を持っている。その組織が地域を支えなければ、誰がやるのか。リスクアペタイトステートメントは、地域を支えるのに非常に重要。人材の意欲を引き出し、金融機関が中心となって創造的復興を進めてもらいたい。

  リスクを取ってもいいという許容範囲内の資本を入れていくことには大賛成だ。熊本では空港の問題もある。2022年に民営化されるが、(その受け皿として)地域連合を具現化できる。DMCなら全国ブランドの企業にも対抗できる。資金供給の場面では地域金融機関のお出ましになると思う。その知見やノウハウは我々が持っている。スマートコミュニティーと呼ばれる街づくりも、地域金融機関が音頭をとってやれば実現の可能性が高い。熊本でも震災前以上の活気がでるのではないかと思う。交通インフラをもっと整備できる部分がたくさんあるし、アイデアは豊富に出てくる。

事業再生モデル示す

 15.jpgあすに向けて

 牧野田 最後にひと言ずつお願いしたい。

 遠藤 創造的復興という言葉は、これからの熊本を考える上で重要なコンセプトだ。金融機関が前向きに力を尽くしていくためには、ビジネスモデルを変えていかなければならない。誤解を恐れずに言うと、預金を原資とした機関というより、金融機能付きのコンサルティング会社、シンクタンクといった姿だ。その地域にとって、「一大羅針盤」という役割を担ってもらいたい。熊本、あるいは九州、日本全体の地方創生モデルをつくってほしい。

 氏家 東日本大震災が発生し、苦労しながらいろいろな制度や仕組みが出来た。金融機能強化法の震災特例やグループ補助金、個人版私的整理ガイドラインなどだ。災害が起きた時点で、すでにこれらが用意されているというのは、ずいぶん状況が変わったと思う。ぜひ有効に活用し、熊本を復興していただきたい。東北の沿岸部は今、復興が真っ盛りだ。もっぱらハードだが、問題はそれが終わった時、にぎわいや潤いといった中身のある都市になっているか。つまりソフトは今からが勝負になる。1万人いた都市に6、7割しか人が戻らないという前提で街づくりをしなければならない。それを乗り越えて創造的な都市をつくるのは本当に大変だ。どういう発展の方法があるか、地域の方、事業者と一緒に考える。苦労は続くが、創造的な仕事をしたい。

 甲斐 熊本で事業を行い、熊本で生活している方々すべてが被災者だ。被災者が社会的役割に応じて被災者を支援している。そういう共助の構図が今、熊本にある。この構図を出来る限り長く維持し、熊本の風土として構造化していく努力を皆さんとやっていきたい。私ども地方銀行が何とか努力し、そうしたコーディネートの役割をやっていけるようになればと思っている。

  地域経済の活性化や、事業再生モデルを今後もつくっていく。地域金融機関と知見を共有し、地域に還元していく。この基本的な考え方で、これからもやっていきたい。

金融特面・会場アップ.jpg

* * *

 創造的復興の一助に 中井 一平・読売新聞西部本社社長 

金融特面・中井社長.jpg観測史上、初めて震度7を2回記録した熊本地震から10か月余りが経過しました。犠牲者の方々のご冥福を改めてお祈りいたします。

甚大な影響を及ぼした熊本地震ですが、幸いにも企業倒産は少なくすみました。金融機関による手厚い支援が件数の減少につながりました。そこで、金融機関の視点から復興を考えるフォーラムを企画しました。

熊本県が設けた有識者会議は、熊本地震の復興について「創造的復興」という基本理念を打ち出しました。本日のフォーラムが創造的復興の一助につながり、九州の持続的な成長のヒントになればと考えています。

最後に、開催にご支援いただいた企業、団体の皆さまに御礼申し上げます。

(読売新聞西部本社版2017年3月22日付朝刊特別面の特集記事を再録しました)

主催:読売新聞西部本社 後援:金融庁、九州経済連合会、九州商工会議所連合会、九州経済同友会、熊本県民テレビ 協賛:九州フィナンシャルグループ

基礎からわかる被災者の税金

 今年は確定申告をしよう

170216申告初日.jpgのサムネイル画像

今年の確定申告が始まりました。いつもの年ならサラリーマンで申告が必要なのは①年収が2000万円超の人②勤めている会社からの給料以外に、年間20万円を超える副収入があった人――などに限られています。しかし、県内では熊本地震で被害を受けた人たちで、税務署は例年以上の混雑になっています。益城町などで行われた税務署の事前相談会にも多くの人が訪れました。
これは、地震で被災した人の多くは、今年確定申告をすると、会社から天引きされて納めていた所得税が戻ってくる可能性があるからです。熊本国税局では、その数は10万人に及ぶのでは、と予測していますが、本当のところは個々の被害の状況などを申告してもらわなければわかりませんから、もっと多いかもしれません。ともかく、家などが被災した方は、今まで確定申告をしたことがない方も、今年は確定申告することをお勧めします。
税務署とはふだんあまり付き合いがなく、敷居が高いとお考えの方も多いでしょう。所得税を減免してもらおうと思ったのに、逆に細かい指摘をされて結局余計に税金を払えといわれたらどうしよう、などと尻込みしている方もいるかも知れません。
そんな方のために、「基礎からわかる被災者の税金」と題して熊本地震で被災した方に向けた確定申告の基礎知識を短期連載します。わかりやすく説明するつもりですが、仕組みはかなり複雑です。連載をお読みになった方も、必ず税務署の申告窓口でもう一度ご確認ください。

 15.jpg確定申告って何?

まず、これまでなじみがなかった方のために、確定申告と所得税の決め方について説明します。
確定申告とは、前年の1月1日から12月31日までの間に所得のあった人が、文字通りその所得の額を「確定」させるために税務署に「申告」する手続きをいいます。申告の結果、給料から天引き(源泉徴収といいます)されて納めた所得税や東日本大震災の復興に充てる復興特別所得税(以下、あわせて「所得税」と表記します)が少なすぎた場合は追加で税金を納め、多すぎた場合は納めすぎた税金が戻ってくる(還付といいます)ことになります。
所得税は年間の収入に応じて納めますが、収入の全額に課税されるわけではありません。さまざまな課税対象から外してよい経費が認められており、それを差し引いて(控除といいます)残った額に税金がかかるのです。図に示した通り、サラリーマンの場合、まず「年収」から背広代などサラリーマンが仕事をするうえで必要な経費(給与所得控除ともいいます)を差し引いた年間の「所得」を出し、そこからさらに既婚者が妻(夫)と暮らす費用である配偶者控除、子どもの養育費などを差し引く扶養控除、家族の医療費を差し引く医療費控除など、さまざまな種類の控除を差し引いて、課税対象となる所得(課税所得といいます)を出していきます。それぞれの控除はどの程度差し引いていいか、細かい決まりがあります。
しかし、多くのサラリーマンは、自分にいくらの必要経費が認められているのかもわからないのではないでしょうか。それでも毎年所得税が正しく納められているのは、ほとんどの社員が受ける控除については会社が計算し、「一人ひとりの税額はこのくらいになるだろう」と見込んで、毎月の給料やボーナスからあらかじめ天引きしているからです。会社は毎年年末になると、天引きした税金が正しいかどうか、改めて計算して個々の所得税額を足したり引いたりします。このことを「年末調整」といいます。

所得税の仕組み.jpg<図>年収から所得税額が決まるまで

会社は年末調整が終わった年明けに、社員に「源泉徴収票」を配ります。源泉徴収票は①昨年のあなたの収入はこれだけでした②そこからサラリーマンとして働くための必要経費を差し引いた所得(給与所得)はこれだけでした③さらにそこから主な控除を差し引いた課税所得はこれだけでした④したがって天引きしてきた所得税を調整して、あなたに代わってこれだけ所得税を納めました――と社員に通知するものです。所得は会社が申告し、税金も会社が納めているから、サラリーマンの多くは税務署に申告しなくても、きちんと税金が納められているのです。
しかし、会社は社員の収入や所得の額はわかっても、すべての支出までつかんではいません。医療費控除のように自分で計算し、税務署に申告しなければならない控除もあります。こうした支出を所得からさらに差し引き、課税所得を減らすには、自ら確定申告をしなければなりません。
熊本地震の被災者に対しては、地震で受けた損害額(損失額)や災害関連の支出を所得から差し引く「雑損控除」と、大きな被害を受けた人の所得税額を減らしたり免除したりする「災害減免法」という2つの仕組みがあります。詳しい仕組みは後で説明しますが、この被災者救済の仕組みは、いずれも確定申告をしないと受けられません。いくら被害が大きくても、確定申告をしないと、すでに天引きされている所得税は1円も戻ってこないのです。

事前相談会(熊本国税局①).jpg

 15.jpg知らずにあきらめたら損をする

上の写真は確定申告を前に、益城町で開かれた事前相談会の風景です。被災した多くの方が、確定申告をすれば所得税が戻ってくることは知っているのですが、相談会に出席した方の中には「面倒なわりに、いくらも戻ってこないだろう」と漠然と考えていた人や「損害額が大きすぎて、税金がゼロになっても焼け石に水だ」と思っていた人もいたようです。「公的な義援金だけでなく、親せきからも見舞金をもらっている。確定申告すれば、こうした収入にかかる所得税が増え、税金は安くならない」と誤解していた人も多かったそうです。
しかし、雑損控除は家だけでなく、墓やブロック塀の修復費用も対象になり、被災地に住んでいなくても受けられることや、昨年の所得税から引ききれない場合は、最大で震災の翌年以降3年間にわたって所得税を少なくできることをご存じでしょうか?しかも所得税が少なくなれば、県や市町村に納める住民税の納税額も少なくなります
被災して昨年は働けなかったので、そもそも所得税を納めていないという人は、今年は確定申告をしても所得税は減免されません。しかし、申告は5年前までさかのぼって行うことができます。「熊本地震で家が全壊し、けがをして昨年は職も失った。しかし、今年からは会社に勤め、収入も元に戻った」という人は、2018年の確定申告で17年の所得を申告する際、16年(熊本地震の年)の家の被害について雑損控除を申告できます。

 15.jpg申告に必要なもの

「り災証明がないと申告できない」という誤解があるようですが、そんなことはありません。り災証明書があれば手続きがスムーズに進みやすくなりますから、り災証明書をお持ちの方は申告には忘れずに持っていくようお勧めしますが、り災証明書がなくても、被災したことや被害の程度が証明できる書類があれば申告はできます。税務署が用意してほしいとしている書類は下の表の通りです。それぞれの書類がなぜ必要なのか、は最後まで読んでいただければわかると思います

必要書類.jpgサラリーマンの場合、確定申告に欠かせないのは会社から出る源泉徴収票です。「申告する気がなく、源泉徴収票は捨ててしまった」という方は、会社に届け出ればすぐに再発行してくれるはずです。
なお、今年の確定申告では昨年までとは違って、マイナンバーの記入が必要なので注意してください。まだマイナンバーカードを取得していない方は、通知カードと身分を証明する書類が必要です。郵送で確定申告をする方は通知カードや身分を証明する書類のコピーを添える必要があるので、あらかじめ用意してください。

number.jpg

所得税が戻ってくる2つの制度

益城町中心部.jpg

 15.jpg「雑損控除」と「災害減免法」

前回説明した通り、熊本地震で被災した人は確定申告をすると、天引きで納めた所得税が戻ってくる可能性が大きいのですが、戻ってくる仕組みは2通りあります。多くの人は「雑損控除」の仕組みを使うとみられますが、もうひとつ「災害減免法」の適用を受けることもでき、被害の状況などによってはこちらの方が雑損控除より所得税の減免額が大きくなる場合があります。災害減免法と雑損控除の減免を受けるにはともに確定申告が必要ですが、両方の減免を受けることはできず、どちらか有利な方を選ぶことになります。

雑損控除とは、空き巣に遭ったり、台風や地震など、自然災害で損害を被ったりした人の生活再建を後押しするため、家や家財、車、さらには災害に関連した支出を所得から差し引いて(所得控除といいます)、所得税を減免する仕組みです。一部損壊以上のり災証明書がある方は、損害額などに応じて所得税が減免され、還付という形で戻ってくる可能性があります。

一方、災害減免法による税の減免は、所得が1000万円以下で、家と家財のどちらかの損害が価格(時価)の2分の1以上に達した場合に受けることができます。昨年の所得が1000万円を超えた方は、地震で大きな被害を被ったとしても、雑損控除しか選択できません。

雑損控除と災害減免法では、所得税を差し引く対象となる損害の範囲も異なります。雑損控除は「納税者やその家族が持つ通常の生活に必要な資産」が対象で、住宅や家財、衣類、現金などの損害(損失)や、災害に関連するやむを得ない支出も所得税減免の対象になります。これに対して災害減免法の対象となる資産は住宅と家財のみで、どちらかで時価の2分の1以上の損害があった場合だけが対象となります。雑損控除は被害の割合が減免額に関係しますが、災害減免法では減免割合は年間所得によって決まり、被害が2分の1以上なら、70%でも100%でも関係ありません。減免の方法も違い、雑損控除が所得額を減らす「所得控除」なのに対し、災害減免法は所得税額を減らす「税額控除」で所得税を減免します(連載1回目の「年収から所得税額が決まるまで」の図を参照してください)。

雑損控除については後でくわしく説明します。まず災害減免法についてまとめると、

税2の1.jpgということになります。

 15.jpgどちらを使ったほうが有利なのか

2つの仕組みのうちどちらを使ったほうが有利かは、所得額や被害の程度で変わってきます。所得500万円以下の方は雑損控除より災害減免法の適用を受けたほうが有利となることが多いともいわれますが、損害額によっても左右されるので一概には言えません。下の例は国税庁の資料ですが、一般的に税の減免は所得控除より税額控除のほうが大きくなるといわれ、古くて時価が安い家が全壊したケースのように、被害の程度は大きいが、損害額(損失額)があまり大きくない場合は、災害減免法の方が有利なようです。

雑損と災害減免.jpgただし、災害減免法は震災の年の所得税だけを減免するもので、翌年以降に繰り越すことができません。これに対して、雑損控除は最大3年間、損害額を繰り越して所得から差し引けます。家が全壊するなど損害額が大きく、1年で控除しきれない場合は、減免効果がその年限りの災害減免法より、損害の繰り越しができる雑損控除を選択するほうがトータルの減免額は大きくなることが多いようです。

どちらのケースを選ぶことになるのか、がおおまかにわかる国税庁作成のチャート図をつけておきます。税務署に確定申告に行くと、個々のケースに応じてどちらを選んだほうが有利かも含め、相談に乗ってくれます。税務署は被災者の生活再建を応援するため、被災者に有利な方法を教えてくれるはずですから、被災の状況を話して相談に乗ってもらいましょう。

CYA-TOZU.jpg<図>被災者の所得税を減免する2つの仕組み(図をクリックすると大きくなります)

災害減免法の適用を受けられない、または受けない人は、雑損控除を申告することになります。

 雑損控除の対象となるのは

雑損控除は、地震や火災などで痛手を受けた被災者の生活再建を後押しするため税を減免する仕組みで、所得から差し引く(控除する)ことができる地震による損害(損失)を幅広く認めています。家や家財、さらに通勤や通学で使っていた自家用車の損害が控除でき、さらに生活を元通りにするためのやむを得ない支出も控除の対象です。ただし、その全額が控除できるわけではありません。計算方法は順を追って説明しますが、まずは多くの方の損害額が最も大きい家(住宅)の考え方をもとに、その仕組みを説明していきます。

15.jpg算定のベースになるのは「地震が起きる直前の時価」

雑損控除では家に限らず、損害額を「地震が起きた時の時価」をもとにするのが大原則です。20年前に1億円の豪邸を立てた方は、昨年の地震の時には家は古くなって、時価は下がっていたはずです。家の時価の計算では「元の価格(取得価格)の1割は価値が残る」という前提で、どのくらい価値が下がったか(減価償却分)を計算し、そこから被害の程度に応じて損害額を算出します。

例えば家を1000万円で買った場合は、その9割の900万円をもとに、古くなって価値が下がった分の計算をします。減価償却分が300万円(この計算方法は次回以降に説明します)とすると、家の時価は700万円です。家が全壊の場合は100%、半壊の場合は50%、一部損壊は5%の価値が失われたとみなしますから、

 全壊なら700万×1.0=700万円

 半壊なら700万×0.5=350万円

 一部損壊なら700万×0.05=35万円

が損害額となるわけです。

家の被害の割合.jpgり災証明書の分類には大規模半壊がありますが、り災証明書をもとにした税務署の簡便な計算方法では、大規模半壊の場合、被害割合は半壊と同様に被害割合は50%で計算することになっています。り災証明書の判定に不服で2次審査など申請している方や、大規模半壊の証明をもらったが、自分はどうみても全壊だと思っている方は、手持ちの書類や写真など、被害の程度を説明できる資料を持参して、そのことを説明する必要があります。税務署は公的機関が発行したり災証明書の判断を重視はしますが、常にり災証明書の判定に縛られるわけではありません。上の例で示したのはあくまで簡便法、つまり簡単便利な計算方法を使った場合の計算方法で、損害額や損害の程度がきちんと証明できれば、簡便な計算方法を使わない控除も認められる可能性があります。

家以外の家財や車の損害については、り災証明書には記述はありません。テレビやタンス、仏壇などたくさんある家財の取得価格や時価を一つひとつ計算して足し上げたり、走行キロ数や細かいキズの有無によって変わる車の時価を出すのは難しいので、損害額の計算では家とは別の簡便な計算方法を使います。この方法は後で説明します。

15.jpg修理費は「災害関連の支出」

話を家に戻します。雑損控除で認められるのは家の損害額だけではなく、災害関連の支出として家の修理費も一部が控除の対象になります。ただし、家の新築は修理ではないので新築費用は控除できず、修理費についても損害額を除いた分しか対象になりません。修理費が家の損害額より少なければ、結果的に雑損控除の対象にはならないことになります。

例えば、先ほどの例で一部損壊の家の修理費が40万円かかった場合、損害額は35万円だったので、損害額と修理費をあわせると

40万+35万=75万円

になります。しかし、修理費は損害額を除いた分しか対象にならないので、控除の対象になる修理費は

40万−35万=5万円

だけです。家の損害額と合わせて雑損控除の対象になるのは。

(40万−35万)+35万=5万+35万=40万円

となるわけです。修理費が30万円なら、雑損控除の対象は損害額の35万円のみとなります。

益城町空撮.jpg家に関連する災害関連支出の対象になるのは修理費だけではありません。とりあえず雨漏りをしのぐためのブルーシートの購入費や、家具を運び出したり、解体したりした費用も災害関連支出の対象となります。益城町などでは家そのものの被害は小さかったものの、地盤の修復にかなりの出費をしたという方も多かったと聞きますが、液状化や地割れで軟弱になった地盤を修復した場合、その修復費も災害関連支出の対象です。こうした支出はり災証明書だけではわからないので、申告の際は工事費の領収証などを忘れないようにしてください。

15.jpg墓石の修理費は3割が対象に

災害関連支出は家屋本体の費用だけでなく、門やブロック塀も含まれます。家から遠く離れた墓地にある墓の修復費も、倒れた墓石の除去費用や墓石代も含めて、元に戻すのにかかった費用の30%が、原則として雑損控除の対象になります。墓については損害額と修理費をきちんと計算することが難しいので、元に戻すのにかかった総額の30%を修理費とみなすのです。東京に住んでいて家などには熊本地震の被害はなかったが、熊本にある先祖代々の墓が倒れて修復費がかかったという方は、東京の最寄りの税務署に雑損控除の申告をしてください。

熊本市内の墓地.jpg一方で、控除の対象になるのは生活を元通りにするのに必要な費用だけです。壊れた家から運び出した家具の置く場所がないので、新築のアパートの部屋を借りて倉庫代わりにした場合、その家賃まで災害関連支出とは認められるかどうかは微妙です。粗末な石を置いただけの墓が倒れたので、「この際だから」と高級な御影石を使って立派な墓地を造った場合や、一部損壊した屋根の瓦を高級ブランド瓦にした場合は、元通りにする以上にかかった費用は控除の対象になりません

ただ、その場合でもほかに手がなければ控除の対象になるケースもあります。ブロック塀は昔より地震に強いものにすることが求められており、今は中に鉄筋を通すのが普通ですから、元に戻すと地震の前のブロック塀より立派なものになってしまいます。ブランド瓦についても、使う気はなかったのに業者から「今は瓦不足でこれしかない」といわれてやむなく使ったというケースもあるかもしれません。合理的な理由があり、それをきちんと説明できる場合は、元通りにする以上の費用についても雑損控除が認められる可能性があります。

3-2HYOU.jpg一方で、災害関連の支出といっても、水道が通るまでのミネラルウオーター代や、ガスが開通するまでのカセットコンロの代金など、家や家財に関係しない支出は雑損控除の対象外です。また、別荘は生活再建に不可欠とはみなされず、損害額も修理費も控除の対象にはなりません。1点30万円以上の書画骨とうや掛け軸も、同じ理由で控除の対象外です。言い換えれば、書画や骨とう品は、いくら高価なものでも1点30万円までしか雑損控除はできないことになります。

15.jpg空き巣被害は対象、詐欺被害は対象外

なお、すでに説明した通り、雑損控除は地震など災害だけでなく、空き巣の被害額も対象になります。熊本地震の後には一時、被災地で空き巣が横行しました。避難生活をしていた間に空き巣に入られたという人は、地震による家財の損害が認められなくても、盗難被害による雑損控除が認められる可能性があります。一方で、地震の後には町内会の役員と名乗る男が「義援金を集める」などといって金をだまし取ったケースもあったようですが、詐欺による被害は雑損控除の対象外です。

 損害額の計算方法

これまでに説明した通り、雑損控除の損害額は買った時の価格をもとに、年月の経過を経て価値が減った分(減価償却分といいます)を差し引いて地震が起きる直前の時価を出し、それに全壊なら100%、半壊なら50%というように、損害の程度を反映させて算出します。

160914ekijouka7.jpgのサムネイル画像

15.jpg家の損害額の計算方法

減価償却分は1年ごとに価値が減じていく割合(減価償却率といいます)に、住み始めてからの年数をかけて計算します。減価償却率は下表のように、平均的な家の構造別の寿命によって決まります。例えば木造住宅の耐用年数は33年、すなわち1年ごとに33分の1ずつ価値が減っていくと考えて、1÷33=0.031に築年数をかけて減価償却率を出します。1年に満たない場合6か月以上は切り上げ、6か月未満は切り捨てます。

建物償却率.jpgすでに説明したように、どんな家でも最後まで1割の価値は残るとみなして計算しますが、一方で耐用年数は通常の年数より5割程度長くして、時価が高く出るようになっています。

10年前に1000万円で買った木造住宅の減価償却分は、

 1000万×0.9×0.031×10年=900万×0.31=279万円

となりますから、この住宅の時価は

 1000万-279万=721万円

になります。半壊だった場合の損害額は

 721万×0.5=約360万円

となるわけです。

15.jpg買った価格が分からない場合は

最初にいくらで家を買ったかわからない、またはわかっているが、売買契約書が地震でなくなってしまった、という方もいるでしょう。東日本大震災では、家が根こそぎ津波にさらわれてしまい、契約書が一切ないという人がたくさんいました。取得時の価格が分からないと減価償却費を差し引く元がなく、損害額の計算ができません。そのような場合は、床面積と建築年月日と家の構造(木造か、鉄筋かなど)から、だいたい買ったときはこの程度の価値だっただろうとみなし、そこから時価を計算します。

みなし計算方法.jpg

上の図に示したのは、構造別の1平方メートル当たりの全国平均の建築費です。この数字に床面積をかけて取得時の推定価格を出し、その9割に年数に応じた建物構造別の償却率をかければ減価償却分が計算できて、取得時の価格が分からなくても時価が出せるというわけです。こうしたデータは登記簿謄本にすべて記載されていますので、申告の時にお持ちになると計算がスムーズになります。

なお、マンションの共用部分については、個々の住居の分譲価格(取得価格)に含まれています。専有の住居部分が無傷で、共用部分のみが損壊した場合でも雑損控除の適用が受けられる可能性があります。

15.jpg家財の損害額の計算方法

家財についても、テレビ、たんす、冷蔵庫など一つひとつの価値の減少分を計算して時価を出し、それを足し上げていくのが原則です。しかし、すべての家財の取得価格や、買ってからの年数を調べて時価を計算するのは大変面倒で、難しいことです。そこで、家族構成から平均的にこの程度の家財を持っていたとみなして損害額を計算する「簡便法」を使うことができます。

家財みなし表.jpgそれを示したのが上の表です。簡便法では、世帯主が45歳の夫婦2人なら家財は1100万円、さらに同居する大人(18歳以上)は1人130万円、子ども(18歳未満)は1人80万円を加算します。世帯主が45歳の夫婦に同居する20歳と16歳のきょうだいがいたとすれば、この4人家族の世帯は地震の時に

 1100万+130万+80万=1310万円

の家財を持っていた、とみなすわけです。この方法なら実際に一つひとつの家電製品や家具をいつ、いくらで買ったか、それがどの程度壊れたのかわからなくても大丈夫です。世帯主の年齢だけで家財の総額が分かるの?、と思う方もいるでしょうが、地震保険の家財保険に入るときの補償額もこの方法で決めることが多いようなので、ある程度実態を反映しているのでしょう。

簡便法を使った場合は、家財の被害の程度は家の被害の程度と同じとみなします。「家は一部損壊ですんだが、家財はほぼすべて傷ついた」という場合でも、家の被害の程度が5%なら、家財も被害の程度は5%とみなされます。

先ほどの世帯主が45歳の夫婦で、20歳と16歳のきょうだいが同居している例では、家が半壊なら家財の損害額は

 1310万×0.5=655万円

家が一部損壊なら家財の損害額は

 1310万×0.05=65万5000円

となるわけです。家と家財の被害の程度が大きく異なり、それを控除額に反映させたいという方は簡便法は使わず、家財の損害額を足しあげて申告することになります。

15.jpg車の損害額の計算方法

車償却率.jpgのサムネイル画像車は中古車の下取りなどでは車種や走行キロや細かいキズの有無などをみて価格(時価)を査定しますが、雑損控除での時価の計算には簡便法があります。最も使うケースが多いであろう乗用車の減価償却率は上の表の通りです。排気量2リットル以下の小型車は普通車に含みます。トラックの償却率は上の表にあげた乗用車の償却率とは異なるので、申告窓口でご確認ください。ただし、軽トラックの耐用年数と償却率は軽自動車と同じです。オートバイの損害も雑損控除の対象になり、乗用車や貨物車とは別の償却率を使って時価を計算します。なお、自転車はここでいう「車」には含まず、家財の扱いになります。

車の損害の程度は全壊、半壊、一部損壊といった判断が難しいので、修理費をそのまま損害額として認めるのが原則です。時価200万円の車の修理費が50万円かかったとしたら、50万円が車の損害額となります。ただ、修理費(=損害額)として認められるのは車の時価までです。時価10万円の旧型車の修理費が20万円かかった場合は、損害額は10万円で、残りの10万円は災害関連支出として申告することになります。全壊した家の新築費用と同じく、新車への買い替え費用は控除の対象になりません

こうして家と家財と車の損害額と、さらに前回説明した災害関連の支出が計算できました。しかし、この全額が雑損控除として所得から差し引けるわけではありません。

 雑損控除額の計算方法

15.jpg保険金を損害額から差し引く

家と家財と車についての損害額と、災害関連の支出は雑損控除の対象ではありますが、その全額が控除できるわけではありません。地震保険などで補てんされた額は所得控除の対象にはなりませんから差し引く必要があります。農業が盛んな熊本県では、地震災害をカバーする「建物更生共済(建更=たてこう)」に加入している人が多いと聞きますが、建更の共済金も扱いは保険金と同じです。

ただし、自治体からもらった義援金や災害弔慰金、支援金、親戚などがくれた見舞金は、原則として損害額から差し引く必要はありません

ちなみに地震保険や共済金による補償額には所得税はかかりません義援金や見舞金などにも所得税はかかりません。地震保険の保険金がおりた方は、損害額からその分を差し引かなければならないため雑損控除の額は小さくなりますが、「保険金に所得税がかかって確定申告すると損をする」ということは基本的にはありません。親戚からの見舞金は損害額から差し引く必要もなく、所得税もかかりませんが、社会通念上あり得ない多額の見舞金は見舞金とは認められず、贈与税がかかることがあります

15.jpg最後に所得の10%を差し引く

こうして出てきた額から、最後に所得の10%を差し引くと、ようやく雑損控除の実額が出てきます。ひとつの式にすると

5-1四しき.jpgとなります。保険金額は家と家財と車、さらに災害関連支出のそれぞれから差し引くことに注意してください。例えば家財の損害額が100万円で、家財保険が150万円出た場合、差し引くのは100万円だけです。引ききれない50万円を、家や車の損害額から差し引く必要はありません。

15.jpgもうひとつの控除額と比べて大きい額を選ぶ

ようやく雑損控除額が出ましたが、実は、式は家や家財や車の損害額は小さかったが、災害関連支出が大きかった方を救済するため、もうひとつの出し方があります。ものすごく大きな旧家が一部壊れた(=家の損害額は小さい)だけだが、大きい家なので大量のブルーシートが必要だった、という場合などは、家の損害額より災害関連支出の方が多いこともあり得ます。そこで、

5-2SIKI.jpgでも控除額を計算し、①の式と②の式の大きい額を控除できるというルールになっているのです。ただし、すでに説明しましたが、災害関連の支出には家などの修理費を含めることはできますが、あくまで損害額を差し引いた額で、損害額と修理費を二重にカウントすることはできません。

15.jpg所得税が戻ってくる目安は

多くの方は家や家財の損害額のほうが大きいでしょうから、①式で雑損控除を出すことになると思われます。①つまり、家、家財、車の損害額に災害関連の支出を足した額から地震保険や建更の保険金を差し引いてもまだ所得の1割を超えている人は、確定申告すると雑損控除で所得税が戻ってくることになります。つまり、

まとめフリップ.jpgが、確定申告をして雑損控除を受けるかどうかの大ざっぱな目安となるわけです。年間所得から雑損控除分を差し引いた残り(課税所得)には当然所得税がかかりますから、雑損控除を受ければ所得税がゼロになるわけではありません。いくら損害額と災害関連支出が幅広く認められるといっても、損害額が小さい、所得が多い、地震保険の保険金が下りたという方の中には、被災者でも控除を受けられないケースもあります。

15.jpg雑損控除は繰り越せるが...

反対に、損害額が大きい方の中には、雑損控除の控除額が昨年の所得を上回り、引ききれないという方もいるでしょう。その場合は3年の繰り越しができます。「繰り越し」が3年ですから、所得から差し引けるのは昨年、今年、来年、再来年の4年分となります

ただし、雑損控除は最優先で控除するルールになっています。例えば所得が500万円、雑損控除額が600万円、医療費控除などその他の所得控除額が50万円ある、という方は、500万円の控除によって所得はゼロ、したがって所得税もゼロとなります。ただし、500万円はすべて雑損控除による控除とされ、翌年に繰り越せる雑損控除額は150万円ではなく、100万円となります。

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* * *

まだ家が工事中で修理費がいくらかかるかわからない方もいれば、大きな損害がなかったのでり災証明書をとっていない、という方もいるでしょう。熊本地震による損害は昨年、一斉に発生しましたが、復旧の速度はまちまちですから、当然のことです。そういう場合は来年の確定申告で改めて申告すれば、さかのぼって雑損控除が適用されますから、あわてる必要はありません。

とはいえ、今年は税務署が相談窓口などを設けて対応していますから、相談するチャンスです。繰り返しますが、確定申告をしないと払いすぎた所得税は1円も戻ってきません。修理が終わっていなくても見積書を持って税務署に行き、まず相談してみることをお勧めします。なお、KKTでは個別の事例の相談はお受けできません。問い合わせやご相談は税務署や税理士にお願いします。最後に、連載の1回目につけた必要書類のチェックリストを再掲しておきます。

必要書類.jpg税務署の相談会場、税理士による無料相談会場の日時、場所一覧は yubiyubi.png こちら

(KKT報道局・丸山淳一が担当しました。写真と本文は関係ありません)

熊本から流出加速 市区町村別人口データ          2017年1月31日

総務省は、全国市町村の転出者と転入者をもとにした2016年の「人口移動報告」を公表しました。昨年1年間に熊本県外に住所を移した転出者と、県内に住所を移した転入者の差は6791人の「転出超」となり、2015年の3933人を大きく上回りました。熊本地震で多くの被災者が出た熊本市は1540人の「転出超過」となり、転出超過人数は2015年の3倍以上に達しました。5区で最も転出超過となったのは地震の被害が大きかったとされる東区(2454人)で、2度の震度7に見舞われた益城町が、2015年の346人の「転入超過」から、一転して1319人の「転出超過」となるなど、熊本地震が影を落としていることが分かります。

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一方、熊本市のベッドタウンとして住宅開発が進む合志市は、熊本地震で大きな被害がなかったこともあり、808人の転入超過でした。南阿蘇村の被災地などから仮設団地に移り住んている人がいる大津町や菊陽町なども転入超過となっています。

人口移動報告は自治体間の人の移動を住民基本台帳法に基づいてまとめた統計ですが、これとは別に、県は国勢調査の結果をもとに、2016年12月20日に2016年の推計人口調査をまとめています。それによると、2016年10月1日現在の熊本県の人口は177万4538人で、2015年10月1日からの1年間で1万1632人(0.65%)減少しました。

こちらの統計には出生や死亡による人口の変化が含まれますが、やはり熊本地震の影響が出ており、人口移動報告と傾向は同じです。市町村別では東海大阿蘇キャンパスの被災で多くの学生が熊本市に転居した南阿蘇村の減少率が3.7%と最も大きくなっていますし、熊本市の人口が73万9606人と1000人以上減っていて、益城町の人口は前年の0.9%増から一転して3.3%の減となっています。最も人口が増えたのはこちらの統計でも合志市です。

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人口移動調査で熊本県の転出入を月別にみた右のグラフは、上が転入超過、下が転出増加を示しています。5,6月が前年にはなかった大幅な転出超過になっているのは、熊本地震の影響によるものです。多くの人が住み家を失ったり、勤め先が休業に追い込まれたりしたのですから、地震直後に県外への転出が増えたのは仕方がない面もあります。

見逃してはならないのは、グラフから見えてくるもうひとつのポイントです。グラフの灰色は2015年、赤色は2016年の熊本県への転出入数ですが、月別にみると昨年の転出超過が最も多かったのは、5月でも6月でもなく、熊本地震が起きる前の3月なのです。3月の転出超過には地震の影響はないはずで、実際に3月と4月の転出超過数は2015年とほぼ同じです。

新年度に県外の大学や企業に進学や就職をする人(多くは若い人でしょう)が、震災の影響に匹敵する規模で毎年流出していることに、改めて気付かされます。福岡県以外の九州各県は、熊本県と同じか、より深刻な傾向にあります。例えば長崎市は地震の被害がなかったにもかかわらず、2016年の転出超過は1547人と、熊本市の1540人より多いのです。

熊本県の転出超過は昨年10月以降は収まり、わずかながら転入超過となっています。県外に避難していた人が戻ってきたり、復旧・復興工事のために県外から熊本県に転入する人が増えたりしているからでしょう。しかし、復旧・復興工事による転入超過は長くて数年しか続きませんし、震災で県外に転出した人がすべて熊本に戻ってくるわけではありません。蒲島知事は「創造的復興によって人口減に歯止めをかける」と話しましたが、確かに熊本を地震前の姿に戻すだけでは、人口減に歯止めはかけられないでしょう。熊本に新たな価値を加える復興ができるかどうかが、熊本が人口減時代を生き残るかどうかを決めるカギになるのです。

被災した学者が熊本地震を徹底分析               2016年12月21日

yokosehon.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像のサムネイル画像熊本地震を多角的に分析し、KKTの地震特番でも熊本地震について解説(2016年10月15日放送、上の動画)してくれた熊本大大学院准教授の横瀬久芳さんが2016年12月21日、熊本地震のメカニズムを独自の視点でわかりやすく分析した新著(写真左)を出版しました。

タイトルは『面積あたりGDP世界1位のニッポン 地震と火山が作る日本列島の実力』(講談社+α新書、860円=税別)。経済関係の本と勘違いしそうですが、内容は『目からウロコの熊本地震の真実』とでもいうべき本です。

第1章~第5章は熊本の自然も例にとりつつ、われわれの暮らしが地震や火山と切っても切れない関係にあることを記しています。本題ともいえる熊本地震の分析は第6章から始まります。横瀬さんは、①どこで地震が発生するのか②どのくらいの地震規模なのか③地震でどのような種類の災害が、どこで発生するのか④地震の終息宣言はいつ出せるのか⑤いつ地震が発生するのか――の5つの質問に答えることを目指し、地震発生から現在、そして今後の予測について、丁寧にわかりやすく、時に大胆に熊本地震を解析していきます。

前震から本震へと続いたメカニズム、揺れが大きくなる地域や被害の特徴、今後の地震の見通しも記され、著者自身が被災したからこそ指摘できる体験談や、生活を支える「影の減災ツール」も紹介しています。日本全国、いつ、どこで大きな地震が起きるかわかりません。熊本に住む人だけでなく、地震のことを知りたい人には参考になる一冊です。

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横瀬さんは海洋火山学が専門で、多くの地震学者とは違った視点から熊本地震を分析しています。新説や異説に仕分けされてしまう内容もありますが、いずれも膨大なデータと科学的な分析に基づいており、著書は自然科学の見地から熊本地震を検証する重要な見方を提供してくれています。改めて横瀬さんを取材し、著書の中からえりすぐった4つのポイントを「被災した地震学者が徹底分析」と題して紹介します。

 ポイント1 断層の大きな「割れ残り」はもうない

2度の熊本地震は、布田川(ふたがわ)、日奈久(ひなぐ)の2つの活断層が影響しあって活動したために起きたことはよく知られています。布田川断層帯は阿蘇外輪山の西側、南阿蘇村から益城町木山付近を経て宇土半島の先端に至り、日奈久断層帯は布田川断層帯と接する益城町木山付近を北端とし、芦北町を経て八代海南部に至る断層帯とされています。

hinaguhutagawa.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像<図1>熊本地震を起こした布田川、日奈久断層帯の推定図(地震調査委員会2013年)

2つの断層帯の交点にある益城町木山付近は熊本地震で大きな被害を受け、その後もこの2つの断層が破壊され続けて余震が続きました。ただ、宇土半島北岸や八代海南部といった2つの断層の南西部ではマグニチュード6を超える大きな地震は発生していません。地震学者の中には、「2つの断層の南西部では一連の地震でもエネルギーが放出されていない『地殻の割れ残り』があり、いつ大きな地震が起きてもおかしくない」と指摘する人もいます。しかし、私は断層の南西部に大きな割れ残りはなく、それどころか、活断層そのものが存在しないと考えています。

活断層型の地震は、地殻の上部に外的な力が加わってエネルギーがたまり、一気に割れた時に起こります。活断層に沿って地震が起きるのは、過去の割れ目である活断層が最も割れやすいからです。大きな石を万力で挟んで割り、割れ目を接着剤でくっつけても、再び万力で挟んで力をかければ、おそらく接合したところが割れるのと同じです。つまり、活断層型の地震は同じところで起きやすいわけです。

にもかかわらず、あれだけ大きな地震が起きたのに、2つの断層帯の南西部では大きな地震が起きていません。そもそも宇土半島北岸や八代海南部では、熊本地震の前にも有感地震ですらまれにしか起きていないのです。

地図1.jpgのサムネイル画像<図2>熊本周辺の震央とマグニチュードの分布図

1985年(昭和60年)1月から熊本地震の前月までに起きた震央と地震の規模(マグニチュード)の分布を示したのが<図2>です。この間に発生した震度1以上の有感地震の中で、震源の深さが22キロよりも浅いものを抽出しており、赤丸の大きさはマグニチュードの大きさを示しています。この図を見ると、熊本地震の前まで「熊本は地震がない」と言われてきたのが不思議なほど多くの地震が起きていますが、黒い丸で囲った宇土半島北岸や八代海南部では地震が起きていないこともわかります。1960年(昭和35年)までさかのぼって調べてみても、結果は同じでした。100%断言はできませんが、私はこの地域には活動的な地殻の割れ目、すなわち活断層はないと考えています。

「半世紀程度さかのぼっただけでは、過去にずっと地震がなかったと言えないだろう」とお思いの方もいるでしょうが、過去に大きな地震があれば、何らかの痕跡が残るはずです。布田川断層の南西部は当初は存在が認められておらず、宇土半島北側が直線状に北東から南西に延びている地形などから推定して付け加えられたものです。しかし、この地形は有明海から外海に出る潮流が、半島北部を侵食し続けてできたと考える方が自然です。

活断層型の地震が同じところで繰り返し起きるなら、益城町など活断層があるところは、今後も大きな地震に見舞われることになります。しかし、大きな揺れがあったところはエネルギーが放出されていますから、被害が大きかった地域が、すぐに再び大きな地震に見舞われる恐れはほぼないと言えます。最近では地震計の設置台数も増えて、地震の発生か所は数百メートル程度の誤差で詳細をつかめるようになっています。熊本地震で得られたデータを被害を減らす「減災」に生かして復興を進めていけばいいのです。

 ポイント2 熊本平野は巨大な「逆三角すい」の上にある

大きな地震があるとニュースでは震度や震央が数字や✖印で平面の地図の上に示されます。しかし、われわれが暮らしているのは3次元空間で、平面に住んでいるわけではありません。地下でも同じことで、震源には深さがあります。前震と本震、そしてその直後の震源を3次元空間に記していくと、平面地図で見るのとは違う熊本地震の様子が見えてきます。

singensindo.jpg<図3>一連の熊本地震の震央と深さの分布図

それを示したのが<図3>です。黄~赤の丸は、前震(2016年4月14日)から本震(4月16日)の直前までの間に起き、黄~青の丸は、本震が起きてから最後のマグニチュード5.0以上の余震が起きた4月19日午後8時47分までの間に起きた地震です。ともにマグニチュード1.0以上、震源の深さが22㎞より浅い地震だけを抽出し、震源の深さに応じて11段階に色分けしています。地震の規模(マグニチュード)に関わりなく、丸は同じ大きさで示しています。

まず、前震と本震の間に起きた地震を3次元の地図に記録していくと、熊本平野の地下に北東から南西に続く上辺約60キロ、最深度約18キロの台形上の地下斜面が現れます。16日の本震以降もこの斜面での余震は続き、震源は時間がたつにつれて深くなっていきました。

tetora2.jpgのサムネイル画像また、本震の後には、宇土半島の付け根を横断する上辺約40キロの三角形の地下斜面と、熊本平野の北部を折れ曲がって横断する上辺約70キロの、ややいびつな地下斜面が現れます。つまり、熊本地震は3つの地下斜面に沿って起きており、3つの面をつなぎ合わせると、熊本平野の地下には頂点を下にした巨大な三角すい(錐)があることが見えてきます。

巨大な三角すいの面のうち3面は地下にあり、上部の1面だけが地表に出ています。熊本市や周辺の町村はこの三角すいの地表面にあり、その面の上で100万人近くが暮らしているわけです。

<図3>は3次元を2次元で示しているので、わかりにくいかもしれません。コンビニで三角すいの形をした枝豆パックを見つけたので、これを使って説明すると、てっぺんの平らな部分に熊本市があるわけです(写真)、赤い星をつけた三角すいの最深部が、<図3>の赤い星ということになります。

今回の地震を大きくとらえると、100万人を乗せた逆三角すい全体が反時計回りに動いたとみることもできます。3次元で地震の分布をさらに詳しく分析していけば、それぞれの断層がどう破壊され、震源が今後どこに移っていくか、予測しやすくなるかもしれません。

この連載の1回目で、私は布田川断層帯の宇土半島北岸区間や日奈久断層帯の日奈久区間に活断層は存在しないのではないか、とお話ししました。では、断層はどこにあるのか。地質発達史と熊本地震の余震分布から、私が推定している現在活動的な地表地震断層を記したのが<図4>です。布田川断層の布田川区間、木山断層、北甘木断層、白旗断層は地下で単一の断層面とつながっていると考えています。(新)と記したのは学会で存在が一般的になっていない地表地震断層です。私の推計では日奈久断層はごく短く、マグニチュード7以上の大きな地震を起こすとは考えにくいと思っています。

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<図4>横瀬さんが推計する熊本地方の地表地震断層分布図

分布を上空から俯瞰すると、断層が熊本平野の上に三角形の3辺をなぞったように分布しています。熊本平野が巨大な逆三角すいの上にあり、一連の地震でその逆三角すいが反時計回りに動いたとすれば、地表の割れ目である断層が三角形の辺に沿う形で分布するのはごく自然なことです。

<図4>で示したのはあくまで私の推計によるものです。活断層についてはまだわかっていないことがたくさんあります。観測の精度が飛躍的にアップしているのですから、精度が低かったころに作成された昔の断層図にとらわれることなく、もっと科学的な解析を進めるべきです。私の説がそのきっかけになってくれればと思います。

 ポイント3 被害の大きさを決めた3つの要素

地震の被害は震源に近いほど大きくなりますが、活断層型の地震では大きく揺れる地域は断層周辺に限られます。にもかかわらず、熊本地震では震源から10キロ以上離れているのに大きな被害が出たところがありました。建物の築年数、耐震性などだけの問題ではありません。実は地震の被害の程度は、震源からの距離、地下の地質、そして土地の傾斜と大きく関係しています。

tisituzu.jpg<図5>熊本平野の地質と活断層

<図5>は2003年に熊本県地質調査業協会がまとめた熊本平野の地質図です。熊本市は「水の都」といわれるように、阿蘇方面で降った雨が地下にしみ込み、地下水となって熊本平野に流れ込んでいます。表層に近い地下水の一部は水前寺から江津湖周辺で湧き出し、さらに深い地下水は熊本市の水源となっています。熊本市東部や益城町に広がる保田窪砂礫層(黄色部分)は水を含んだ帯水層で、地盤が軟弱な地域です。地下水が豊富な帯水層と呼ばれるところには水を含んだ土砂が堆積しており、地震で揺さぶられると砂つぶの隙間にある水が揺れで外に押し出され、地盤が変形しやすくなります。

また、自然堤防堆積物が拡がる地域(水色部分)も、川が運んできた粒の大きな土砂が積もっていて帯水層になりやすく、やはり地盤が軟弱です。熊本城や九州新幹線の脱線地点、熊本市南区川尻の液状化地域は2度の震度7の震源からは少し離れていましたが、地盤が弱い地層の上に位置していました。熊本市内で白川や緑川にかかる多くの橋が損傷したのも、川の両岸の土手が地震の揺れで変形したためと思われます。

ちなみにJR鹿児島線の西側の熊本市西区も埋立地ですから地盤が軟弱で、揺れが大きく感じる傾向があります。相次いだ余震で熊本市西区の揺れが大きくなりがちなのは、地下の地質が関係しているというのが私の考えです。

さらに、土地の傾斜の有無も被害の大きさを左右します。益城町周辺は平らに思いがちですが、県道熊本高森線を車で走ってみると、結構アップダウンがあることに気付きます。土地に傾斜があれば、当然土砂は動きやすくなります。つまり、益城町の被害が大きかった地域は震源から近かったから、だけではなく、地盤が軟弱で、さらに傾斜があったという3つの要素が重なったためだった、と考えられます。

では、断層に近く地盤も軟弱な地域は、復興しても再び地震で大きな被害を受ける宿命にあるのでしょうか。私はそうは思いません。活断層の位置が分かっているところはそこを避けて家を建てた方がいいことは言うまでもありませんが、軟弱な地盤については深い杭を打てば、液状化しても建物は倒れません。地震が来る前から分かっている土地の特質を踏まえ、災害に強い町を作れば、必ずや大きな被害は防ぐことができます。

 ポイント4 本震は予測できた では今後はどうなる?

熊本が短い間に2回も震度7に見舞われたことについて、多くの地震学者は「これまでにない予想不可能な出来事だった」とコメントしました。気象庁も本震の後、1か月以上にわたって大きな余震に警戒するよう呼びかけ続け、最近では「最初の地震より小さいという誤解を与えかねない」などの理由で「余震」という言葉も使わなくなりました。

確かに短い時間で震度7が2回というのは予想外だったかもしれません。しかし、大きな地震で前震の後、あまり間を置かずにもっと大きな本震が来る、というのは珍しいことではありません。阪神大震災も東日本大震災も、昨年の鳥取県中部の地震も、本震の前に前震がありました。前震が大地震と呼べる規模でなかったために大きく報じられず、いきなり本震が来たかのように記憶されているだけなのです。

残念ながら、今の科学では大地震がいつ起きるかを予測することはできません。しかし、地震が起きた後、それが前震で、間をおかずにさらに大きい本震が来るかどうかは予測できるのです。熊本地震でも前震は予測できませんでしたが、その後の本震は少なくとも予測可能な状況でしたし、本震の後にさらに大きな地震が来ないことは予測できました。

予測する方法は難しくありません。時間の経過とともに地震が収束に向かうかどうかを見る時に、地震の規模(マグニチュード)の推移に注目するのです。

6jisinnkaisuu.jpgのサムネイル画像地震は地殻が破壊されることによる巨大なエネルギーの放出活動です。マグニチュードは対数で、1 大きくなると地震のエネルギーは約32倍に、2大きいと実に1000倍になります。0.2大きくなるだけで、エネルギーは約2倍になります。

ところが、地震の経過は左の<図6>のように縦軸は回数で示されることが多いのです。気象庁のホームページでも熊本地震を時間の経過とともに回数がどう変化したかを紹介しています。

これでは地下で地震のエネルギーが増えているのか、減っているのか、といった地下で起きていることを正確につかむことはできません。回数ではなくマグニチュードに注目すると、一連の地震の経過を示すグラフは一変します。

jisinngurahu.jpgのサムネイル画像<図7>前震から本震までに発生したマグニチュードの推移

回数ではなく、縦軸を対数のマグニチュードにします。縦軸を対数にするのですから、横軸の時間も対数軸とします。こうして熊本地震の前震と本震の間に起きた地震のマグニチュードの推移を示したのが<図6>です。これをみると、前震の後いったん下がったものの、すぐに右肩上がりに転じていたことがわかります。

大地震が起きると地震エネルギーは放出され、直後の地震のマグニチュードは小さくなります。しかし、熊本地震のように後から本震が来る場合は、前震では破壊され切れなかったところに再び力がかかり、本震の予告となる地震が起き、そのマグニチュードが増していくのです。熊本地震の前震と本震の間には「余震」ではなく「予震」というべき揺れが続いていたことが、グラフからはっきり読み取れます。

kaisuukongojisinkaisuu無題.jpg <図8>本震以降の地震発生回数(縦軸、横軸とも対数軸)の推移

では、本震以降はどうでしょうか。縦軸をマグニチュードから発生回数に変え、横軸は経過時間としていずれも対数軸とし、本震後約9か月(対数)まで推移を追ったのが<図8>です。地震の回数が若干増加に転じる傾向も読み取れましたが、全体としては、地震の発生回数は時間とともに一定に減り続け、右肩下がりとなっています。昨年出演したKKTの番組でもお話しした通り、私はこのまま地下の不安定性が解消されれば、一連の熊本地震は2020年夏の東京五輪が開かれるころに完全に終息するとみています。

地震が起きたら、まず震源とマグニチュードを確認することです。自分がいるところから半径10キロ以内の震源で、マグニチュードが増加傾向にある場合は要注意です。過去の事例から考えて、48時間くらいは警戒してください。一方、その間に全体としてマグニチュードが減少していくなら、地下の岩盤は安定化に向かっているとみなせますから、ひと安心といっていいと思います。

* * *

大きな地震や火山の噴火は日本にはつきものですが、全く人間が対処できず、遭遇したらなす術なし、というわけではありません。被害を完全に防ぐことはできなくても、現代の科学を駆使すれば、被害を最小限に抑える「減災」に向けた対策は充分に可能です。自然現象を「正しく怖がる」ことができれば、復興に向け"がんばるばい!"という気持ちもわいてくるのではないか――そんな気持ちでこの本を書きました。

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yokosekao-2.jpg横瀬 久芳さん(よこせ・ひさよし) 1960年新潟県生まれ。84年新潟大理学部地質鉱物学科卒、86年同大学院理学研究科修了。専門は海洋火山学で、世界の深海底を探索し、2011年には奄美大島沖の海底火山からレアメタルに富む鉱石を発見した。2007年から熊本大学准教授。著書に「はじめて学ぶ海洋学」(朝倉書店)「ジパングの海 資源大国ニッポンへの道」(講談社+α新書)。

復旧・復興プランと28項目の工程表          2016年10月3日

161003hukkoukaigi.jpg蒲島知事は8月3日、熊本地震の被災者の住宅支援など24項目の復旧・復興プランと、その実現まで4年間の工程表(ロードマップ)を発表しました。被災した道路や橋を3年以内をめどに完全復旧させるとしたほか、2年後をめどに仮設住宅から災害公営住宅(復興住宅)などに移れるようにするとしています。10月3日の復旧・復興本部会議では、さらに4項目を追加しました。

蒲島知事は工程表を今後4年間の計画とした理由について、「(4月に始まった3期目の)任期にこだわった」と説明しました。

復旧・復興プランは 五百旗頭(いおきべ)真・熊本県立大理事長が座長を務めた「くまもと復旧・復興有識者会議」がまとめた提言を踏まえて作成したものです。被災者の生活再建と自立を支援する「地域支え合いセンター(仮称)」と、被災者の心をケアする「熊本こころのケアセンター(仮称)」を10月にも設置することも盛り込みました。災害廃棄物は発災から2年(2018年4月)までに処理を終えること、阿蘇神社の復旧については、楼門の復旧が2022年度までに完了するよう支援するとしています。

28項目の復旧・復興プランと工程表は以下の通り(*は10月に追加された項目です)。

1、生活の支援・住まいの確保

・被災者の意向に沿いながら、応急仮設住宅や、みなし仮設住宅を提供する。

・仮設住宅等で生活されている被災者については、入居後2年をめどに、自宅や公営住宅などでの生活に移行できるよう支援する。災害公営住宅等については、建設を行う市町村に対し必要な支援を行う。

・被災者の安心できる日常生活を支え、生活再建と自立を支援するため、2016年10月をめどに、市町村が「地域支え合いセンター(仮称)」を設置できるよう、体制整備や人材確保等を支援する。

・市町村などの関係機関と連携して被災者に寄り添った心のケアを行うため、「熊本こころのセンター(仮称)を2016年10月をめどに設置できるよう、関係者との協議を進める。

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2、医療・福祉提供体制の立て直し

・必要な介護職員ど福祉人材の派遣により運営を確保するともに、中長期的な人材確保を推進する。
・被災した社会福祉施設等の復旧、機能や経営面が回復するよう支援を行 う。あわせて、耐震化や防災対策を進めるなど、社会福祉施設の対災性の向上を推進する。
・被災した医療施設が復旧するよう支援を行う。あわせて、耐震化や防災対策を進めるなど、医療施設の対災性の向上を推進する。

・被災時でも適切な医療・介護サービスの提供を可能とするため、 県医師会を中心に、 熊本大学及び県の3者がしっかりと連携し、「くまもとメデ ィカルネットワーク」の構築を進める。

・熊本地震時の対応検証等を踏まえ、 新たな災害発生へに向け災害 ・救急医療提供体制を充実・強化する。

・熊本地震時の対応の検証等を踏まえ、新たな災害発生への対応に向け、福祉避難所、災害派遣福祉チーム(DCAT)等の福祉提供体制を充実・強化する。

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3、災害廃棄物の早期処理と体制強化

・地震により発生した災害廃棄物を、発災後後2年以内(平成30年4月まで) に処理を終了する。

・熊本地震での課題等を整理し、今後の災害に備えて災害廃棄物処理体制のさらなる強化を図る。

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4、児童生徒の心と学力のケア及び防災教育

・地震による心のケアが必要な児童生徒等を減少させる。

・児童生徒の学力を平成 27 年度より向上させる。

・熊本型の防災復興教育を推進する。

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5、学校、体育館等の復旧と機能強化

・被災した学校施設や体育館等について、早期に復旧する。

・改築が必要なものなどについては、2018年度(平成30 年度)までに復旧を完了する。

・学校施設や体育館等について、防災拠点避難所としての機能の強化を 目指す。

・非構造部材も含めた私立学校施設の耐震化など、防災・減災機能整備の整備を支援する。

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6、南阿蘇村立野地区のコミュニティ再生

・崩落した斜面の復旧状況や山腹の安全性を把握するともに、水道施設や道路、橋梁などのインフラ復旧状況を確認する。

・「立野地区寄り添い支援プロジェクトチーム」を主体に、住民の意向に沿いながら、立野地区での生活再開実現を図る。

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7、東海大学農学部の阿蘇キャンパスの再開支援

・東海大学における有識者会議の議論を注視し、そこで決定された阿蘇キ ャンパス再開に係る方向性に沿って実施され取組みについて、支援を行う。

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8、被災宅地の復旧支援

・2019年度(平成 31 年度)の完了を 目標に、 住宅再建の 大きな障害とっている宅地の復旧を支援する。

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9、住宅の耐震化対策

・住宅耐震化に係る補助制度ついて、未整備市町村への支援を行い、 2018年度(平成30 年度)からの県内全市町村での活用を目指す。

・ホームページ等で耐震改修の必要性を継続して周知するともに、技術者育成に関する講習会を開催 し、将来の地震に備えた住宅耐震化を後押しする。

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10、熊本と阿蘇をつなぐ道路の復旧(国道57号・阿蘇大橋・俵山ルート)

・国道 57 号をはじめ、寸断された阿蘇への主要ルートの代替道路となるミルクロードなどの安全対策(渋滞対策や冬期対策等)を行うともに、暫定開通により寸断の影響軽減を図る。 暫定開通により寸断の影響軽減を図る。

・阿蘇地域の復興につなげるため、主要ルートの早期の本格復旧を促進する。

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11、道路ネットワークの早期復旧と強靭化

・発災後3年以内をめどに 被した道路や橋梁の完全復旧を行うとともに、災害時の緊急輸送道路等の拡幅など道路機能の向上を図る。

・災害時の幹線道路リダンダンシーを確保するため、九州横軸縦軸と なる幹線道路ネットワークの整備を促進する。

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12、阿蘇山上施設の再開に向けた基盤整備

・被災した阿蘇山上給水施設について、2017年度(平成 29 年度)末の復旧を目指す。あわせて駐車場やトイレなどの自然公園施設についても、2017年度末までに順次復旧を図る。

・被災した阿蘇登山道路4 ルートについて、観光道路としの機能を早急に回復できるよう、復旧工事に着手する。特に阿蘇吉田線(東登山道) に回復できるよう、旧工事着手す。特阿蘇吉田線(東登山道) に回復できるよう、旧工事着手す。特阿蘇吉田線(東登山道) については、本年中の通行止め解消を図る。

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13、南阿蘇鉄道の復旧

・国が実施する調査により、2016年度(平成 28 年度)中に甚大な被害を受けたか所の復旧工法・工期等を決定のうえ、県も支援し復旧工事を実施する。

・また、2016年度中の高森駅~中松駅間の運行再開をはじめ、被害が少なかったか所について、順次運行再開を図る。
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14、JR豊肥本線の復旧

・国が実施する阿蘇大橋地区の復旧事業 や県の斜面崩落防止のための事業と調整・連携のうえ、JR九州による早期復旧を図る。

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15、熊本都市圏東部地域の振興

・阿蘇くまもと空港をはじめした熊本都市圏東部地域の創造的復興推進するグランドデザインとして、「大空港構想NextStage」を年内をめど に策定し、東部地域の創造的復興を着実に推進する。

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16、熊本城をはじめとした歴史・文化の再生・継承

・熊本城の復旧については、国や熊本市との連携のもと、復旧方針に沿った事業推進を支援する。

・阿蘇神社の復旧については、 楼門の復旧が2022年度(平成34 年度)までに完了するよ う事業推進を支援する。

・その他の国指定以外の文化財に ついては、国や民間からの支援をもとに復旧を推進する。
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17、産業再生とイノベーティブな復興

・震災により傷んだ企業の施設・設備を、2017年度(平成29年度)末をめどに復旧させ るとともに、震災で落ち込んだ売上を回復させる。

・誘致企業を県外の代替生産から回帰させ、熊本の製造業をけん引するサ プライチェーンを復活するとともに、災害に強い新たな産業集積を構築する。

・これらにより県内製造品出荷額を震災前の水準以上に押し上げる。

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18、地域経済を支える商業・サービス業等の復興

・震災により傷んだ商店街等の機能を、2017年度(平成29年度末)をめどに復旧させるとともに、消費喚起策の実施等により、地域内消費を回復させる。

・販路開拓やブランド力強化により、大都市圏などでの県産品の販路を拡大する。

・金融支援や経営サポート強化により、震災の影響による倒産や廃業を最小限に食い止め、再生を図る。

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19、観光産業の早期回復と新たな観光戦略の展開

・地震による風評被害を払拭し、観光需要の早期回復を図る。

・震災により傷んだ観光産業の施設・設備を、2017年度(平成29年度)末をめどに復旧 させるとともに、熊本の観光を牽引す新たな資源を発掘し磨き上げる。

・3年後の国際スポーツ大会開催に向けて、インバウンド対策を強化する。

・熊本城や阿蘇の復興過程を新たな観光資源として活用する。

・これらにより、延べ宿泊者数を震災前の水準 以上に回復させる。

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20、復興を担う人材の確保・育成と若者の県内就職促進*

・復興を着実に進めるために必要な人材を確保・育成する。

・魅力ある企業の増又は掘り起こしにより、若者の県内就職を促進し、人材の県外流出を抑制する。

hukkoutuioka1-20.jpg21、農地・農業用施設の早期復旧及び大区画化や農地集積と併せた基盤整備

・2018年度(平成 30 年度)までに農地及び農業用施設の復旧を完了する。

・単なる原形復旧ではなく、大区画化とあわせた農地集積を行い、未来につ ながる基盤整備を実施する。

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22、大豆への作目転換を機とした営農体制の強化

・大豆等の作付転換を円滑に進め、被災農業者が震で困難となった農地での営農継続または再開できるよう支援する。

・被災圃場の整備とあわせた農場の大規模化や作物転換による収益性の高い土地利用型農業の確立を図るとともに、広域農場などの連携によるコスト削減の取組みやその経営理念などを県下全域に波及する。

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23、被災畜産農家の復旧と地域ぐるみの復興による生産基盤の強化

・被災した畜産農家が経営再開のために行う施設整備や家畜の再導入等を支援し、2017年度(平成29年度)末までの復旧完了を目指す。

・乳業工場や家畜市場、牧野等の施設の復旧を2017年度までに完了するとともに、地域ぐるみの家畜・畜産物の安定的かつ効率的な生流・流通体制を構築する。

・畜産クラスターの仕組みを活用した地域ぐるみの復興を支援し、生産基盤のさらなる強化を図る。

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24、カントリーエレベーターや選果場などの共同利用施設の復旧・再編と災害時補完体制の構築*

・2016年度中にカントリーエレベーター等の共同利用施設の復旧を完了する

・将来的な土地利用型農業を見据えた効率的な集出荷体制を確立するため、2017年度までに広域的な施設の再編・統合を図る。

hukkoutuika2-24.jpg25、農業生産を支える労働力確保対策と産地づくりの推進*

・労働力確保が困難な被災地の農家や農業関連施設等での活動を支援するため、被災地の不足する労働力を補完する仕組みと体制を2016年度中に整備する。

・労働力補完システムを活用して生産力を強化し、競争力のある産地づくりを進める。

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26、木材住宅のイメージ回復と新たな工法を活用した復旧・復興

・仮設住宅建設における木材利用を進める。

・木造建築物の強度など正しい情報を発信し、木造に対する誤ったイメージの払拭を図り、木造建築物の耐震性に関する信頼度を回復する。

・木材の特性を生かした新技術の普及など、新たな復旧方法の実用化に向けた環境整備を図る。

・木材需要の増加に対応する木材生産力を強化する。

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27、港湾施設(八代港等)の整備

・災害時の支援拠点となる八代港・熊本港において、耐震強化岸壁の整備促進を図る。

・八代港への年間70隻以上のクルーズ船及び世界最大級 22 万トン級クルー ズ船の寄港実現に向けた受入環境整備を2018年度(平成30年度)初旬までに完成さ せる。

・八代港のさらなる物流・人流機能向上に向け、ガントリークレーンの増設などの取組みを推進する。 h26_R.jpg

28、国際スポーツ大会等を通した復興する熊本の世界への発信*

・震災復興の目標地点として、平成31 年(2019)女子ハンドボール世界選手権大会とラグビーワールドカップの開催準備を着実に進め、大会を成功させる。

・国際スポーツ大会の開催の効果(レガシー)を次の世代へ継承する。

・熊本への応援気運の高まりやくまモン人気を最大限に活用した復興支援プロジェクトに加え、熊本城・阿蘇の復旧・再生を通じて、復興する熊本の姿や感謝の心を世界に発信する。

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