くまもと温故知新

「島原大変肥後迷惑」 過去の災害を知る展示会         2017年3月4日

shimabara3.jpg「島原大変肥後迷惑」の言葉で知られる熊本を襲った大津波など、玉名地域の災害の歴史をたどる展示会「玉名の災害展~江戸から昭和~」が玉名市立歴史博物館こころピアで開かれました。

会場には古文書や写真パネルなど52点が展示されました。このうち津波を示す絵図は、江戸時代後期の1792年(寛政4年)の普賢岳の火山活動で、眉山の山体の一部が有明海に崩れ落ち、対岸の熊本県を襲った大津波の被害を描いています。

shimabaraA.jpgこの年、群発地震が発生していた長崎県の島原地域では、5月21日の夜に2度の強い地震が起き、眉山の南側部分が大きく崩れ、3億4000万立方メートルに上る大量の土砂が有明海に一気に流れ込んだとされています。眉山崩壊の原因が、眉山の噴火によるものか、火山性地震によるものかは、はっきりしていません。

崩れた土砂がなだれ込んだ衝撃で、有明海には津波が発生し、対岸の肥後にも高さ4〜5メートルの津波が襲来したとされています。津波による死者は島原で約1万人、対岸の熊本では現在の玉名地域だけで2221人、県全体では約5000人にのぼったとされています。津波が起こりにくいといわれる内海の有明海で起きたこの大津波は「島原大変肥後迷惑」の言葉で言い伝えられています。

このほか、大正3年に干拓地を襲った高潮被害の写真(左下)なども展示されています。こころピアの佐藤夕香学芸員は「熊本地震も機会に、過去に玉名地域がどんな災害に見舞われたか、今どんな風に対応すればいいのかを考える機会にしてほしい」と話しています。

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