ハンセン病 差別と偏見との戦い

特別法廷の再検証始まる     2015年8月28日放送

hansen-s-houtei_R.jpg今から62年前に1人のハンセン病患者が菊池恵楓園のいわゆる「特別法廷」で行われた裁判で死刑判決を受けました。事実上の非公開で行われたこれらの裁判は正しかったのかどうか、最高裁が検証を進めています。

この元死刑囚(当時40歳)は1950年(昭和25年)、ハンセン病を患っているとして菊池恵楓園への入所勧告を受けました。その2年後、自分の病気を密告した村の職員を殺害したとして逮捕されます。 元死刑囚は無実を訴え続けましたが、1962年(昭和37年)に死刑が執行されました。

執行の前日に最後に面会した菊池恵楓園入所者自治会の志村康会長は「死刑の宣告をやるのに弁護士がいない。そういうなかで死刑の判決を下した。そんなことが許されますか。ハンセン病患者を人間扱いしていない」と証言しています。

特別法廷は通常、 裁判所が災害などで使用できない場合などに最高裁が設置を許可するものです。特別法廷は1977年(昭和52年)までに113件設置されましたが、そのうち95件はハンセン病を理由とするものでした。国はハンセン病患者の隔離政策を行い、強制隔離施設では事実上非公開となる特別法廷を行ったのです。

ハンセン病が治った今も菊池恵楓園に入所している元患者の杉野芳武さんは、特別法廷を実際に見た経験があります。

「まともな扱いはされていなかった。本来ならこの中で裁判が開かれること自体(おかしい)。 入所者に対しても公開されるわけでもないし、こういうのがあってますというお知らせがあるわけでもない。案内があるわけでもない」と杉野さんは話します。150828kokubai-3_R.jpg

ハンセン病国家賠償訴訟での熊本地裁(写真右は法廷の風景)の判決が、1960年(昭和35年)以降も続いた国の隔離政策を違憲としたことで、ハンセン病を理由に行われた95件の特別法廷の裁判のうち、少なくとも1960年以降の27件について正当性に疑問が出てきました。2014年(平成26年)、菊池恵楓園など全国のハンセン病療養所の入所者などで作る協議会は、「1960年以降の特別法廷は差別的な手続きだった」として、最高裁に検証を求める要望書を出し、最高裁は特別法廷を検証する調査委員会を設置しました。

 

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