ハンセン病 差別と偏見との戦い

74年ぶりによみがえるピアノの音色     2015年11月19日  

after151119_R.jpg明治から昭和初期にかけてハンセン病患者の救済に尽力したイギリス人宣教師のリデル、ライト両女史が愛用していた100年前のピアノが、回春病院の創設から120周年の記念に修復され、コンサートが開かれました。

151119hansen2josi_R.jpgハンナ・リデル(1855~1932、写真左)とその姪エダ・ライト(1870~1950、同右)は明治時代中期、イギリスからキリスト教の宣教師として熊本に派遣され、不治の病と恐れられていたハンセン病の患者を救うため、回春病院を創設して、生涯をハンセン病患者の救済に捧げました。

病院は1941年(昭和16年)に閉鎖され、ピアノは太平洋戦争中、菊池恵楓園に疎開していました。その間恵楓園の楽団で使われ、入所者たちに楽しみや癒しを与えてきました。

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ピアノが修理工場に運ばれて来た時には、色もはげ、形はひずみ、音もまともに出ない状態でした(写真右)。復元作業は甲佐町にあるピアノ修理工場で行われ、調律師の雜賀大治郎さんが担当しました。雜賀さんは2人が弾いていた音に近づけるため、できる限りもとの部品を残すなど、半年以上かけて丁寧にピアノを修復。11月14日、ピアノの音が74年ぶりに蘇りました。

演奏したのは岡山在住のシンガーソングライター、沢知恵さん。沢さんは曾祖父がライト女史と親交があり、自身も岡山県のハンセン病療養所、大島青松園で慰問コンサートを開いています。

「澄んだ音、澄み切った音になっていた」

「なんさま懐かしかったよ」

「よかったね。いい響きだったね」

2人の女史の思いを今後も繋いでいこうという多くの人の願いが、見事にピアノをよみがえらせました。

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