ハンセン病 差別と偏見との戦い

入所者の思い 伝え続ける月刊誌     2015年10月22日   

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菊池の国立ハンセン病療養所、菊池恵楓園の月刊機関誌「菊池野」は、創刊から64年続くこの機関誌は、国の政策で強制隔離された入所者たちの思いを発信してきました。

菊池野には、ハンセン病問題の最新の動きについて報告された記事や、入所者の日々の思いをつづったエッセイ、短歌や俳句などの作品が載せられています。編集に50年以上携わってきた杉野桂子さん(74)は、27年前から編集長を務め,今も自らレコーダーを片手に恵楓園に暮らす人たちを取材もしています。

「題字も入所者、表紙絵も入所者が書いて、印刷も全部入所者でして、本当に入所者手作りの雑誌でした。これをなくしたら私たちの訴えるところは何もないから。絶やしてはいけないという思いでした」と杉野さんは振り返ります。151022hanseninsatsuhuukei_R.jpg

1979年(昭和54年)、活版印刷で菊地野を印刷していた頃の映像を見ると、当時は多くの入所者が作業にあたっていたことがわかります。しかし今、菊池野の編集にあたっている入所者は、杉野さん1人です。それでも「1号でも多く発行したい」と話す杉野さん。理由は、恵楓園で暮らす人たちのことを伝えたいという使命感です。

杉野さんは、「ここの中で亡くなっていく人も多いわけだからね。その人たちが生きてきたことを 何かの形で残していけたらいいんじゃないかなと思うんです。こんなことがあったんだって思ってくださればね」と、菊池野を発行し続ける意義を語ってくれました。

151022kuradaituki.jpg「菊池野」に毎月欠かさず俳句を投稿しているのは、桜木安夫さん(86、写真左)です。

桜木さんは12歳で鹿児島県のハンセン病療養所に入所し、26歳で菊池恵楓園に移りました。 病気の後遺症で49歳の時に視力を失い、子どもの頃に詠んでいた俳句を再び始めたのは60歳の時でした。今はカセットテープに俳句を録音して「菊池野」に投稿しています。

荒尾梨 風雨に耐へて 実りけり

秋晴れや おおぞら高く 白き雲

季節を詠んだ明るい俳句が多い桜木さんには、こんな句もあります。

亡き母の 夢見て覚むる 夜長かな

26歳で会ったのが最後だったという母。 この秋、夢に出てきた母のことを詠んだ句です。桜木さんは「私たちをやかましくしつけながら働いていたが、本当は優しい母だったと思う。背中洗いながら、こんなに女みたいなきれいな肌しているのにな、とつぶやいたことがあります。 多分そのときは涙を流していたんじゃないかと思う」と話してくれました。

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