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青ガエルラストラン 全国から大勢のファン             2016年2月14日  

2016年2月14日に引退した青ガエルを特集した「ありがとう、青ガエル。」の
ハイライト動画を公開しました(2016年3月21日放送、無断転載禁止)

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ラストランとなったこの日は青ガエルの最後の姿を見に全国から多くのファンが駆けつけました。最終走行の後に引退セレモニーも行われ、多くのファンが別れを惜しみました。

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ao_02_R.jpg5000系は1954(昭和29)年に登場し、翌年から渋谷と横浜をつなぐ東横線の花形車両として運行されました。1959年(昭和34年)までに105両が製造され、東急の顔として沿線住民に親しまれました(左は渋谷駅を出発する5000系、1955年10月撮影)。

大きなモーターを搭載できる「カルダン駆動式」と、軽量化するため車体を飛行機の機体のように丸みを帯びた「モノコック構造」とした点が特徴で、高速・軽量化された車両は高度経済成長を支える輸送力となり、日本の鉄道車両技術を世界一の水準に押し上げる礎となりました。しかし、軽量化を優先したために重い冷房装置をつけることが難しく、東急線内では徐々にステンレス車両にとって代わられていきます。最後の現役5000系だった「5101A」は1957年(昭和32年)1月に製造され、東急各線を28年(東横線14年、田園都市線12年、目蒲線2年)走った後、1985年(昭和60年)12月に熊本電鉄に譲渡されました。

heimenaoD_R.jpg「5101A」が製造された1957年といえば、日本の越冬隊が南極に初上陸し、コカ・コーラが日本で販売を開始した年です。長嶋茂雄さんの読売巨人軍入団が決まり、フランク永井が歌った「有楽町で逢いましょう」が大ヒットした年でもあります。以来、青ガエルは日本の高度経済成長を見続けてきました。

東急での車両番号は「5031」でしたが、譲渡後に1両で折り返し運転できるように運転台を増設する改造が施され、熊本電鉄では番号が「5101」に変わりました。

後付けされた運転台からの外観は「平面ガエル」と呼ばれていました(写真左上)。ボディカラーが水色と青の時期もありましたが(写真右下)、2004年(平成16年)に元の深緑色に戻されました。同時に自動列車停止装置(ATS)が装備され、番号の最後にATS装着済みであることを示す「A」が付きました。

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東急の社内報「清和」(1985年12月号)には「5031、5032、5038、5053の4両を、故障時に部品を取る予備車両の5109、5120とともに熊本電鉄に売却した」という記録があります。熊本電鉄は1981年(昭和56年)に購入した2両の性能がよかったことから追加購入を希望し、売却が決まったそうです。

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譲渡にあたっては車体に黄色とオレンジ色のラインが引かれ(写真左=「清和」より)、電車線が直流600ボルトの熊本電鉄用に電動発電機、コンプレッサー、ヒーター回路が改造されました。ワンマン運転用に整理券発行機、運賃表示機、運賃箱、サイドミラーなどもつけられ、1985年12月4日に貨物として横浜市の長津田駅を出発。東海道本線、山陽本線などを通り、12月6日に熊本に到着しています。


ao_06_R.jpgその後、車内シートなどが取り替えられたものの、つり革には渋谷のファッションビルの名前が残るなど、東急当時の姿をとどめています。最近は日曜日だけ北熊本~上熊本駅間の約3.4キロを運行。全国の鉄道ファンに愛され、熊本の観光資源としても重要な役割を担ってきました。5101Aは引退まで約30年間熊本電鉄を走りましたから、熊本での"勤務"のほうが東京より長かったことになります。

東急5000系が多くの地方私鉄に譲渡されたのは、性能が良かったからだけでなく、車両の長さや大きさが大きくなく、地方私鉄のホームなどのサイズに適していたからでもあります。熊本電鉄は青ガエルの後任に東京メトロ銀座線を走っていた車両を使っています。銀座線は東京で最初にできた古い地下鉄で、サイズが熊本電鉄に合っているのですが、銀座線は軌道の幅や電気の取り入れ口が青ガエルとは異なっていました。しかし、多額の改造費をかけても、サイズの手ごろな車両を導入するしかないのです。

首都圏では輸送力増強のため、最近では長くて大きい車両が導入されていますが、大きい車両は地方私鉄のサイズに合いません。今後は大手私鉄で活躍した後、第二の人生を地方で送る車両は少なくなっていくでしょう。

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