日替わりコラム

 絵日記トップページへ

 小さな、本当にささやかな出来事なのだけれど、自分の中で大切にしている特別な思い出が二つある。いつか文章にしたいな、と思っていたので、今日はそのことについて書いてみようと思う。

 <MCMS_KKT_NOBUKO>がまだ今よりもっと若かった頃のことだ。
 その当時、三人の小さな子ども相手の毎日は、忙しいけれど単調なものだった。
 おっぱいをあげてオムツを替えて、おっぱいをあげて掃除して、おっぱいをあげて洗濯して、おっぱいをあげてご飯を作って、おっぱいをあげて子どもと遊んで、おっぱいをあげて食事して、おっぱいをあげて茶碗を洗って、おっぱいをあげてお風呂に入れて、おっぱいをあげて寝かしつけて・・・ 毎日がその繰り返し。
 働いている友人が、とてもとても眩しく見えた。
 おしゃれして、いきいきと輝いて、颯爽と仕事に出かけて行く。自分の能力を存分に発揮して、社会にも貢献し、自分自身も成長している。
 それにひきかえ私ときたら、家の中でくすぶって、一日中すっぴんのジャージ姿で、朝から晩まで子どもの相手。たいして頭も使わない(その頃はそう感じていた)家事をこなしながら、毎日を過ごしてる。・・・そんな日々の中に価値を見出すことが、時々難しく思えていた。

 「うえぇ〜ん」
 突然の<MCMS_KKT_HIDETOMO2>の泣き声だ。公園で遊んでいて、ひざ小僧を擦りむいたらしい。
 私は絆創膏を1枚取り出して、泣いている息子のひざに貼った。
 「はい、これで大丈夫!」
 息子は、コクンとうなづいて、泣き止んだ。
 ふっ、誰にでも出来る簡単なことだ。と、思った次の瞬間、突然気づいたのだ。「違う!」と。

 泣いている息子のひざに絆創膏を貼るのは、誰にでも出来ること?
 いや、そうじゃない。
 立派な大学病院の超一流のお医者さんにも、それは出来ない。
何故かって?
 だって、その人は、今、ここにいないもの。
 テレビに出てくる有名なベビーシッターにも、有能なカウンセラーにも、私の息子のひざに絆創膏を貼ることは出来ない。
 だって、その人たちは、今、この場にいないもの。
 息子の傷ついたひざ小僧に、今、この瞬間に、絆創膏を貼ってあげられるのは、世界中で私だけ!この私にしかできないんだ! 「おかあさん!」と伸ばす小さな手を今この瞬間に受け止めてあげられるのは、何処かに住んでる優秀な子育ての達人じゃない。ここにいる未熟な私なんだ。私しかいないんだ。
 ・・・ふいに涙があふれてきて、私は思わず長男を抱きしめた。

 『人には、その人にしかできないことがある』とよく言われる。でも、それは、何か特別に大きな立派なことを成し遂げるとかいうことではなくて、こんなささやかな日常の中にもあるのかもしれないな・・
・・・たかが絆創膏ひとつで、なんて大げさな!と、笑われそうだけれど、その時の思いが私を救った。そうなんだ、私は毎日こうやって私にしか出来ないことをやっていたんだ・・・。

それを一つのきっかけとして、私の平凡な毎日は、価値あるものへと少しずつ変わっていった。
 嘔吐下痢で、派手に吐き出された子どものゲロを拭き取りながら、ああ、今、この瞬間に、この子のゲロの始末をしてあげられるのは、広い宇宙で私だけ!なんて考えたり、夜中に一人起きて授乳していて、乳首に噛みつかれ、痛っ、と飛び上がりながら、ジーンと感動したり(笑)
 
 思い出すとおかしいけれど、でも、あの頃、私も一生懸命だったんだなぁ、と思う。
そして、その時に気づいた思いは、今も少しも変わってはいない。
 だから、子育て真っ最中のお母さんたちに、もう一度言わせてほしいのだ。

 頑張れ、若いお母さん!
 あなたが過ごす毎日は、あなたにしか出来ない数々の 尊い瞬間の積み重ねだよ!


(長くなってしまったので、もう一つのエピソードについては、また今度!)

>>信子かあさんのきょうの絵日記へ戻る