日替わりコラム

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 話題の映画、「ドリームガールズ」を観た。
 あと5回くらい観に来たい!と、観終わった瞬間に思った。
 評判以上、予想以上、期待以上の、最高の作品だった。 <MCMS_KKT_NOBUKO>にとって。
 私にとって、と付け加えたのは、「そんなにたいした事なかったよ」と言う人ももちろんいるからだ(笑)

 当たり前のことだけれど、人には好みもあるし、見方も、考え方も、価値観も違うから、100人が100人、全員揃って「いい!」と絶賛するものは、多分あり得ないと思う。
 私自身、人に勧められワクワクしながら映画館へ行ったものの、実際観てみたら、思っていたイメージとは違っていた、ということも、これまでに何度もあった。でも、そんな時はいつも、亡くなった 映画評論家の淀川長治さんのことを思い出す。

 淀川さんは、今ほどビデオやDVDが普及していなかったテレビの時代に、テレビの洋画劇場の解説者として数十年にわたって活躍した人だ。
「怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ」と作品の見所をわかりやすく解説し、最後は必ず、「さよなら、さよなら、さよなら」のお決まりの挨拶で終わる。
“映画をこよなく愛する素敵なおじいちゃん”という印象の方だった。
そんな淀川さんにとって“つまらない映画”というのはひとつもない、と当時聞いたことがある。
 どんなにお粗末なB級以下の映画でも、見方を変えれば楽しめるというのだ。
 ストーリーがつまらない時は、俳優の演技を観察したり、小道具の使い方や、衣装や音楽などに集中していると、退屈するどころか、ほほう!と感心したり驚いたり、どの作品からも、必ず何か得られて嬉しくなるのだそうだ。

 そういえば、私は淀川さんが作品をけなすのを聞いたことがない。どんな時も、にこにこと、作品のいいところばかりを熱心に紹介されていたように記憶している。
そんな淀川さんが好きだった。そして私もしばしば淀川さんの真似をしてみた。

 例えば、随分前のことだがこんなことがあった。
 その日観た映画は期待はずれで、おまけに、「いくらなんでもそれはないでしょう」と思わず突っ込みたくなるような結末。物語があっけなく終わるとすぐにエンドロールが流れ始めた。その時、ふと思いついて、エンドロールに名前が出てくる人たちの数を数えてみることにしたのだ。
 まず役者さんたちの名前がずらりと並び、さらにはスタントマン、照明、衣装、メイク、CG、音楽担当の人々、などなど、数えきれないほどの名前がスクリーンの上から下へと次々に流れていく。

 その速さに追いつけなくて、とても正確には数えられなかったけれど、それでもその時私が数え上げた名前の数は、軽く600を超えていた。
 この作品の製作には、少なくとも600人以上の人々が関わってきたという訳だ。そんなにも多くの人たちが、一つのものを作る目的で集まった。そして、その人たちの思いと、才能と、経験と、労力と・・・時間や、お金とが一体となって、一つの作品が仕上げられ、こうして今、私の目の前にあるのだ。
 映画館を後にする時、私の心の中は、それだけの情熱を注ぎこまれる“映画”ってすごいなぁ!という気持ちでいっぱいだった。そんなふうに思えることが、なんだかとても嬉しくもあった。

 “どんなものの中からもいいところを必ず見つける淀川さんのような目”で、私も見ることが出来たらいいなぁと今もいつも思っている。映画だけでなく私の周りのいろんな物事を。

 さて、話を「ドリームガールズ」に戻すと、この作品は、そういったことをごちゃごちゃ考える必要など微塵もなく、オープニングからエンディングまでノンストップで、存分に楽しむことが出来るものだった。
 ビヨンセの美しさに目を見張り、ジェニファー・ハドソンの迫力に圧倒され、エディー・マーフィーの歌のうまさに驚愕し、・・・と、挙げていけばきりがないけれど、圧巻はとにかく全編に流れる歌、歌、歌、歌、そして歌! 本当に歌のパワーを再認識した。
 歌で心が震える、ということはよくあるけれど、歌で心を突き動かされたり、揺さぶられたり、痛みや苦しささえ伴うような感動を覚えることは、そうそうないように思う。
 本当に月並みだけれど、・・・よかったぁぁ(>_<)!!!
 
 来週は娘と一緒に、再来週は友達と一緒に、また観に行こうと思っている。

 淀川さん風に言えばこんな感じ?
「いいですねぇ、素晴らしいですねぇ。みなさんもぜひ劇場に足を運んでみて下さいね。それじゃあ、みなさん。さよなら、さよなら、さよなら」

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