日替わりコラム

 絵日記トップページへ

 またまた映画の話で恐縮なのだけれど、今回は<MCMS_KKT_EIJI2>と観た「墨攻(ぼっこう)」について。
 日本の人気コミックを映画化したというこの作品は、中国、日本、香港、韓国の合作で、主人公を演じたのは、アジアのトップスター、アンディ・ラウ。もう、ほんとに、しびれるほど かっこよかった!
 でも、今日は、アンディ・ラウの素晴らしさは置いておいて、映画を観終わってから考えさせられたことについて書いてみたいと思う。

 舞台は、戦乱時代の古代中国。
 主人公・革離(かくり)は、立派な人物だった。
墨家(ぼっか)としての自分の責任を命がけで果たし、私欲を捨て、誘惑は全て退け、可哀想なくらいストイックに生きている。勝利を得ても、決して誇らず、おごることもない。多くの民は彼を心から慕い、敬愛した。
 でも、一方では、そんな彼に嫉妬する人たちがいて、妬みの心は大きく膨らみ、ついには彼を国から追い出してしまう・・と、物語は続いていくのだが・・・。

 つくづく思った。
 万人に愛される人はいないのだな、と。

 革離に、いったいどんな落ち度があったといえるのだろう?
 性格は申し分ない。行動は尊敬に値する。利己心も、功名心も、虚栄心もなく、ただ信じることに従って、国のために全力で尽くした。
 そんな人が、どうして憎まれなければならないのだろう?
 どうすれば反感を受けずにすんだのだろう?
 革離に何ができただろう?
 もっと自分に甘くなればよかった?
 真面目すぎる自分を変えて、遊び人になればよかった?
 もっと口達者になって、上の人に媚びればよかった?
 いや、違う。
 そうすれば、革離は革離でなくなってしまう。
 悪いこと、間違ったことをしているなら、当然改めなければならないけれど、そうでないのなら、人に受け入れてもらうために自分の信念まで曲げてしまうことはないと思う。
 人に憎まれたり、嫉妬されたりするのは辛いことだけれど・・・仕方のない現実といえるかもしれない。万人に受け入れられる人はいないからだ。
 結局は自分の信じる道を進むしかないのだ。
わかる人はきっとわかってくれる。

 革離の人生だけでなく、私たちの人生も多分同じだ。
 一生懸命やっていることを誤解されたり、受け入れてもらえなかったり、それどころか悪意に満ちた辛らつな言葉を浴びせられることだってあるかもしれない。
 でも、世の中にはいろんな見方、考え方の人たちがいるのだから、やっぱりそれは避けようのない現実だ。
 信じて進み続けるしかない。
 わかる人はきっとわかってくれる。
 そして、その“わかってくれる人”こそが大切な友人であり家族なのだろう。

 たとえ世界を敵に回しても、愛する人が、信じて傍にいてくれるならそれでいい!・・・なんて、随分大袈裟な言い方だけれど、でも、夫や子どもたちにとって そんな心強い存在になれたらいいな・・・。

パンフレットを開いて、アンディ・ラウ演じる革離の孤独な横顔を見つめながら、<MCMS_KKT_NOBUKO>はそう考えた。

>>信子かあさんのきょうの絵日記へ戻る