日替わりコラム

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「就職しないの?」と、時々尋ねられる。
6か月通った職業訓練校。
卒業の際にもらった「介護職員基礎研修課修了証書」は、ホームヘルパー1級の上に位置づけられる立派な資格だそうだ。

就職を考えていなかったわけではない。いや、実際、すごく考えた。
我が家の下5人の子どもたちは、小、中、高、の学校に通っていて、お金もまだかかるし、介護の仕事は<MCMS_KKT_NOBUKO2>にとって、やりがいを感じる本当に魅力的なものだったからだ。

これまで一生懸命生きてきて高齢になった方々、その方たちが人生の終盤を迎えられるにあたって、こんな自分が少しでも役に立つのなら、精一杯頑張ってみたい、と、心から思った。
収入を得るためにも、自分自身のためにも、働いてみようかな…と、訓練校に通いながら ずっと考えていた。

<MCMS_KKT_EIJI2>にも相談し、娘の意見も聴き、先生にも相談し、
考えて、
よく考えて、
よくよく考えて、
最終的に…、
就職しないという結論を出した。

どうして?

これまた、いつもと同じ。
それが正しいから、じゃない。
わたしの心がそうしたいと望んだからだ。

前にも書いたけれど、わたしと夫は、結婚する前に「夫が外で仕事をし、わたしは家で子育てや家事をする」という選択をした。
それが正しいからではない。二人ともそうしたいと望んだからだ。
何度も言うけれど、共働きする人、就職する人を批判しているわけでも否定しているわけでもない。
ただ、わたしが専業主婦をしたかったから。そして、夫もそれを望んだから、というだけ。

そういうわけで、結婚以来28年間、わたしはずっと専業主婦だ。
といっても、まったく何の仕事もしなかったのか、というと、そうではない。
職歴?はそれなりにある(^−^)
新聞配達、草取り、魚屋の後片付け、塾の試験の採点のアルバイト、などなどなど…。
夫は何度か失業したし、子どもの数も多いので、家計のピンチのときには働いた。
朝早く、夜遅く、子どもが眠っている時間。または、子どもと一緒にでもできる仕事を探して、ね。
わたしの本業は主婦!といつも思っていたからだ。

でも、そうやって何年も何年も過ごしてきて、子どもたちも随分大きくなった今、もう就職してもいい頃かな?と思わないでもない。
年齢的にも、最後のチャンスだろうし。

でも、
母がいる。

母はまだ元気だ。
自分で自分のことはだいたいできるし、いつも誰かの手助けを必要としている、というわけでもない。
だから、母が元気な今の内にこそ仕事をして、母が倒れたり、病気になったり、介護が必要になったりしたら、その時はすぐに仕事をやめればいい、とも考えた。
でも、
…でも、その時では、遅いんじゃない?

今はまだ元気だから、一緒にドライブにもお花見にも食事にも行ける。
でも、動けなくなったら、遅いんじゃない?
「親孝行したいときには親はなし」という言葉もある。

わたしには親がいる。
親孝行できる親が、今そばにいる。
だったら、今しないで いつするの?

決して経済的にゆとりがあるわけじゃない。
自転車操業の毎日だ。
でも、
これまでもそうやって暮らしてこれたんだもの。これからも何とかやっていけるんじゃないの?
子どもたちが小さかった頃、子どもたちの傍にいることを選んだように、
母が年老いた今、母と一緒に過ごすことを選んでもいいんじゃないの?
就職して得られるものは何?
就職して失うものは何?
大切なのは何?
優先すべきものは何?
あなたの心が本当に望んでいるものは何?
…と、
考えて、
考えて、
自分の心に従って出した結論は、「就職しない」ということだった。
夫も家族も賛成してくれたので、訓練校を修了してから、わたしはまた元の専業主婦の生活に戻った。

この家、この場所が、わたしの職場だ。(^v^)<MCMS_KKT_HEART>

洗濯して、掃除して、片付けて、買い物に行って、料理して、
子どもたちと話して、夫と話して、
母と出かける。
一心行の大桜の次には、大津のツツジ、阿蘇のミヤマキリシマ、玉名の花菖蒲、轟の紫陽花、それから、それから… ♪

母は81歳。
脳梗塞の後遺症も少しあるし、わたしにできる親孝行は、一緒に楽しい時間を過ごすこと。

だから、今楽しむんだ!
沢山話して、ドライブに行って、温泉に入って、買い物に行って、時にはポップコーンを食べながら映画を観て、楽しい時間を母と過ごす!

わたしは介護士をめざしたけれど、挫折したわけじゃない。
諦めたわけでもない。

目指すよ、介護士!
これからも頑張るよ。
世界中でただ一人のわたしの母専属の、素敵な介護士を目指して、ね!(^_-)-☆

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