日替わりコラム

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全く食べられないわけではないのですが、<MCMS_KKT_NOBUKO2>はラーメンが好きではありません。
大のラーメン好きの夫からすれば、“こんなおいしいものを、いったい何故??”と不思議でならないようなのですが、苦手なものは苦手。特に理由はないのです。(^_^;)

世はグルメ時代。
でも、どんなに著名なカリスマシェフが、どんなに素晴らしい食材で、どんなに最高の技術を駆使して作ったとしても、誰もが全員“美味しい!”と絶賛する料理はなかなか、いや、多分、ないと思います。
食べ物の好みは人それぞれ。
甘いのが好きな人もいれば、辛いのが好きな人もいるし、さっぱりしたのが好きな人もいれば、こってりしたのが好きな人もいます。育ってきた家庭、食習慣、環境、時代、地域性なども影響して、“美味しい”という基準は、人によって大きく異なると思うのです。
自分の好みを人に押し付けることはできませんし、「甘いのが好きな人が正しくて、辛いのを好む人は間違っている!」とか、「ラーメンを好きな人はいい人で、嫌いな人は悪い人!」なんてことも、もちろんありません。
食べ物の好みの違いについてはこんなふうに受け入れられるのに、性格の違い、個性の違いを、時に受け入れられなくなるのは何故でしょう?
食べ物の嗜好が人それぞれであるように、考え方や価値観だって人それぞれ。
それなのに、自分と同じ考えではない人を、何とか自分と同じ考えにしようとしたり、自分が大切に思うことを大切に思ってくれない人に対して批判的な気持ちを抱いてしまう…。

つい先日、長年の友人と少し言い合いになってしまいました。
話しながら、“まったく、どうしてわかってくれないの?どうしてそんなふうにしか考えられないの?”と、お互いが感じたと思います。
“自分の考え方”“自分の基準”で判断し、自分と違う相手をお互いに裁いてしまったのです。
反省しています。(;一_一)
違いを認めない、ということは、自分の方が正しい、と思うこと。
でも、その考え方こそが間違いでした。
どちらかが正しくてどちらかが間違っているのではなく、どちらかが良くてどちらかが悪いのでもなく、“違い”があるだけ。
彼女がわたしになる必要はないし、わたしが彼女になる必要もないのです。
彼女は彼女で素晴らしい人で、わたしはわたしでいいところもありますから。

わたしが彼女の考え方を変えることはできませんし、彼女がわたしの価値観を変えることもできません。自分自身が自分を変えようと思わない限り、人が変わることはないと思います。
だから、考え方が違うときには、相手を変えようとするのではなく、「そうか、そんな考え方もあるんだね、」と受け入れて、尊重する。
そうすれば、彼女は彼女、わたしはわたしのままで、これからもずっと友達でいることができるに違いありません。
彼女もわたしも、変わりたくなったらそのときは自分で変わるでしょう(^−^)
…そんなことを改めて考えさせられた経験でした。



違いを認める。
違いを受け入れる。
違いを尊重する。


「みんな違ってみんないい」(^−^)(^O^)(^v^)
金子みすずさん、あなたの言葉は本当ですね。

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