日替わりコラム

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たまに絵日記を読みかえしてみる。
読み返すと たちまちその頃のことが鮮やかに蘇り、新鮮な気持ちになる。
先日もそうだった。
2007年11月10日の日記、「いっくんの言葉のように」を、ふと読み返してみた。
子どもだった頃の息吹の言葉がそこには書いてある。

10年以上前のことだけれど、当時、年を重ね、体調も悪く、気弱になっていた<MCMS_KKT_NOBUKO2>の母は、車いすになったらどうしよう、ボケてしまったらどうしよう、あなたたちに迷惑をかけたらどうしようと、過剰なほど心配をしていた。
どんなに慰めても励ましても母の心配は止まらず、わたしの方が落ち込みそうだった。
そんな時、小学5年生だった<MCMS_KKT_IBUKI>がわたしに尋ねて言ったのだ。「ねぇ、おばあちゃんは何を心配しているの?安心してボケたらいいのにね」と。
え?と思わず息吹の顔を見ると、息吹は続けて言った。「だって、みんながいるでしょう?車いすになっても、みんなで交替で押すのにね!」

安心してボケる… わたしにとって、それは強烈なインパクトのある言葉だった。
そんなこと考えたこともなかったから。
でも、小学生の息吹は、ごく当たり前のことのように平然と笑顔で言ったのだ。「だって、みんながいるでしょう?」と。
“元気だろうが、病気になろうが、車いすになろうが、ボケようが、そんなの全然構わないじゃないか、だって、ほら!ここに、ぼくたち家族みんながいるよ!”
そんな子どもの純粋さに、本当に心を打たれた。
以来、この言葉はわたしの心の中から消えたことがない。

親御さんを介護している友人が言った。
「知識があるとないとでは全然違うよ。知識があれば、どう接すればいいかがわかるだけじゃなくて、誰に助けを求めればいいか、どこに頼ればいいかもわかるよ。いろんな援助機関もあるからね」と。
そうなんだ。気持ちだけではなく知識も必要なんだよね!
語弊があるかもしれないけれど、わたしは、安心して病気になれる、安心してボケられる家庭を築きたい。
そのためには、知識が必要だ。準備が必要だ。心構えが必要だ。
もちろん、元気で達者で過ごせるにこしたことはないけれど、もし、万が一、病気になったとしても、心配や負い目や引け目や遠慮を感じなくてすむような家庭を作れるように。


先月の27日から職業訓練に通い始めた。「介護職員基礎研修科」。
週に5日。9時から2時半まで。6か月間の訓練だ。
久しぶりの勉強に頭がなかなかついていかないけれど、出来る限り頑張ってみようと思っている。
新しいことにチャレンジするのはドキドキだけれど、心が躍る。
先生!同じ研修生のみなさん!どうかよろしくお願いします。<m(__)m>
最年長の一員ですが、一生懸命勉強します!(^v^)☆

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