日替わりコラム

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「論語」の中の、孔子のあまりにも有名な言葉。
十有五にして学に志す。(十五歳で学問に志し)
三十にして立つ。(三十になって独立した立場を持つ)
四十にして惑わず。(四十になって迷わず)
五十にして天命を知る。(五十になって天命を知る)
六十にして耳順(した)がう。(六十になって人の言葉が素直に聞かれ)
七十にして心の欲するに従って、(七十になって思うままにふるまい)
矩(のり)をこえず。(道をはずれない)
わたしは五十六歳。
ということは、もう迷うこともなく、天命を知って、素直になる頃。
でも、実際は、まだまだ。
いや、まだまだまだ、だなぁ…

我が家の中で、反抗期を終了した子どもはこれまで六人。
ま、いろいろあったけれど、どの子の場合も何とかクリア。
すでに六通りの反抗期を経験したのだから、次の子の反抗期なんて余裕!余裕!
…というわけじゃないんだよねぇ。

苦戦しております(^_^;)

子どもの反発や反抗がすごいわけでもなんでもなくて、ただただ、自分自身のイライラに手こずっているだけ。
悟りなんてとんでもない!大いに迷い、惑っている。
自分の弱さ、至らなさ、に嫌気がさす。

あ〜ぁ、もう、どこかへ逃げ出したい気分。

だけど、…
これって、子どもがいるからこそ経験できることなんだよねぇ…。いなければ腹も立たたないわけだし。
なんで腹が立つ?なんでイラつく?
自分の思い通りにならないからだ。
そもそも、相手を自分の思い通りにしようなんて考えること自体が間違ってる、ってわかってる。
こうあってくれたらいいのに、こうしてくれたらいいのに、と相手に求めるのは、結局自分が変わりたくないからなんだ、ってわかってる。
自分はこのままでいて、相手が変わってくれた方が、そりゃぁ、楽だもの。
でも、それは難しい、というか、無理! ってこともよくわかってる。
そう!
相手を変えようとするんじゃなくて自分の対処の仕方を変えればいい。
自分が変わるべきなんだ!
…って思うけどさ、もう、どんだけ変わればいいんだよっっ! と時々思っちゃうんだよね。(;一_一)
あ〜ぁ、鍛えられるなぁ。

ベテランなんてないんだよ。
何人子どもを育てたって、一人一人は全然違う。
わたしにとっては、二回目、三回目、四回目でも、その子にとっては最初の出来事。
それに接するわたしにとっても、やっぱりそれは最初のことなんだ。

だから、よ〜く考えなくっちゃね。
他の子の場合じゃなくて、その子の場合のこと。
その子にとって何が大切か。何が必要か。



友達が言った。
「孔子が生きてた頃って、平均寿命が今よりう〜〜〜んと 短かったんでしょ?だから、現代に当てはめたら、わたしたち三十代くらいなんじゃない?」

そ、そう? (●^o^●) 
あはは。
だったら、わたしたち、まだまだこれからだよね!
わたしはまだまだ出来上がってなんかいない。
まだまだまだまだ成長期。まだまだ発展途上なんだ。

だから自分に何度も言うよ。
頑張れわたし! 頑張れわたし!
わたしはもっと変われるはず。

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