日替わりコラム

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◎質問8 「 兄弟げんかの仲裁方法を教えてください」

読み返してみると、これまでの絵日記の中には兄弟喧嘩のことはあまり書いていないようなので、ここで少し書いてみますね。(^−^)
けんかの仲裁方法、とは違うと思いますが、気をつけていることがあります。
“怒るのは一人の時に”ということです。

けんか両成敗、と言うけれど、けんかのその場で両方の意見を聞いても、その時は感情的になっているので、どっちもどっち。
なので、「あとで話そう」と、ひとまず解散させ、少し時間をおいてから一人一人と話すようにしています。
たとえば、一心と日向がけんかしたら、しばらくたってから一心と話します。
状況を聞き、一心の考えを聞き、それから、「ひゅうちゃんは、そういうつもりじゃなかったのかもしれないよ」と、日向の気持ちを代弁してみたりします。落ち着いていると、案外耳を傾けてくれるものです。
そして今度は日向とも話して、同じように状況や考えを聞いてみます。
そのときも、一心くんはこう思ってたんじゃないのかな?と、一心の気持ちを二人で考えてみたりします。

子どもたちを変えるすごく手っ取り早い方法は、叩く、怒鳴る、おどす、命じる、といったやり方じゃないでしょうか。「なんでそんなことしてるの!すぐにやめなさい!謝りなさいっ!」。
これは即効力があります。ただし、持続力はない。
“その場限り”という感じがします。

もう一つの方法は、優しく話す、何度も話す。子どもたちが過ちを繰り返すたびに、何度も何度も何度も何度も繰り返し諭す、…というやり方。
時間もかかるし、遠回りであっても、その方が着実だと思うので、できるだけこちらの方法を、と心がけています。
即効性はないけれど、持続力があって、“心に届く”そんな気がするんです。



ともすれば、わたしは子どもに完璧を求めてしまいます。
おもちゃは仲良く使う、友達にも喜んで貸す、たやすく怒らない、思いやりを持つ、けんかしない、我慢する、すぐに非を認めてちゃんと謝る…などなどなど。
そうやって、ついつい子どもに完全を求めてしまうたびに、何度も自分に言うのです。
「子どもたちは まだ、生まれて数年、十数年、しかたっていないんだよ。それなのに、子どもたちに まるで成熟した大人のような完璧な人格を求めちゃだめだよ。できなくて当たり前じゃない、まだ未熟なんだもの。いろんな失敗や経験を積んで大人になる道を歩んでる、彼らは発展途上人なんだよ」と。

本当に、何回も、何十回も、自分にそう言い聞かせてきました。
そうしないと、わたしはすぐに子どもに多くを期待しすぎてしまうからです。
子どもの喧嘩、子どもの反抗、…腹の立つことは多いです。
こうやって偉そうなことを書いていても、実際は、爆発してしまいそうなときもありますし、キレてしまうこともあります。
でも、そのたびに思うのです。試されているのはわたし自身の方だ、と。

“未熟な人たち”と思って接すると、子どもたちの失敗を大目に見ることができるようになります。
“そのためにわたしがいるんだ”と思うことができるようになるのです。

2011年2月11日 「完璧な子どもだったら」
2010年8月4日 「だから私はここにいる!」


あきらめず、投げ出さず、忍耐強く、愛情深く、… 母親業は大変ですが、
でも、嫌なことばかりじゃないし、大変なことばかりでもありません。
子どもたちのいいところを数え上げながら、笑顔で前に進みたいと思っています。

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