日替わりコラム

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火事で失ったもの・・・。

全焼、ということもあって、火事直後には、「全部燃えてなくなったんだから、考えてもしょうがない!」と、サバサバしたような気持ちでいたのだけれど、月日がたつにつれて、失ったものが何だったのか、それがわかってくる。

マリーちゃん――<MCMS_KKT_NOBUKO>が幼稚園のころに買ってもらったお人形。
買ってもらった時のことを、今でも覚えている。
鶴屋百貨店のおもちゃコーナーで、棚の上に座っていた。
青い瞳。赤い唇。バラ色のほほ。金色の巻き毛。緑色のドレス。白いソックス。黒い靴。
値段も覚えている。3000円だった。
50年近く前のことだ。今思えば、うちの家にとっては、ずいぶん高価なものだったと思う。
それを両親が買ってくれて、私は大喜びでその人形を家に連れて帰り、マリーちゃんという名前をつけた。
家で遊ぶ時も、外に遊びに行くときも、私はマリーちゃんと一緒だった。
小学生のころは、へたくそだけれど、マリーちゃんの服や小物を作った。
中学生のころには、自分とおそろいのパジャマも作った。
マリーちゃんは、私が高校生になり、短大生になり、社会人になり、結婚してからも、部屋の片隅にちょこんとすわっていた。
多分ずっと、この先私がおばあさんになっても、このままマリーちゃんと一緒なんだろう、と、当たり前のように思っていた。

でも、マリーちゃんは、焼け跡で、溶けて無残な丸い塊になって転がっていた。

アルバム。
子どもたちの絵。母子手帳。
作文、手紙、賞状、手作りの絵本の数々、日記、母にもらったアクセサリー、子どもたちからのプレゼント・・・。
・・・そのひとつひとつを思えばため息も出てくるけれど・・・。

でも、
と、そこで私は考える。

火事にならなかった、としても、それはいつかはなくなるものだ。
形あるものは、やがてなくなる。

だけど、
心の中はどう?

マリーちゃんはいなくなったけれど、私の心の中には、マリーちゃんとの思い出が、
50年たった今でもこうして残っている。
子どもたちの絵は燃えてしまったけれど、その絵は、学校から持ち帰って、誇らしげに手渡してくれた光景とともに、私の心に残っている。
運動会の写真はなくなっても、一生懸命走った子どもたちの姿は、私の心の中に鮮やかに残っている。

心の中にある思い出は、火事でも損なわれることがない。

大切なのは心の中の宝物なんだな・・・と、今回の火事を通して改めて思った。

心の中の宝物。
どうやって増やせる?

何もせず、ただなんとなく過ごした日々のことは、時とともに忘れ去るけれど、
一生懸命やったことは、心の中にとどまっている気がする。
熱心に頑張ったこと、しっかりと向き合ったこと、努力したこと・・・は、心の中に宝物としてずっと残っていくようだ。

何年たっても、色あせることなく、
いや、むしろ、輝きを増して、私の心を豊かにしてくれる。

沢山の良い思い出があるって、なんて幸せなことだろう。

形ある物も大切だけれど、
形のない思い出は、きらめく心の宝物だ。

これからも、心の宝物を増やしていけるよう、
もっと子どもたちと関わって、向き合って、一緒の時間を過ごして、
家族との日々を大切にして生きていこう。


・・・そんなことを思いながら、
子どもたちが嬉しそうに持って帰ってきた新しい絵をながめている。

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