日替わりコラム

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<MCMS_KKT_NOBUKO>が再び文章を書くようになったのは、ごく自然なことだったように、今は思う。

結婚して十数年が過ぎ、子どもたちも大きくなって、
上の子たちは自分のことは自分でできるし、下の子たちの面倒も、とてもよく見てくれていた。
自分の時間が、少しずつ私に戻ってきた。

そんなある日、
私は久しぶりにペンをとり、一つの公募に応募してみることにした。

その作品は思いがけず大賞を受賞し、それをきっかけに、再び文章を書くようになったのだ。
書き始めてみたら、幾つかの小さな賞を続けて受賞し、翌年書いた童話では、最優秀賞の副賞で、カナダへ行くこともできた。
本当に心躍る出来事だった。


ところが、今度は、
新聞や雑誌に取り上げられたり称賛を受けたりすることで、書きたい、書きたい、書きたい、という思いがどんどん膨らんでいくようになってしまった。
自分でも抑えられないほどの、もっと書きたい!という衝動。

書きたいのに書けない。家事があるからよ!子育てがあるからよ!

え?
これって、・・・
・・・これではまた、振り出しに戻ってしまうじゃない。

私はどうしたいの?
どうなりたいの?

自分の心の声を一生懸命聴いてみる。

しばらくは、書くのをやめてみたりもしたけれど、
そんな私を後押ししてくれたのは、家族だった。
「好きならば書けばいいじゃない」「お母さんの作文、わたし、好きよ」と。

その後、
したいことと、しなければならないこととの調整が、上手にできないこともあったけれど、少しずつバランスがとれるようになって、
やがて私は、家事の合間に、自然に文章を綴るようになった。

まず家のことをして、空いた時間に書く。
子どもたちや学校のことを優先する。

・・・そんなルールを自分なりに作って、
無理のない範囲で、
心から湧き出る思いを文章に変えていく。

気負わずに、日々の生活の中から湧き出る思いを言葉にする・・・それは、創作とは違う「エッセイ」というジャンルだった。

エッセイには、まず生活がある。
はじめに生活があって、その中で経験したこと、感じたこと、考えたこと、を言葉にする。
それは、私にとって、一番自然で、一番書きやすい形だった。

続けて書いているうちに、出版の話をいただき、あこがれ続けていた“本の出版”という夢を現実のものにすることができた。

さらに、今はこうやって、絵日記という手段でエッセイを連載する機会もいただいている。



子どもの頃、本当に本が大好きだった。
ページをめくるのももどかしいくらい、ワクワクしながら読み進んだ。
小学5年生だった私は思った。
文章を読んで、こんなにもワクワクするんだもの。いつか、私も、だれかが私の文章を読んで、ワクワクしたり、楽しくなったり、嬉しくなったりするような、・・・そんな本を書けたらいいなぁ!



ねぇ、小さな信ちゃん、
小学5年生のあなたのその夢は、今、実現しているよ!
今はね、インターネットという、あなたが知らない世界があって、54歳の私は、そこで文章を発信しているの。
「信子かあさんのきょうの絵日記」と、「信子かあさんの大家族日記」。
どちらの日記にも、読んでくださる人たちがいて、その人たちから、ワクワクしたり、楽しくなったりする、って、言ってもらってるよ。小さなあなたが望んでいた通りにね。
それって、すごいことだよね!

なんだか涙が出てくるよ。

そうだったね、小さな信ちゃん、
あなたが望んでいたのは、誰かが楽しくなったり嬉しくなったり元気になったりする文章を書くことだった。有名な作家になることなんかじゃなかったんだよね。

あぁ、小さな信ちゃん。
あなたの夢、叶ってる!叶ってるよ!


ほら、
私は今、
あなたが望んでいた通り、
明るい日記を、こうして元気に発信できているんだもの!

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