日替わりコラム

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先日の朝、新聞を1枚1枚めくりながら目を通していたら、一つの記事にふと目がとまった。
77歳の男性が投稿されたもので、タイトルは「老いを生きる」。
前回の日記に書いたように、閉経という一つの変化を経験したばかりの私は、そのタイトルに惹きつけられた。
読んでみると、それはまさに、今の私にぴったりの内容。
繰り返し読んだあと、ハサミで切り取っておいた。
今日はその記事から、少し書いてみようと思う。

『歯磨きをしていたら、前歯が1本コロリと抜け落ちた』というエピソードから始まるその記事には、腰の痛み、視力の衰え、など、老いが深まることについての心細さと悲哀が書かれていた。
しかし、その方は、老いは、全ての人間が背負うべきものであり、これにどう向き合うかが、高齢者の大きな課題だ、と、綴られ、さらに、脳腫瘍で亡くなられた一人の女性のこんな文章を紹介しておられた。

  『われ脳腫瘍なれど、まだ味あり、色彩あり、音あり、言葉あり、匂いあり。
  それもやがて消えゆく身なれど、なお、信仰あり、われなお幸せなり』

さらに、「失ったものを数えるな、残ったものを生かそう」というパラリンピックの合言葉にもふれられて、あれもない、これもない、というマイナス思考ではなく、まだあれもある、これもある、というプラス思考を持つことの大切さを書かれていた。

77歳―。
<MCMS_KKT_NOBUKO>より20年ほど先を生きていらっしゃるその方の文章に、とても励まされる思いがした。

自分より年上の方たちの言葉や文章は、私にとって、いつも確かな道しるべになっている。
これから先、私が進んでいく道がどんなところなのかを示してくれるからだ。

そして、私自身のことを思う。
私は、子どもたちにとって、先を行く者だ。
子どもたちは私の20年、30年、40年後ろをついてきている。
先を行く私の責任は、私の今をしっかり生きること、だと思っている。
それが、後に続く者の不安を取り去り、覚悟や心構えを与え、希望をもたらすことになるんじゃないか、と、思うのだ。
そして、“私のありのままの今を綴り発信すること”もまた、後に続く子どもたちのために私に出来ることのひとつ、ではないか、と考えている。


絵日記を読んでくださる方たちにとっても、そんな存在になれればいいのだけれど・・・。

(^−^)<MCMS_KKT_HEART>

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