日替わりコラム

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前回の日記、「嘘」。
言葉が足りないところがあったので、補足をしたいと思う。


嘘をついてもいい、と思っているわけではない。
怒らなくていい、と思っているわけでもない。

子どもが間違いを犯した時には子どもを正さなければならない、と、勿論思っているし、
そのためには、時にはきつく、気合いを入れて、本気で叱ることが必要だ、と、勿論考えている。

我が家の場合を例にとると・・・


長男が小学1年生の時のことだ。
ある日、近くの店から電話がかかってきた。
長男が、お菓子を盗んだ、と。

その瞬間のショック、といったら ・・・!

大急ぎで店へ行くと、店の人と、その横で泣いている長男がいた。
長男は、小さなお菓子を一つ、盗んだのだ。

とにかく心から謝って、長男を連れて店を出たのだけれど、言葉にならないほどショックだった。
どうして? どうしてこんなことしたの?
・・・心は激しく動揺し、戸惑いも、怒りも、恥ずかしさも、情けなさも、悲しさも、・・・なにもかもごちゃまぜに入り混じっていたと思う。

まっすぐ家に帰りたくなかったので、途中、公園に寄って、ベンチに二人腰をおろした。

「いい? 今日、あなたがしたことは、盗みだよ!泥棒なんだよ!絶対にしてはいけないことなんだよ!」と、怒鳴りつけると、
長男は、泣きながら、「ごめんなさい」と謝った。
めいっぱい叱った後で、全身の、すべての力がぬけていくようだった・・・。
家はすぐそこなのに、家までの道のりが何と遠かったことか・・・。

夕方、帰宅した夫に話すと、今度は<MCMS_KKT_EIJI2>が、息子を連れてもう一度店へ謝りに行った。

そして、夫も、長男としっかり話をしてくれた。

翌日、その店の店長さんにお詫びの電話を入れると、店長さんは、こう言ってくださった。

「長年、店をやっていると、初めて盗ったか、常習犯か、ということは、すぐにわかります。お宅の息子さんは、今回が初めてでしょう。どうしようか、と思いましたが、ご両親に連絡することにしました。小さい子どもの盗みは、一過性のものです。ちょっとした興味や、好奇心からでしょう。その時の対応で、それが一回ですむか、常習になるか、が決まります。お宅の子どもさんは大丈夫ですよ」

・・・泣きたいくらい、ありがたい言葉だった。


・・・こんな経験を通して、
子どもに対して怒るべき時がある、ということは、少しなりともわかっているつもりだ。

それでも、<MCMS_KKT_NOBUKO>は、あえて、「嘘」という日記を書いた。

小さくても大きくても、もちろん嘘は悪いことだ。
嘘をつかないにこしたことはない。
でも、・・・
子どもの嘘に対して、怒らないという選択肢もあることを書いておきたかったのだ。

それは、
未熟な子どもに完璧を求めてしまって、小さな嘘に過剰に反応してしまいそうになる自分を戒めるため、でもある。

様々な子どもがいて、様々な状況がある。
一概に、こうすればいい、という方程式がある、とは思っていない。
子どもの様子を見ながら、個々に対応しなければいけない、と考えている。
「嘘」の日記は、そんな対応の一つとして読んでいただけたら、と思う。


さて、
子どもが悪いことをしたら、そのあとも大変だ。
一度悪いことをすると、またしてしまうんじゃないかしら・・・と、不安になる。
疑心暗鬼になる。
長男の事件のあと、私もそうだった。
でも、・・・
そんな風に思うことは、子どもの心を傷つける、ということも、そのときに学ぶことができた。

ドイツの作家、ゲーテの言葉に、
『人のあるがままに対処すればあるがままにて停まり、人のあるべき、かつ、成し得る如くに対処すれば、さらに偉大なるよき人に成り得るであろう』というものがある。


子どもを信じたい。
信じてやりたい、と心から願う。


信頼されている、という思いが、子どもたちにとって、前へ進む力になるし、
悪いことをしそうになった時のブレーキにもなる、と、信じているからだ。

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