日替わりコラム

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嘘をついた。
とっさに。

体面を守るため。
自分を守るため。

でもその後の恥ずかしさ、・・・なんとも言えない嫌な気持ち。
あぁ、嘘なんか言わなきゃよかった。・・・

弱いなぁ、と思う。
ダメだなぁ、と思う。
子どもには、うそついちゃダメよ、と言ってるくせにね。


講演会で、若いお母さんからよく質問される。
「子どもが嘘をつくんです。どうしたらいいでしょう?」と。

今でも嘘をついてしまうことのある私に、答える資格などないのだけれど、
今日は、自戒の意味も込めて、“嘘”について書いてみようと思う。


<MCMS_KKT_NOBUKO>がまだ若い母親だった頃のことだ。
子どもが嘘をついたとき、私はものすごく腹がたった。
息子に向かって強く怒ったあとで、<MCMS_KKT_EIJI2>にこう声をかけられた。
「のぶちゃんは、嘘ついたことないの?」と。

ぐうの音も出ない、って、こういうときに使う言葉かな、と、実感した。
返す言葉がなかったからだ。
嘘ついたことないの? ですって?
・・・ありますとも。・・・沢山・・・。

なんでだろう?
自分はいっぱい嘘をついてきたくせに、子どもの小さな嘘が許せない。
自分は完璧でないくせに、子どもには完璧を求めてしまう。

なんでだろう?
どうしてだろう?

優しくしなさい、忍耐しなさい、勉強しなさい、片付けなさい、挨拶しなさい、きちんとしなさい、嘘はだめです、正直になりなさい、好き嫌いはだめ、さっさとしなさい、時間を守りなさい、約束を破っちゃダメ、責任感を持ちなさい、一度始めたことは最後までやりぬきなさい、人の話を聞きなさい、集中しなさい、・・・

ああ、もうっ、いったい私は何様?!
どうして親になったら、子どもに、こんなにも沢山要求してしまうのだろう?

・・・と、
子育てしながら、ずっと葛藤してきた。
そして、年月を経て、少しだけわかったことがある。

親は、経験を積み、失敗もし、それなりに成功も収め、善悪の区別がつき、分別もあり、原因と結果もよくわかるようになっている。
だから、子どものすることが、見えすぎるのだ。

こうすればこうなる、と、わかるから、そうならないようにアドバイスする。
嘘をつくのはいけないこと、と、充分わかっているから、怒るのだ。

でも・・・
怒ることが必ずしもいい、というわけではないのかもしれない。

子どもは、怒られたくないから、嘘をつく。
自分を守るために、嘘をつく。
じゃあ、怒られなければ嘘をつかない?

安心して本当のことを言えるお母さん、安心して本当のことを言える家庭だったら、

子どもは嘘をつく必要もないのかもしれないなぁ・・・。

でも、それは難しい。
そんな親には なかなかなれない・・・。

でも、子どもの嘘に対する私の対処の仕方は、年を重ねるにつれて変わってきた。

子どもが嘘をついてしまったら、白状させること、謝らせることにばかり、思いを集中しない方がいいんじゃないか、と、思うようになったのだ。

親は、子どもが嘘をつくと、ものすごく腹がたつ。
何とか正直に白状させよう、謝らせようと、躍起になる。
でも、もし、白状させ、謝らせることができれば、それでいいのかしら?
子どもの白状の言葉、ごめんなさいの言葉を聞くことさえできれば、なんだかそれで“一件落着”!と、満足してしまうけれど、本当にそうかしら?
もしかしたら、それは、怒られたから、怖かったからというだけの、口先だけの謝罪かもしれない。
もしかしたら、怒られたくないための、さらなる嘘なのかもしれない。


逆に、
たとえ、もし、白状し、謝らなかった、としても、子どもの心に、心からの反省が生まれれば、それでいいんじゃないか、とも思うのだ。

そう考えるようになったきっかけがある。
私の友人たちが話してくれた子ども時代のエピソードだ。

私の友人は、小学生のころ、友達の色鉛筆を盗んだ。
それがバレたとき、彼女のお母さんは、怒るのではなく、泣いて彼女に謝ったそうだ。

「ごめんね、買ってあげられなくて・・・」と。
そのお母さんの姿を見た時、彼女は、この先、もう一生、二度と、絶対に、絶対に、絶対に、盗まない!と、強烈に心に誓ったそうだ。

もう一人の友人は、小学生のころ、小さなおもちゃのブローチを、つい、盗んでしまった。
その事実は、店の人にも、親にも、誰にも一切バレなかった。
でも、彼女は、そのブローチを机の引き出しに隠したまま、一度も身につけることはなかったそうだ。
引き出しの中のブローチを見る度に、心が痛んで痛んで、苦しくて苦しくて、後悔の気持ちが強くなって強くなって、・・・こんな思い、二度としたくない!と思ったそうだ。
彼女もまた、もう二度と決して盗んだりしない!と、猛烈に決意した、と話してくれた。

この二人は、その後、もちろん、盗むことなど二度となかった。

もし、親にめちゃくちゃ怒られ、なじられ、責められ、叩かれていたら、
彼女たちの心に、そんな決意が生じただろうか?・・・と、ふと考える。

盗んでいい、と言っているわけでも、嘘をついていい、と言っているわけでもないのだけれど、子どもたちに本当のことを言わせようと躍起になるあまり、子どもたちが本当のことを言う機会を奪ってしまっていることもあるのかもしれない、と思うのだ。

子どもの嘘を許しなさい、とは言えない。
けれど、子どもの嘘を目にしたとき、自分はどうだった?と、考えてみることは大切なんじゃないかしら。
嘘をついてしまったその心に より添ってあげることも必要なんじゃないかなぁ・・・。


もしかしたら、大目に見ることも、嘘をつかせたままにしてあげることも、騙されてあげることも、時には あり、かもしれない・・・と、今の私は思っている。


子どもたちに完璧を求めてしまうたびに、考える。
この子たちは、生まれてまだ、たった数年、十数年しかたっていない。
そんな人たちに、大人のような成熟を求めていいの?
子どもに完璧を求めている私はどう? 私はどうなの?
頑張ってる?努力してる?完璧なの?…と。
・・・そう考えると謙虚になって、子どもにばかり多くを求めてしまう自分を戒めることができる。

大人の私、親になった私は、今でも、ときどき嘘をついてしまう。
自分をよく見せたくて、悪く思われたくなくて、
とっさについてしまうのだ。

いかん、いかん、
私ったら、なんてダメなの!と、落ち込むけれど、

でも、その経験は、子どもの気持ちを思いやるきっかけになる。
嘘をついたとき、子どもたちも、こんな気持ちなんだろうな…って。

本当のことを言うのには大きな勇気がいる。
勇気がなくて、本当のことが言えなくても、謝れなくても、きっと心の中は後悔でいっぱいだ。
だから、その時に謝れなかったとしても、その子がいつか本当のことを言えるように、見守ってあげたい、と思う。
そして、本当のことが言えたら、その勇気を、心から褒めてあげたい。


一緒にがんばろうね!子どもたち!

お母さんは、これから先も、つい、ごまかしたり、取り繕ったり、言いわけしたり、嘘をついたり、してしまうことがあると思う。
まだまだ弱いんだ、お母さん・・・。
でも、その度に反省しながら、もっといい大人になれるよう、一生懸命頑張るから!

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