日替わりコラム

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親が離婚していたらよかったのに、と思ったことがある。
私が小学5年生の頃のことだ。

親が嫌いだったわけではない。大好きだった。
だったら、どうしてそう思ったのか?

…友達の気持ちを知りたかったからだ。

そのころ、友達の両親が離婚した。
彼女の話に一生懸命耳を傾け、相談に乗っていたある日、友達がこう言った。
「のぶちゃんにはわからないよね」

ショックだった。
「のぶちゃんみたいに仲良しの両親がいる人には、私の気持ち、わからないよね」と言われたとき、本当にショックだった。
…でも、そうなのだ。
わからなかった。
どんなに一生懸命考えてみても、彼女の気持ちがわからなかった…。
わからないということが、小学生の私は、とても、とても、悲しかった。
だから思ったのだ。私の親が離婚していたら、彼女の気持ちがわかるのに、と。


中学生の頃、別の友達のお母さんが亡くなった。
彼女は言った。
「のぶちゃんにはわからないよね…」

高校生の頃、ある友達が妊娠して、その子を堕ろした。
彼女は言った。
「のぶちゃんにはわからないよね…」

父親に暴力を振るわれている友達。
経済的に大変な友達。
病気の友達。

その度に思った。
私の人生って、なんて薄っぺらなんだろう。
私には苦労がない。
仲のよい両親、仲の良い家族。
愛情深く育てられ、行きたい高校に行き、健康で、経済的に困ったこともない。
私の人生は薄っぺら。
人の気持ちさえわからない。私はだめな人間だ。

その思いは、私のコンプレックスになっていた。
だから沢山本を読んだのかもしれない。
本でわかるわけではないのだけれど…。

そんな私が変われたのは、短大に入ったばかりの頃のことだ。
新しくできた友人が、こう言った。
「のぶちゃんって、ほんとに素直ね! 心がきれいよねぇ。人を疑ったことないでしょ?

ちっともひねくれてなくて、ほんと、いい人!よっぽどいい家庭に育ったのよねぇ」


驚いた。
本当に驚いた。
そんなふうに考えたことなど、一度もなかったからだ。

彼女との出会いは、私の大きな転機になった。
自分のこれまでの人生を、初めて肯定することが出来たような気がした。
そうか、
そうなんだ…。
これまでの環境が私を作ってきたんだ…。

いつ、どこで、どんな家族に生まれたか、どんなふうに育てられたか、
私のこれまでの環境を、私が変えることなど出来ない。
でも、どんなものであれ、それが、今の私を作りあげてきたのだ。

私は私でしかない。
人をうらやむことも、自分を恥じることもない。
人を見下すことも、高慢になることもない。
私は私に出来ることを、心をこめて、精一杯やるだけだ…。

…と、若かった私は、そんなふうに一生懸命考えた。
その思いは、今の私にもしっかりと残っている。

自分を受け入れる。
自分の環境を受け入れる。
そして、
そんな自分に出来ること、そんな自分だからこそ出来ることを、
誠実に、心をこめて、一生懸命やってみる。
それでいいんじゃないかなぁ。
それしかないんじゃないかなぁ。

年月がたてば、自然に経験も増してくる。
でも、年を重ねた私が、今、他の人の気持ちを理解できるか、といえば、
今でも出来ない、と思っている。

人の気持ちはわからない。
きっと、誰にもわからない。
だって、人はみんな違うんだもの。
たとえ同じ経験をした、としても、同じ性格ではないのだし、同じ環境ではないのだから、まったく同じ気持ちになれるとは限らない。
私の気持ちだって、他の人に全てわかってもらえるわけでもない。

でも、それでいいんだ、と思う。
たとえ わからなくても、
いや、わからないからこそ、互いに心から思いやり合うことが出来る。

より添って、考えて、自分に出来る精一杯の思いやりを示すことはできる。
そして、その人のために心から祈ることはできる。


“みんな違ってみんないい”
本当にその通りだと、今の私はそう思う。


人間関係の難しさを感じ始めた思春期の娘の姿に、ふと思いたって書いてみた。

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