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 絵本の読み聞かせについて、若いお母さんから相談を受けることがある。
  「せっかく読んでやってるのに、うちの子はページをめくろうとばかりするんです。だから、ダメよ!今はまだこのページ!とか、ちゃんと聞かないならもう読んであげない!なんてことになっちゃって・・・。こんな時、岸さんだったらどうしますか?」

  ちょっと試しに、と、うちの長女次女にこの質問をして、「あなたならどうする?」と尋ねてみたところ、二人からは殆ど全く同じ答えが返ってきた。
  「ページをめくりたがるなら好きなだけめくらせるよ。ページめくるのに飽きたら本を読んであげる」

  娘たちの答は、の答でもある。
  私がそんなふうに思えるようになったきっかけは、初めての子育ての頃にさかのぼる。
  長男の英智が誕生し、慣れない育児に私は毎日イライラ、オロオロ、カリカリの連続だった。
  もうっ!どうして寝ないのよ!
  どうしておっぱいを飲んでくれないのよ!
  ・・・そんなある日、が言ったのだ。
  「ひでくんは今、おっぱいを飲みたくないんじゃないの?」
 たぶんその言葉は私の子育てを変えた。
 
  子どもがおっぱいを“飲みたくないと思っている”なんて、考えたこともなかったからだ。
  「ひでくんは機械じゃないんだから、いつも同じじゃないよ」と夫に言われて、目が覚めるような思いがした。
  ・・・そうね!私だって、食べたい時もあれば、食べたくない時もあるんだもの。この子だって、おっぱいを飲みたい時もあれば、飲みたくない時もあるかもね。30分寝たい時もあれば2時間寝たい時だってあるだろうし、甘えたい時もあれば怒りたい時もあるのかもしれない。抱っこされたい時もあれば、横になって休みたい時もあるだろうし・・・。
  そうよね!私の思い通りになるわけがない。いつも同じわけがない。だって、この子は生きて、自分で感じているんだもの!
 
  “子どもの気持”を意識して考えるようになったのはそれからだ。
  それまでの私は、自分の気持しか考えていなかった。自分の都合、自分の思い、自分の時間割で子どもに接していたように思う。
  “子どもの気持”を意識するようになってから、親の気持と子どもの気持のズレも感じるようになった。
  子どもが喜ぶと思って親がしてあげることと子どもがして欲しいと思っていることは必ずしも一致しない、というのは実際よくあることだ。
  私が子どもだった頃、両親が、せっかくの休日だからと、私と弟に美しい景色を見せにわざわざ何時間もかけて遠くの名所に連れて行ってくれたことがあった。
  でも私にとって、それはひどく退屈でつまらない時間だった。すぐ近くの公園でよかったのだ。私はもっと遊びたかった。

  絵本のページをめくりたがる子どもたちは、きっとページをめくりたいんだ。ページをめくりたいと思っているのに、お話を聞くことを押しつけられれば、楽しくはないだろう。
  子どもがページをめくってばかりいるのなら絵本を読むのをやめて、一緒にページをめくればいい。次は何かな?何が出てくるかな?と、子供と一緒にページをめくって楽しめばいい。
  読み聞かせをすることが大切なのではなく、その時間を親子で楽しく過ごすことの方が、きっともっと大切なのだろうから。
  ・・・なあんてこと、私は子育ての中で少しずつやっと気づいたというのに、うちの娘たちはまだ子どももいないのに、それがちゃあんとわかってる!だてに何人もの弟たちを子守してきたんじゃないのね!と妙に感心してしまった。
  “子どもの気持”を思いやることは、子どもがいくつになっても、―5歳になっても、10歳になっても、15歳になっても、大人になっても―ずっと大切なことだと思う。
 
  もちろん、“夫の気持”もね!