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 出版社から「初校」が届いた。
 去年、福永令三児童文学賞で金賞を受賞した作品が、いよいよ「本」になるのだ。
 赤ペン片手に「初校」のページをめくり、校正作業をしているうちに胸がいっぱいになってきた。
 夢って、本当にかなうものなんだなあ・・・。

 小学生の頃、本がとても好きだった。
 本から得たものは数知れない。
 逆境に耐え抜く力、心ふるう勇気、困難を切り開く知恵、胸焦がす恋、気高い信念、明日への希望・・・物語の世界に引き込まれ、ページをめくることさえもどかしいほど夢中になって読み進んだ本も少なくない。
 様々な登場人物を通して、こんなことは決してしてはいけないんだとか、もこんな人になれたらいいなとか、いろいろなことを考えた。生き方の一部は本から学んだと思っている。
 そして、ごく自然に、読むことと同じように書くことが好きになった。
 日記でも、手紙でも、創作でも、何であっても、自分の思いを文字にすることは私の大好きな時間だった。

 いつか自分の本を出せたらいいな、と夢見たのは小学5年生の頃だ。そしてもうひとつ、大好きな「赤毛のアン」の舞台であるカナダのプリンスエドワード島へ行ってみたい!ということが、当時の私の夢だった。
夢を後押ししてくれたのは、「赤毛のアン」の中の一節、「追い続ける夢は、いつかきっと叶えられるものですよ」という希望に満ちた力強い言葉。私は夢を追い続けようと決心した。
 以来ずっと、この二つの夢が私の中から消えたことはない。
 中学生になっても、高校生になっても、短大生になり、社会人になり、結婚してからも、いつかカナダに行きたいな、いつか自分の本を出したいな、との思いで、英語を勉強し、本を読み、文章を書いていた。
 それが困難になったのは、子どもができてからだ。

 ハネムーンベビーで長男、続けて二男、さらに長女、と3人の年子に囲まれ、書くことはおろか読むことさえままならない毎日がエンドレスで続いていく。
 やりたいことがやれない日々はストレスを生じる。それもかなり重度の。
 イライラの毎日の中で、もがきながら私が出した結論は、"夢を後回しにする"ということだった。
 夢をあきらめてしまったのではない。もちろん捨てたのでもない。
 ただ、今は自分の夢を心の押入れの中にしまって、とにかく今私の目の前にいる3人の小さな子どもたちのことを、精一杯頑張ってみよう、と決心したのだ。
 その後も子どもは4人、5人、6人・・・と増えていき、自分の夢は心の押入れの奥にしまったままの毎日が過ぎていった。
 奇跡が起きたのは8人目の子どもを妊娠していたときのことだ。
ある日、何気なくめくっていた雑誌の中に、童話の公募の記事を見つけた。
 "久しぶりに書いてみようかな・・・"
 数年ぶりにペンをとった私は子どもたちとの日常をモチーフにして、一遍の童話を書きあげた。
 2ヵ月後、思いがけない最優秀賞の受賞と共に私が手にしたのは、「カナダ・プリンスエドワード島、赤毛のアンの旅2名」という、正に夢のような副賞だった。
 後日、夫と共にカナダの地に降り立った時、私は全身が震えるほどの感動を覚えた。それは小学5年生の時から抱き続けていた夢が叶った瞬間だったのだ。
 奇跡はそれで終わらなかった。
 カナダから帰国し、8人目の子どもを出産、続けて9人目を妊娠・・・と、私の毎日は相変わらず子育て中心だったのだが、子どもが大きくなるにつれて自分の時間も少しずつ増えていった。時間を見つけて文章を書き、公募に出して、いくつかの賞を受賞しているうちに、雑誌に取り上げてもらったり、新聞に載ったり、テレビに出たり・・・と新しい経験が続き、「子育ての体験談を書いてみませんか?」と出版社の方から声をかけていただくに至った。2001年のことだ。そうして、私の5年生の頃のもうひとつの夢は、自分の本を出したいという夢は「子育てってたのしいよ!」というエッセイ集の出版によって実現したのだ。

 小学生の頃に夢見たことが、二つとも実現する、という奇跡は、いったいどうして起こったのだろう?と自分に問うてみる。
 私の答えは「夢を追い続けなかったから」だ。

(長くなったので、この続きは次回の絵日記で!)