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 遠くの友だちから手紙が届きました。
 読んでいるうちに泣けてきました。悲しいというか切ないというか、精一杯の彼女が愛おしくて愛おしくて、今すぐ飛んでいってギューッと力いっぱい抱きしめたいと思いました。
 それができないので、ありったけの心を込めて返事を書いて、速達で送りました。

 この絵日記コーナーあてにも、私の友人と同じように問題を抱えている人たちからのメールが時々届きます。
 子育てに一生懸命で、いっぱいいっぱいになっている若い人たち、自分を責めてばかりの人たち、頑張りすぎて疲れている人たちの文章を読んでいると胸が痛みます。
 が適切な解決策を知っているわけでもありませんし、人にアドバイスできるような人間でもないのは承知しています。でも、私の経験が、もしかしたら誰かにとって、少しの助けになるかもしれません。
そこで、今回は絵日記に代えて、メールを下さった方々への手紙を書きたいと思います。
お一人お一人に返信することはできませんが、今日は特に、何もかも自分だけの力でしようとしていて、心を張りつめている人たちに向けて手紙を書こうと思います。

                     

 助けを求めることが苦手なあなたへ
 メールありがとう。
 会ったことのないあなたのことを思いうかべながら、この手紙を書いています。メールを読むとあなたの一生懸命さが伝わってきて、頑張ってるんだなあ、無理しているんだなあ・・・と胸が締め付けられる思いでした。そして、昔の私のことを思い出しました。
 ほとんどの人たちが"今の私"の姿しか知らないので、多くの人から「岸さんはいつも楽しそうね!子育てを楽しんでいるね!」とよく言われます。
 正直、"今の私"は子育てを楽しんでいますが、最初からそうだった訳ではありません。
 私にも、"子育て初心者"だった若い頃があって、その頃は3人の年子相手に毎日イライラカリカリしていました。
 子どもに当たりちらしては落ち込んで、これじゃいけないと頑張るのだけれど、うまくいかずにまた当たる。時には子どもに手をあげてしまい、大泣きの子どもの姿を見て、ハッと我に返り、私ったら何やってるんだろ!と自分を責める・・・なんてこともありました。

 たくさんの失敗と、頑張りと、時間と、経験と、そして、夫や子どもを含めた周りの人たちの助けが、今の私を作っています。
 あなたのメールで気になったのは、あなたが何もかも自分一人の力でしなければ!とすべてを抱え込んでいることです。そしてそれは若い頃の私の姿でもあります。
 私の経験がそのままあなたに当てはまるかということはないと思いますが、でも何かのヒントになるかもしれません。
 少し私の話をさせてくださいね。

 私は親に大賛成されて結婚したわけではありません。
 だから、結婚生活での不安や不満、愚痴などを親の前ですることは決してありませんでした。
 夫の親も私の親も仏教徒なのですが、と私は互いに学生生活にクリスチャンになり教会で知り合いました。私は教会が大好きだったので、自分たちの親に教会のこと、クリスチャンである夫のことを悪く思ってほしくないと、いつも思っていました。
 子どもが次々に生まれ、3人の年子を抱えて悪戦苦闘していたときも、親の前で弱音をはいたことはありません。
 もし結婚生活のことで愚痴をこぼせば、「教会の人となんか結婚するからよ!」といわれそうで嫌だったし、子育てのことで愚痴をこぼせば、「そんなにたくさん産むからでしょ!」とか、「もう3人でやめときなさいよ!」と釘をさされそうで嫌だったからです。
 親に対してだけでなく、友だちにも、まわりの人たちに対してもそうでした。
3人の年子を連れて歩いていると、よく人から「大変でしょう?」と声をかけられました。でも私は、「いえ、楽しいです」と笑って答えていました。「大変なんです」と口にしてしまったら「育てることもできないくせに次々に3人も年子で産んで無責任だ!」と批判されそうで、恐かったからです。
 欲しくて産んだ子どもたちです。
 欲しくて産んだのに、大変だ、つらい、と弱音を吐いたら、母親失格だと思っていました。だから私はつっぱっていました。
 3人の子どもを連れて荷物をいっぱいにかかえて歩いていた時、親切に「ひとつ持ちましょうか?」と声をかけてられても、私は笑顔で答えます。「大丈夫です。慣れてますから」。
 一人で全部しよう。いや、しなければならないと思っていました。
 毎週教会に行って、集会の間3人の小さい子どもたちをじっとさせておくことは大変です。でも私は弱音を吐かず、平気なふりをして、いつも強がっていました。

 でも、たぶん、それは間違っていました。

 間違っていた・・・というか、そのやり方では限界があることを、やがて自分で知るようになったのです。
 子どもが4人になり、夫の仕事は忙しくなり、私の教会での責任も忙しくなり、そんな中で一人で何もかもしようとしていたらつぶれてしまいます。私もそのことに気づきました。
 そして、学んだのです。
 弱音を吐いたからって母親失格にはならない、ということを。

 私は子どもがたくさんいるおかげで、謙遜さを学べました。
 人の助けを受ける時、人の親切や愛を受ける時、人の奉仕を受ける時、人は謙遜になれます。そしてそれは、人としてとても大切なことだと思うのです。
 弱くなった時、つらい時、悩んでいる時、力を失い自信をなくしたときには「助けて」といっていいと思います。
 「助けて」ということは、自分の責任を投げ出すことではありません。自分の責任をやりとげたいから助けを求めるのです。
 母親としての責任を果たしたいからこそ、助けが必要なのです。
 "今の自分には力がない。今の自分ではとても無理。・・・でも私はちゃんと子どもを育てたい。だから私に力を貸してください。"――――助けを求めるというのはそうことじゃないかと思います。
 自分の力だけではやれないことを知ること、自分の弱さを認め、限界を受け入れることはきっと大切です。
そうする時に、本当に謙遜な心が生じてきますし、人に対しても寛容になれます。
 恥ずかしく感じる気持ちを克服して、人の助けを受ける時、自分の力だけに頼っていては学べなかったことをたくさん学ぶことができた、と私は思っています。
 助けを求めた私に対して、まわりの人たちはちっとも嫌な顔をせず、喜んで手を差し伸べてくれました。
 ちょっと教会っぽく言うと、"助けを受ける人は愛と謙遜さを学び、助けを与える人たちの愛は豊かに大きく育っていく。助けを受ける人、助けを与える人、どちらにも祝福があり、どちらも成長する。きっとこれが神様の御心なんだなあ・・・"と私は、そんなふうに感じています。
 一人で子育てするのは孤独です。
 家族の助け、友だちの助け、先輩の助け、職場の人の助け、地域の人の助け、幼稚園や学校の先生たちの助け、専門家の助け・・・
いろんな人たちの知恵や力を借りながらやっていけばいいと思います。
 そして、それは子どもたちにとっても、いいことではないかと思うのです。お母さんからの愛に加えて、いろんな人たちからのいろんな形の愛と関心をもらえる事で、子どもたちの心はより豊かに育っていくのではないでしょうか。

 疲れたら疲れたと、苦しいなら苦しいと、無理なら無理と、まずは誰かに話してみることから始めませんか?話すことで、心の重荷はずいぶんと軽くなると思うのです。どうぞまわりに向かって、SOSを発信してください。
 もしも人から「人に頼らなければ子育てできないなんて、情けない母親ね!」などと、心ない言葉をかけられたら、こう考えてはどうでしょう?
 「そうなんです。私は情けない母親なんです。子どもをしっかり育てたいのに力が足りないんです。でもだからこそ助けが必要なんです。だって私は子どもを愛していますから」って。

 子育ては長期戦です。
 あまり無理をせず、時には休み、時には支えてもらって、息切れしないように頑張りましょう。
 50歳の私だって、今でも家族に支えられ、友人に支えられ、教会の仲間に支えられ、たくさんの人たちに支えられての毎日です。
 だからいつも思うのです。
 人からたくさんの助けを受けている分、私も人に親切にできる人になりたいな・・・って。

 あなたは充分頑張っていると思います。頑張っているから悩むし、落ち込むんだと思います。母親失格なんかじゃありませんよ。
 張りつめたい糸を少し緩めて、あなたが今より楽になれることを願っています。
 きっと大丈夫ですよ!


    つたない手紙ですけれど、心をこめて。
                             岸 信子