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 数年前のことだった。
 何の気なしに見ていたテレビで、数人の少女たちがインタビューに答えていた。顔にはモザイクがかかっていて、声ももちろん変えてある。洋服代、バッグ代、ケータイ代・・・月10万ではとても足りないと話す彼女たちは援助交際をしている女子高生だった。
 「妊娠したらどうするの?」というレポーターの問いかけに、彼女たちは笑いながら答えた。
 「堕ろせばいいもん!」
 その瞬間、思わず「違うよ!」とテレビに向かって叫びたくなった。

 が小学生だった頃、祖母は私にしょっちゅう年を尋ねた。
 「信ちゃん、今年はいくつになったかい?」
 「11よ」
 「ふうん。数えでは12かい」

 「信ちゃん、今いくつかい?」
 「12才」
 「ほう。もう数えで13かい。早かねぇ」

 祖母はいつもそうだった。
 私が言う年齢を必ず"数え年"で言い直す。
 祖母だけではない。昔の人は皆そうだった。満年齢に1を足して、数え年で年を言うのだ。どうしてそんなに面倒くさいことをするんだろ?当時私は不思議に思った。
 "数え年"というのは、人が母親のおなかの中にいる期間も勘定に入れて、生まれてきたときには一歳になっている、とする考え方なのだと知ったのは大人になってからだ。
 命の始まりを、生まれた日からとするのではなく、おなかの中にいるときからとする古い日本の習慣に、美しい考え方だなぁ・・・と心を打たれた。

 私が"命"に対して、特に胎児の命に対して心を向けるようになったのは、自分の経験からきた部分も大きいと思う。
 これまで12回の妊娠、2回の流産、10回の出産を通して、ごく自然に"命"について考えるようになった。
 病院で初めておなかの中の赤ちゃんの心臓の動きを確認したときの喜びと驚きは大きなものだった。私の体の中に、私の命とは別の命が確かに存在し、今、生きている。それは大きな感動だった。

「堕ろせばいいもん!」と笑っている少女たちは、きっとこのことを知らないんだ・・・。
 その日、私はペンをとった。
 テレビの中の女子高生に向けて、うちの子どもたちに向けて、夢中でペンを走らせた。一晩中ずっと書いて、朝には一つの物語が生まれていた。
 その小さな物語に少しずつ手を加えながら、私は「たまごが弟になる日まで」という80枚ほどの作品を仕上げた。テーマは命。私の思いがいっぱい詰まった物語だ。
 たくさんの子どもたちに読んでもらいたいなぁ!------夢が大きく膨らんだ。読んでもらうためには、この原稿を「本」にする必要がある。でも、自費出版するほどのお金はない・・・。だけど、これが「本」になって、たくさんの子どもたちのもとに届いたらどんなにいいだろう!・・・でもお金はないし・・・。と数年間が過ぎた今年の夏、チャンスが訪れた。

 「第一回 福永令三児童文学賞作品募集」
 "あなたの大切にしてきた想いを「本」という形にして子どもたちに伝えてみませんか?"
 クレヨン王国シリーズの著者である福永令三さんの名前を冠したその児童文学賞の応募要項には福永令三賞1名と金賞2名の作品は出版化と書いてある。"出版化"の文字を前に私の胸はドキドキと騒ぎ出した。・・・出してみよう!
 応募から一ヵ月後、「あなたの作品は最終選考に残りました」との知らせが届いた。それからさらに1ヵ月半。「あなたの作品、『たまごが弟になる日まで』は金賞を受賞しました」という連絡があった。つい先日のことだ。
 応募総数672点の中から、金賞に選ばれました・・・出版が決定しました・・・電話の声の半分は聞こえないほど、舞い上がってしまった。
 「本当ですか?本当の話ですか?ありがとうございます!」というのが精いっぱい。うれしくて!ただただうれしくて!

 出版化に向けての打ち合わせはこれから、ということなので、いつ、どのような形で「本」になるのかは未定なのだけれど、来年にでも私の物語が「本」となって、書店に並べてもらえる日がくると思う。
 その時は、どうか手にとって、親子で読んでみて下さい。・・・ぜひ!