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 前回の絵日記では、教会の中でが受け持っているクラスをより良くするための方法として指導者から学んだ「かきくけこ」について書いた。
 良いクラスを作るため教師に求められる「かきくけこ」は、そっくりそのまま良い家庭を作るために母親に求められる「かきくけこ」だと思う。
 教会で教師としての責任を果たす時も、家庭で母親としての責任を果たす時も、この「かきくけこ」は常に私の指針となってきた。
「かきくけこ」の「か」は、感謝の「か」であることは前回書いた通りだが、今日はその続きを書いてみたいと思う。

★「かきくけこ」の「き」
 「き」は気づくの「き」。子どもの変化に気づくことだ。
 "あれ?○○ちゃんは「おはよう」の声が、昨日と違って元気ないな"とか、"おっ、今日の△△ちゃんはテンション高いな"とか、子どもの態度や言葉はもちろんのこと、髪形や服や靴が変わったことなど、外見の小さな変化に気づくことができるよういつも心配りしておくことは、教師として大切なことだと教わった。
 関心を持って、注意深く子どもたちを見ることは、母親にとっても大切なことだと思う。

★「かきくけこ」の「く」
 「く」は工夫の「く」。クラスの中に何か問題が生じた時、ああ、どうしよう〜と嘆くのではなく、どうしたらいい?どうしたら良くなる?と積極的に考え、工夫することを表している。
 工夫という言葉には、問題を前に、挫けて座り込んでしまう弱さではなく、立ち上がって問題に挑んでいくたくましさ、力強さのようなイメージがあるので、私は好きだ。
 教会のクラスで子どもたちに教える際、どうしたらもっと子どもたちの興味を引けるだろ?どうしたらもっとわかりやすく教えられるだろ?どうしたらもっとおもしろくなるだろ?と考え、工夫し、実行するのは、わくわくするほど楽しい。
 家庭の中でも同じだ。
 何か困ったことがある時、さあ、どうする?どうやって解決する?と取り組むと、取り組み自体が面白くなっていくという経験は何度もある。
 古くは、狭くて汚い家に引っ越したの新婚の頃。このひどい場所をどうやってステキな場所に変えようか?とあの時私の心は燃えた。使い勝手の悪い間取り、湿った暗い部屋、その一つ一つを解決していく行程は、何と楽しかったことだろう!
 工夫するということは、とても建設的で創造的。主婦の力の見せどころ!とばかりに問題にアタックするのは、本当にやりがいのある仕事だと思う。

★「かきくけこ」の「け」
 教師として働けるのも主婦として働けるのも、まず、健康な体あってこそ。ということで「け」は健康の「け」だと教わったのだけれど、私はここに謙虚の「け」だと、付け加えることにしている。
 私が正しい!といった高慢な思いを持つことなく、自分の弱さや非を素直に認めて謝ることのできる母親でありたいという願いがあるからだ。

★「かきくけこ」の「こ」
 最後の「こ」は心地良さの「こ」だ。
  教会のクラス作りで欠かすことのできない要素は、そこにいる生徒一人一人が、そのクラスの中で心地良いと感じること。
 疎外感や決まりの悪さ、居心地の悪さを感じることなく、受け入れられているという居心地の良さを感じることのできるクラスを作ることはとても大切なことだ。
 家庭を、夫や子どもたちにとって居心地の良い場所にすることもまた、強調しても強調しすぎることのないくらい大切なことだと私は思う。
 心地良い場所にするためには何をすればいい?何ができる?・・・それが、いつも私の頭の中にある問いだ。

 目標とか努力とかを口にすることには少し抵抗があるけれど、私は努力や頑張りといった言葉がけっこう、いや本当のことを言うと、大好きだ。
目標を持ちそれに向かって努力をするのはステキなことだ。頑張っている自分が好きだし、頑張ることは楽しいことだ。
 だから私は頑張ろうと思う。
22年前、夫と結婚した日に始まった"岸家族"という家族作りを、これから先もコツコツと。

・・・と、かなり真面目に、力を入れて書いちゃいました!
たまにはいい…ですか?