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「ステキな家庭を築く上でのコツ、というか、岸さんが心がけていることってどんなことですか?」といった質問をよく受ける。
「いやあ、そんな。特にないですよお!」とつい答えてしまう。照れくさいのが半分。一言で説明するのが難しいからというのが、もう半分の理由かな?
でも、ほんとはある。
これまでずっと、いつもいつも心にとめてきたこと。そして今もいつも心にとめて生活していることが、本当はあるのだ。
今日はそのことを書いてみようと思う。

が通っている教会では、オルガンを弾く人、日曜学校で教える人、話をする人・・・と、それぞれが違った役割を持って、教会の中で互いに奉仕している。
私もこれまでの30年、そのときに応じてさまざまな役割をいただいてきた。ここ数年担当しているのは、「早朝セミナリー」という時間。教会の青少年たちが、朝から福音を学ぶのを手伝っている。
教会でいろいろな役割を果たすにあたって、私たちは指導者からしばしば訓練を受ける。そこでは自分たちが受け持っている教会のクラスをより良いものにするために大切なこと、必要なことなどを学ぶことができる。その教えや訓練の数々は、私にとって教会のクラスだけでなく、自分の家庭を築き子どもを導いていく上でも大きな助けとなってきた。
 その中でも特に私が心にとめていること、充分実践しているとは言えないけれど、でもいつも頭に置いて心がけていることがある。
それは、ステキなクラス(家庭)、楽しいクラス(家庭)、幸せなクラス(家庭)を作るためのレシピ、「かきくけこ」だ。

料理を作る際によく言われるのは「さしすせそ」。おいしく料理を仕上げるために、調味料を入れる順番を表している。
私が学んだ「かきくけこ」は、明るく楽しいクラス(家庭)を築いていく上で、教師(親)に必要な5つの特質を表している。

最初の「か」は感謝の「か」だ。
クラス作りに欠かせないのは、まず感謝の気持ちだと思う。
教会で私が受け持っている「早朝セミナリー」のクラスは、結構ハードだ。私が通う末日聖徒イエスキリスト教会では、子どもたちは、中学3年生から高校3年生までの4年間、週に5日(月曜日から金曜日まで)、毎朝6時に教会に集まって、福音を勉強する。私の担当は、そのクラスで子どもたちに教えることだ。(ちなみに、我が家の長男次男長女の3人も このクラスの卒業生で今は次女が毎朝頑張っている)
朝早いクラスなので、遅刻する生徒も、居眠りする生徒もいる。でも私は、子どもたちが遅れてこようが、途中で眠ってしまおうが、正直ほとんど気にならない。
来てくれるだけで、この時間にここにいてくれるだけで充分なのだ。
雨の中、風の中、眠い中、自転車で教会に続々と集まってくる子どもたちの姿を見るだけで胸がいっぱいになる。
感謝の気持ちがいっぱいになると、ほかのいろんなことは気にならなくなる。たいしたことのない小さなことに思えてくる。
家庭生活でも同じだと思う。
夫に対して、子どもに対して、ありがとうの気持ちがいっぱいあれば、いろんな問題は小さくなっていく、ということをこれまで何度も実感してきた。
家族と過ごす時間の中で不満を感じることは、私にだってもちろんある。でもその時は、ありがとうの気持ちを呼びおこす。意識して、努力して、少々無理をしてでも、ありがとうの種を探し出す。
 例えばに対しては・・・
  真面目に働いてくれてありがとう。
  まっすぐ帰ってきてくれてありがとう。
  お弁当残さず食べてくれてありがとう。
  おかわりしてくれてありがとう。
  私が勝手に模様替えをしていても何も言わないでいてくれてありがとう。
  私に好きなことをさせてくれてありがとう。
  待っててくれてありがとう。
  私が私でいることを受け止めてくれてありがとう。
  一緒にいてくれてありがとう。
  家のことをまかせてくれてありがとう。

 例えば子どもに対しては・・・
  気持ちをぶつけてくれてありがとう。
  頑張る姿をみせてくれてありがとう。
  頼ってくれてありがとう。
  甘えてくれてありがとう。
  お手伝いしてくれてありがとう。
  話をしてくれてありがとう。
  こんなお母さんの子どもでいてくれてありがとう。
  忍耐を学ばせてくれてありがとう。
  慕ってくれてありがとう。
  笑ってくれてありがとう。
  あなたのお母さんをさせてくれてありがとう。

・・・こんな風に感謝の気持ちを探していけば、あらあら不思議!問題と思えていたことが小さく小さくなっていく。
ありがとうの気持ちは、自分の心をやさしくし、相手の心を和ませる。

  中学生の頃読んだ本の中に、こういう内容の一節があった。
"きらびやかな宮殿の服を身にまとい、極上の料理を口にしてはじめて幸せ感じる人もいれば、粗末な服を着てりんご箱に腰掛け、青空を見上げるだけで幸せを感じる人もいる"
青空を見上げるだけで心に喜びを感じる人に私もなりたい!と心に強く思った。それから何十年もたつけれど、今も消えることのない、私の願いのひとつだ。

"感謝する心""ありがとうを見つける能力"もピアノやバイオリンのように、サッカーや野球のように、繰り返し練習し、努力し、訓練することで、少しずつ身につき、上達していくのだと思う。
主導権は自分にある。
感謝は人も場所も選ばない。
誰に対しても、何に対しても、こっちで勝手に(?)感謝することを見つければいいんだもの。そう考えると愉快になる。
感謝の心を持った人は幸せになり、しかも、その場は温かくなる、とくれば、もう感謝するしかないでしょう!(笑)

・・・と、かきくけこの「か」だけで、こんなに長くなってしまった!
この続きは、また今度!ということで。