絵日記トップページへ
   
   
 

 
 

 「もう一人産んでよ!」としつこく言っていた二男が、この頃ピタリと言わなくなった。理由を聞いてみると、自分はもうすぐ東京へ行ってしまうので、もし今、弟か妹が産まれたら、その子は自分と会うことなく成長していく。たまに家に帰って来ても、きっと、「だれ?このオジサン」と言われるに違いない。それは耐えられない!と言うのだ。「だから、お母さん、もう産まなくていいよ」

 子ども好きの二男にとって、家を出る寂しさは、弟や妹たちと別れる寂しさをさすようだ。毎晩、末の弟の不動に向かって、二男はこう尋ねる。「もうすぐ天ちゃんは遠くに行っちゃうんだよ。ふうちゃん、天ちゃんがいないと寂しい?」
 不動は心得たもので、「さみしくなーい!」と軽く受け流す。すると二男は、不動をコチョコチョ攻撃し、「天ちゃんのこと好き?嫌い?」と問いかける。愉快そうに不動は「キラーイ!」と答える。二男はさらにコチョコチョと、不動の全身をくすぐって、不動が、「すき!すき!てんちゃん、だいすき!」と言うまでやめないのだ。
 この全く同じパターンが、飽きもせず、毎晩、毎晩、毎晩、繰り返される。
 今晩もそうだ。私は、「またやってるよ」とじゃれあう二人を笑ってみていたのだけれど、なんだかふいに泣きそうになった。本当に天童は、もうすぐ家を出るんだな・・・。

 巣立っていく子どもたちのことを考えると、子どもが家にいる時間なんて、本当に短いものだと感じずにはいられない。18年、20数年・・・そんなものはあっという間だ。
 子どもが誕生した日、というのは、子どもが訓練センターに入所した日、とも言えるのだと、この頃になってとてもよく感じるようになった。"家庭"という訓練センターで、両親は、その子が立派な大人になれるように、幸福な人生を歩めるように、10数年、20数年かけて訓練していくのだ。愛し、教え、導き、励ましながら。
 訓練センター卒業の日を迎える長男二男長女を見る時、私は、この子たちに何を教えることが出来ただろう?何を伝えることが出来ただろう?と自問する。・・・反省するところだらけだ。・・・悪かったなあ、と思う。
 でも、子どもたちが訓練センターを卒業しても、私の、"親"という立場は変わらない。
 足りなかったところを補うためにも、これからもっと自分自身が良い人間になれるよう努力しなければと、心から思う。
 そして、まだ私たちの夫婦の手元に残る7人の子どもたちを、巣立ちの日までしっかり育てていかなければ、と、今あらためて決意している。
 一緒に過ごせるかけがえのない日々を、もっともっと大切にして。