絵日記トップページへ
   
   
 

 
 

 長男は恋愛中。
 笑顔がステキで気立てのやさしい娘さんと楽しいデートを重ねているようだ。まだ若い二人だから、大切に愛を育んでくれればいいなと思う。
 この秋、何人かの知人が結婚する。
 私たち夫婦の21回目の結婚記念日も来月だし、今日はちょっと真面目に愛を語ってみよう。

 "好き"という感情と、"愛してる"という感情はどう違うか?と学生の頃、友人の間でよく話題になったものだ。当時ははっきりした答など出なかったけれど、今の私には自分なりの答がある。
 "好き"というのは"気持ち"で、"愛する"というのは"意思"
 ―――それが、私の見つけた答だ。
 何の努力もなく、自然にわきあがってくるのが"好き"という感情で、"愛する"という行為には、それに努力や強い意思が加わってくるものだと思う。
 先日、友人の結婚式に参列した。二人が交わした誓いの言葉は「互いに愛し合う」というものだったが、「どんな時も愛し合う」という約束は、つまり「好きな時も愛する。好きになれない時も愛する」という意味だったのだと、自分が結婚してからだんだんわかるようになった。

 独身の頃は、好きな時に会えばよかった。ケンカした時は会わなければいい。お互いを必要として、会いたい!と思った時だけ会えばよかった。逆に言えば、会う時はいつもお互いが会いたいと思った時ばかりだった。
 でも結婚したら毎日一緒だ。
 いい時ばかりではない。相手のイヤな所が目に付いた時も、意見が合わない時も、ケンカした時も、二人はずっと一緒なのだ。もうイヤだ!一緒にいたくない!と簡単に投げ出すわけにはいかない。「愛し合う」と約束したのだから。
 そこには感情を超えた力が必要になってくる。相手を愛そうという意志の力だ。
 夫と私がうまくいっているのは、たぶん、夫も私もこれまでずっと、相手を愛そうという努力を少しなりともしてきたからだと思う。
 私についていえば、夫のイヤな所が目に付く時というのは、ほとんどの場合、自分が高慢で独善的になっている時だ。
 自分のことは棚に上げて相手を責めてしまうことがある。だからそんな自分に気づいたらすぐ、自分の悪い所を反省して、自分を変えられるよう頑張ってみる。そうしていると相手のイヤな所が自然と気にならなくなってくる。いや、むしろ、夫への感謝の心があふれてきて、夫をあんなふうに思って悪かったなあ・・・と心から思えるようになるのだ。(ホントの話!)
 夫の場合は、"ありのまま受け入れる"という方法で、私を愛してくれているように思う。
 "ありのまま受け入れる"ということは、"その人を変えようとしない"ということなのだ、と私が理解するようになったのは、そんな夫を通してだ。本当は、私への不満もいっぱいあるだろうけれど、夫は私に対して"こうだったらいいのに"とか"もっとこうしてくれたらいいのに"・・・という気持ちを、極力持たないように努力してくれている。そして、私のいい所に目を向けてくれている。
 だから私も、夫に対してそうできたらいいなあ、といつも思う。

 心の内側からわきあがってくる"好き"という感情はとても大切なものだ。でもその感情は揺れ動く。
 "好き"という気持ちが揺らいだ時、意識して"愛そう!"と努力すると、努力の後で、心の内側からまた"大好き!"という思いが、自然にわきあがってくる。―――そのくり返し。
 そうしているうちに二人の愛は育っていく。
 長い時間をかけて"夫婦"になっていく、というのは、きっと真実だ。
 互いに努力して育てた愛はけっこう強い。そして、堅固な家庭を築く土台は、そんな愛じゃないか、と思う。

 ・・・なあんて、えらく真面目に、本気で愛を語ってしまったけれど、今回の絵日記、本当はやがていつか家庭を持つであろう長男への、先輩からのメッセージのつもりだったりして!
 ・・・えへっ!