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 世は血液型ブーム。
 テレビやら雑誌やらで血液型占いがしばしば取り上げられているけれど、私はどうも占いが苦手だ。特に苦手なのが相性占い・・・だった。

 結婚前、夫と恋人だった頃のことだ。
 ある日、友人からこう言われた。
 「のぶちゃんの彼は何型?えっ?B型なの?あらぁ、信ちゃんとの相性は最悪ね。あ、でもこれは、あくまでも統計的なものだから、もちろん例外はあるのよ。気にしなくてもいいよ!」
 気にしなくてもいい、と言われても、「相性最悪」なんて言われれば、気持ちのいいものではない。二人が付き合っていること自体を否定されたようで、自信をなくしそうになった。さらに、このまま付き合っていても大丈夫かしら・・・?と不安を覚えたりもした。でも、好きになったものはしょうがない。統計的には最悪の相性かもしれないけれど、例外もあるというのなら、私はその例外になろう、と心を奮い立たせたものだった。
 それから、占いは一切見ない。
 気にしないと思いつつも、やっぱりちょっと気になったりしてしまうからだ。
 ところが―――
 ここに来て、血液型占いの大ブームの到来だ。
 つい先日も、テレビで血液型別の相性を取り上げていた。案の定、AとBは合わない、とのこと。それを見ていた私は思った。"AとBは合わないんだ。ふぅん、そうかもね"
 だてに年を取ったのではないらしく、結婚して20年たった今の私には、自分でも驚くほど占いに動じなくなっていた。
 合うとか合わないとか言うのは確かにあると思う。でもたとえ合わない人でも愛せるのが、人間のいいところではないかしら。
 何事もテキパキと素早くする人が、ぐずぐずする人を見れば、イライラするだろうし、いつもきちんと部屋を片付けている人にとって、足の踏み場もないように汚い部屋で暮らす人は我慢できないかもしれない。
 自分にも人にも厳しく生きてる人が、チャランポランに生きている人を見れば腹もたつだろうし、常に前向きの人にとっては、何もかも悪い方に考えてしまう人が苦手に思えるかもしれない。

 でも、それって・・・"自分だったらこうするのにその人はしてくれない"と思うから腹が立つ訳で、"その人はそういう人なんだ"と認めてしまえば、どうってことないのかもしれない。
 違いを認めて、その人をありのまま受け入れて、自分とは違うその人の良さを見つけられたら、きっとその人を好きになれる。
 ・・・そう考えたら、相性なんて、どうでもいいような気になってくるのだ。
 A型とB型が合わないのならそれでいい。違いを認めて、違う相手を理解するよう努力して、時には忍耐して、赦して、信じて、受け入れて、歩み寄って、感謝して・・・愛せばいい。

 私はA型、夫はB型。
 相性は最悪・・・らしいけど、けっこう仲良くやってます