絵日記トップページへ
   
   
 

 
 

 なぜホストファミリーになるのか?と、よく尋ねられる。なぜ?と言われても・・・楽しいから、としか答えようがない。
 これまでに数回、オーストラリア、カナダ、韓国、アメリカなどの学生さんたちをホストファミリーとして受け入れてきたけれど、彼らと過ごす数日間は、子どもたちにとってはもちろんのこと、私自身にとっても、本当に胸躍る日々となる。
 今回もそうだった。
 アメリカから来た二人の女学生、明るいジュリーと美しいヒリエナと共に過ごした4泊5日は、わくわくの連続だった。わくわくの一番の理由は、まだ行ったこともない国の人と言葉を交わせる喜びだと思う。
 「ねぇ、おかあさん!こっちへどうぞって何て言うの?」
 「This way.でいいよ」
 「ディスウェイ?わかった!」

 「お母さん、お母さん、朝ごはんができました、はどう言うの?」
 「Breakfast is ready.よ」
 「ブレックファスト イズ レディね!」
 
 「ねぇ、ねぇ、お母さん、おふろにどうぞはなんて言うの?」
 「Please take a bath.だよ」
 「プリーズ テイカバス、プリーズ テイカバス、プリーズ テイカバス!よしっ!」
 
 小学生の子どもたち(種恵大我日向)は、英文を尋ねに来てはくり返し練習し、バタバタと走って、彼女たちに伝えに行く。そして、言葉が通じるたびに、それはそれはうれしそうに報告に来るのだ。
 「お母さんっ!ちゃんと通じたよーっ!」
 子どもたちのいきいきした顔を見ながら思い出す。私もそうだったなぁ・・・。
 まだ中学生だった頃、生まれて初めて外国の人と話せた時の感動はとても大きなものだった。うれしくてうれしくて、叫びたいほどうれしくて、もっと話したい!話せるようになりたい!と心から思った。その思いはその後外国の人と言葉を交わすたびに強くなった。あぁ、もっと話したい!話せるようになりたい!
 やがて、高校、短大と・・・と英語を学ぶにつれ、"言葉"というのは、向こう岸と、こちらの岸に立っている人と人の、心と心をつなぐ橋のようなものだと感じるようになった。大きく美しく立派ですばらしい橋は架けられなくても、さしあたって、ただの丸太でも1本渡してしまえば、それを通って互いに行き来することができるのだ。行き来しながら、橋をだんだん良いものにしていけばいい。立派な橋ができるまで、岸でじーっと待っていなくてもいいのだ、と。
 だから、まずは木を1本渡すこと、思い切って英語で話してみることが大切なのじゃないかと思う。その経験を子どもたちにもさせたくて・・・・。そう、だから私はホストファミリーになっているのかもしれない。

 わくわくは、小さな子どもたちばかりではもちろんない。
 我が家の中・高生たちにとっても、外国の若者と共に過ごすのは刺激的な経験となるようだ。特に今回は、ジュリーのあまりの明るさに娘たちは笑いっぱなしだった。
 部屋に入れば「OH!」、食事の際も「OH!」、TVを見ても「OH!」、ほたるを見て「OH!」、猿まわしを見て「OH!」、買い物しながら「OH!」
 「OH!」「OH!」・・・と、そのオーバーなリアクションのかわいいこと!「見てるだけで楽しいっ!」と娘たちは声を揃える。
 一緒に遊んで、一緒に歩いて、一緒に食べて、一緒に歌って・・・。「アイム ソー ハッピー ユーア ヒア!(あなたがここにいてくれてとってもうれしい!)」何度も繰り返した種恵の言葉は本音だと思う。
 だから、
 We are glad to have been your host family!!
 ホストファミリーになれて本当によかった!!