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 五男日向の卒園式が今日無事に終わった。
 きびきびした動作、はっきりした返事、元気いっぱいの歌声、ハキハキした挨拶、落ち着いた態度・・・と、どれをとっても入園式の頃とは別人のような子どもたちを前にして、立派になったなあ・・・と胸がいっぱいになった。こんなに成長できたのも幼稚園の先生たちの忍耐強い指導のおかげだと心から思う。

 幼稚園の先生に関して、私には忘れられない思い出がある。
 二男が幼稚園の年中だった頃だから、今から10数年前のことだ。
 当時二男は腕白で、よくいたずらをしていた。例えばみんなで音楽に合わせてお遊戯していると、音楽が突然プツッと消える(二男がふざけてカセットを止めているのだ)・・・という具合。
 幼稚園に子どもを入れたのはまだ二人目で、保護者としても新米だった私は、二男が先生に迷惑ばかりをかけているようで、申し訳ないなあ・・・と小さくなっていた。
 そんな私に、ある日、担任の先生がこんな言葉をかけて下さった。
 「岸さん、天ちゃんはすばらしい子どもですよ!」
 えっ!どこが!?と考える間もなく先生は続けられた。
 「天ちゃんは思ったことをすぐ行動に移すことができます。それはとってもすばらしいことですよ!」
 そして、二男にはたくさんの好奇心があり、彼の周りには興味を引くものがいっぱいあって、いたずらは好奇心のひとつの表れにすぎないと話して下さった。
 そんなふうには考えたこともなかったので、私は驚いた。それからも先生は、親の私とは違った視点で子どもを見て下さり、親には見えない子どもの良いところを、たくさん気づかせて下さった。
 私が二男のことを、"腕白で落ち着きがない困った子"としてではなく、"時々はいたずらもするけれど、明るくて元気で、いいところのいっぱいある天ちゃん"として見ることができたのは、先生のおかげだと思っている。
 時として親である私たちの目には、"目の前の子どもの姿"しか見えない事がある。目の前の"今の子どもの姿"に腹を立てたり、不安になったり、どうしていいかわからなくなったり・・・。でも、先生たちは違う。先生たちは、子どもたちをもっと大きな視野で見て下さる。子どもたちの"今"を、全体の中の一部分としてとらえて下さる。だから、先生たちはいつも、子どもたちが成長していくのを忍耐強く待ち、信じて見守って下さるように思う。
 そんな人の存在が、子育て真っ最中の母親にとってどんなに大きな助けになるだろう。親だけで子どもは育てられないとつくづく思う。

 やがて、私自身も年を重ね、経験を重ね、心にゆとりが出てくるにつれて、"先生たちにも自分の家庭があるんだ"という現実を、年々感じるようになった。
 幼稚園では笑顔いっぱいの"指導者"としての先生たちも、家に帰れば小さいやんちゃな子どものお母さんであったり、反抗期の子どものお母さんであったり、受験を控えてピリピリしている子どものお母さんであったり、介護の必要なおじいちゃんやおばあちゃんを抱えているお母さんであったり・・・。そんな中で、きっと、多くのものを後回しにしたり、犠牲にしたりしながら、先生としての務めを一生懸命果たしてくださっていることを思うと、ありがたいなあ・・・という気持があふれてくる。

 卒園式の間中、子どもたちに注がれた先生たちの目は、真っ赤だった。
 ありがとう先生!
 ほんとにありがとう!